コロニーの街

あそこってさ、地域の名前とかは区画で違うのかもしれないけど、入っていったらわかんだよ。
あー、来たなあ。ここだよなあ、ここの感じだよなーって。
ものは散らかってるし、だれもかれも道端にすわったり大声で話し合ったり、人がちょっとおもしろい柄のシャツなんか着てたら指先でひっぱられたりなあ。
とにかくみんながみんな人の事をすごく気にしてそれでいて全く気にしてないんだ。
俺があの街の飲み屋でちょっといっぱいやろうとしたときだよ。
隣のおやじときたら
「おい、こいつに名前と、5万円ばっかしと、前科を3つほどだれかくれてやってくれ。それで刺身と瓶ビールもだ」
なんて言うんだ。
そして5秒後にはその通りになった。
おれは吉田ア太郎という名前と5万円2851円と、窃盗と、器物損壊と、公務執行妨害の3つの罪を得た。
「ここでわぁな、みんなわけっこするんだ。
みいんな一緒なんだよ。いいこともわるいことも一緒なんだよ。」
今まで何人からも批難されたりないがしろにされたり、比較されたことなどない、といったような、不必要にでかい声でおやじはそう言って笑った。
親父の名前は吉村ヤア太郎というらしい。
その隣には岸田θ子や、奥にはcome山次平、といった不可解な名前の常連もいた。
名前などというものはどうでもいいらしい。現に4回に一回程は全く違う名前で呼ばれてたりしたな。
先程まで、マイクを握り
「ターーーーーーー」という音を熱唱していた、山山will之助が爆笑しながら、店中の壁に有り金を投げつけだした。
随分酔いがまわってきたらしい。
店の常連達はそれぞれ、自分の解釈で、今こそこの時我が意を得たりというような意味不明の一体感で、漬けてある梅酒の瓶を床にぶちまけたり、どこからか拾ってきたタイヤをつみあげたり、顔を突き合わせて生まれ故郷の校歌を同時に叫びあったりしだした。
全ての人間と全てのものが、見るわ見られるわ、倒れるわ壊れるわ、触るわ触られるわ、流れるわ流されるわで関わりの無いものなどこの世には存在しない、といった有様。
飽和という言葉がもしこの店先を通ったならおいらなんてまだまだだな、と思ったにちがいねえな。
不思議なのは誰も彼もが好き勝手をしているのに誰一人喧嘩をしないことだったんだ。
なんでも自分のものだし、なんでも人のせいなんだ。ここっていうのは。
よそじゃやっちゃいけないかもしれないけど、なんだか粘菌がそこだけ自分達が生きる為にこさえたコロニーみたいなんだ。
俺はNHKなんかも見ないし音楽も演歌しか聞かねえけど、ああいうのきらいじゃないし、なんだかきれいだっておもうよ。

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