見出し画像

黄色い水小話

なんで大皿をぞんざいにたらいに突っ込んであるかというと、脱臭のためである。この皿は、スリランカのゴールという港町で買ってきた。古い街は古道具屋がお盛んである。ここはヨーロッパ人がアジアにじゃんじゃん作った城壁都市のうちのひとつ。スリランカ古来よりの古道具よりも、古いヨーロッパ製の道具が売っている街だと踏んでうろうろした。城壁の内側が旧市街、外側が新市街になっている典型的な都市だった。旧市街は観光地になっていて物価がアホみたいに高く、ビーチが近くにあるということで、裸同然の外国人が街をねりあるいておる。今時分はまだ欧米人がほどほどにいるくらいだったので、往年のアジアのビーチリゾートのヤレヤレ感がある。近年は観光地のアジア人の比率が多くなったので、あまり味わえなくなったあのヤレヤレ感。

この皿は、物価高の旧市街にあったちょっと派手なインテリアショップで、いくつかしかなかった薄汚れた古道具だった。絵柄はブルーウィロー(青い柄で柳があしらわれている)と呼ばれるもの。西洋人が中華山水画を模写したら、なんかすごくへたくそかわいいポップな絵柄になってしまった感じが非常によろしい。手書きではなくて、紙に銅板で印刷された柄を皿に転写させる方法で作られる。柄自体は18世紀末に技法が確立されたのち出現し流行ったものだ。複数の会社が同じ柄で食器を作っていて、今もヨーロッパでも日本でも生産されている。コピーライトとは。コロニアルとは。など、考えることはあるだろうが、「かわいい」でいろいろなことを一掃することにした。

ちなみにこの皿はどこのメーカーのいつのものかはようわからんが、現行品にはこの形の皿は見当たらないので、いちばん新しくても一応は20世紀の品物だとしておけるかもしれない。あの、コピー大国がここに手を出していたらアウトだとおもうと、心が寒くなるのだが、現代ではこんなに稚拙なコピーは作れないだろうというくらいに、ガタついているわ、プリントはズレているわ、なんか裏側の変なところにプリントの残骸がついているわで、味わいがある。とにかく、姿が気に入ったので、買わずに帰ったら寝ているときに夢にでてきそうなので、ちょっと高いが買ってきた。このようにでかい平たい陶器はスーツケースの中でねじれが生じないように詰めないとバキっとなるので、「割れ物選手権2023 in スリランカ」は勝敗の行方が案じられたが、無事に持ちかえることができた。

でな。

古道具は、自分でちゃんと使う目的で買っているので、汚れは落として白く美しく清潔にしたいのだ。あと人が使っていた気配も消したい。当方はだいぶ清潔にとりつかれており、古道具というものについて反りが本当に合わない。古道具が好きということについて心は置き去りにして、脳のみでエンジョイしておるので妥協点はキッチンハイターで殺菌ということになる。キッチンハイターに漬け込んで、さまざまの不潔と(あるとするならば)呪いやおばけ的存在の可能性を消去する。

水のデフォルト 水色をしている

今回、漬け込んだら汚れがまだらになった。白地は真っ白になるかと思ったのにな〜。こんなまだらになるなんて、なにか人工的な染料で古色をつけていた可能性がなきにしもあらず、だとしたらあのお値段ってなによ。というようなことをガタガタ考えては答えがでないのが古道具。まだらになった結果だってそれもまた趣きと思い出だ。とりあえず、まだらより清潔が勝つ。気が済んだので、これ以上薬品を使って云々をしていては、皿が自然崩壊してしまうので慎もうと思った。

しかし、大問題がひとつ発覚した。キッチンハイターに漬け込みすぎたので、多少キッチンハイター臭がするなとおもって、1日水につけておいたら、ハイター臭は飛んだけど、なんかその向こうの奥底から「いい香り」がしてきたのだ。なんか香料みたいな「いい香り」がたちのぼってくる。焼きが甘い陶器なので、もしも古色をつけているとしたらその時の染料の香り、長年おいておかれた場所の香り、まあとにかくなんかの「いい香り」なのだ。このままでは、料理が全部に香りがうつってしまう。

そこで、ベランダにでかいホーローのたらいをだして水漬けにすることにした。水漬けにして1日経つと水が黄色くなる。だから、毎朝水を取り換えて様子を見ている。朝に水につけるときに、ついでに熱湯もぶっかける。そうすると、いい香りが漂ってくる。まるで厚化粧のお皿の精が現れるかのごとく。今日で5日目、まったく終わりが見えない。でも、水が黄色くなるということはなにかが落ちているわけで、とれなかったまだらの古色がとれるかもしれないと、期待もちょっとしている。

1日おいた水の色 黄色くなっている

これは何に似ているのかとおもって考えてみたら、きゅうりのぬか漬けを放置してしまって塩辛すぎることになったときに、水につけて塩を抜く行為であると思った。

ここに手巻き寿司のお刺身をのせたりできる日を夢見て、せっせと水を取り換え続けようと思う。わたしはどちらかというとしつこい方だ。