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論文の著作権改革とテイラー・スウィフト

先日 Stanford 大学の John Willinsky さんが「学術成果のオープンアクセスと著作権」をテーマにお話をされていたのですが、これがとても面白かったので概要をまとめようと思います。
私の理解が間違っている部分や不十分なところもあるかもしれないですので、もしお気づきの方がいたらご連絡いただけますと幸いです。

John Willinsky さんについて

John さんは 2023 年 5 月現在、Simon Fraser 大学と Stanford 大学に所属されてご研究をされている方です。

Public Knowledge Project (PKP) という、論文のオープンアクセス化を進めるための団体を約 20 年以上も前に創設したことで有名な方と伺いました。PKP は論文の投稿から配布までを効率化する Open Journal Systems をはじめとしたオープンソースソフトウェアを開発していることで有名のようです。Open Journal Systems は 150 もの国で 30000 誌以上ものジャーナルに採用されているシステムらしいです(すごい)。

Open Journal Systems を採用している国々
https://pkp.sfu.ca/software/ojs/#:~:text=More%20than%2030%2C000%20journals%20in,publishing%20software%20in%20the%20world.

元々学校の先生をされていたらしく、自分は学校で生徒に研究成果について教育をするのに大学に行かない/あるいは卒業した人は論文を読めなくなるということに対して疑問を抱いていたそうです。それがオープンサイエンスに関心を持ったきっかけだったという旨のお話をしていました。
税金で研究されてるからとかだけじゃなく、そもそも研究で生み出された知識を公開することは人類全体にとっての利益だから公開するべきだ、という思いで実に 20 年以上もオープンアクセス化に向けた活動をされてきたそうです。

「普遍的」で「持続可能」なオープンアクセス

John さんは話の端々で、「普遍的」で「持続可能」なオープンアクセスの重要性を繰り返し強調していました。今回のお話もこのようなオープンアクセスを目指す一つの方法として著作権の改革がありうるのでは?というものでした。

普遍的なオープンアクセス

「普遍的なオープンアクセス」とは、例外なくすべての論文とすべての人に対して適用可能なオープンアクセスのことを意味していると理解しています。
近年オープンアクセスの流れが徐々に力をましており、学術出版各社もオープンアクセスを支持したり、国家レベルでこれを進めるような動きも出始めてきました(John さんが 2003 年に世界各地の出版社にオープン化を呼びかけて回った時は 1 社も(!)賛同してくれるところがなかったらしいです)。

しかし、これらのオープン化は何らかの条件付きである場合が多いと思います。例えば、アメリカでは昨年、研究成果の即時オープンアクセス化を2025年以降義務付ける方針が打ち出されましたが、これはあくまで政府の助成を受けた研究に限るものとなっています。

他には、COVID-19 のパンデミックの影響で、コロナ関連の論文がオープンアクセスになる動きが出てきました。これはオープンアクセスが人類の利益になるということを示したという意味でとても大きなことだったと思います。しかし一方で、オープンになっている論文はコロナ関連のものに限られました。実際論文をちゃんと読むにはその論文が引用している論文も読むことになりますが、そこで引用されている分子生物学や物理学やらの研究へは依然としてアクセスできないという状況が残っています。

このような制約を取り払ってすべての研究が即時すべての人にアクセス可能になるにはどうしたらいいだろうか、というのが John さんが投げかけていたことの一つでした。

持続可能なオープンアクセス

学術出版には、研究者、出版社、図書館、資金提供者といったさまざまなステイクホルダーがいます。このどれかのステイクホルダーだけが大幅な不利益を被るような方法では、仮に一時的に普遍的なオープンアクセスを実現することができても、持続可能なものにはならないのではないかと John さんは言っていたと記憶しています。

「普遍的なオープンアクセス」というものが当たり前であり続けていくためには、その達成だけを目標にするのではなく、それがうまく機能する仕組み自体を考え作っていくことが重要なのだということだと受け取りました。
これが John さんが二つめに強調していた点です。

著作権改革

では、「普遍的」で「持続可能」なオープンアクセスを可能にしていくためには何が必要なのでしょうか。 John さんが提案しているのが、今回の本題であった「論文の著作権について見直す」というアプローチです。

John さんはオープンアクセスをすすめるときに、著作権という問題がある種障壁のようになってしまっていることに違和感を覚えていたそうです。そもそも、著作権とは、著作物の権利を保証することで公正な利用を可能にして文化の発展を支えるための権利だと認識しています(法律詳しくないので違ったらすみません)。

この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。

(日本の) 著作権法第一章第一節第一条

それが論文のアクセスの問題を考えるときに足枷になっているというのは、著作権が研究の分野に関しては本来の役割をうまく果たせていないということなのではないか、と考えたようです。
実際、アメリカとカナダ、そしてJohn さんが観測した範囲のヨーロッパの著作権法に関しては、著作権の区分に論文に該当するものがなかったと言っていました(ただしスペインを除く)。パントマイムについての区分があったり、音楽については複数の区分があるのに論文についての区分がないとおっしゃっていて、それは学術成果の公平なやりとりにとって確かに問題だろうと感じました。学術成果に関して著作権がこのように整備されていないのが、オープンアクセスが進みづらい一つの原因なのではないかというようなことを述べていました。
もっと言えば、論文についての写本についての扱いが決められたのが(確か) 1973 頃だったらしく、そこから変わっていないらしいです。時代の急激な変化を考えると実態と合わなくなってきているのはある種当然とも言えます。 

従って、論文をはじめとする学術成果についての法的枠組みをちゃんと定め、ステイクホルダーが誰しも安心してやり取りをできるようにすることが、「普遍的」で「持続可能」なオープンアクセスを進めていく上で大事だろうというのが John さんの主張していたことです。John さん曰く日本はゲームなどの著作権については色々と進んでいるらしく、そのようなケースも論文などの著作権について新しく整備していくうえで参考になるのかもしれません。

テイラー・スウィフト

著作権改革とは少しずれますが、法的な枠組みを定めることの重要性と実現可能性を示す例として印象深い例をあげていたので、ここで紹介します。

2014 年 11 月 3 日に世界的に有名なシンガーソングライターであるテイラー・スウィフトは自身の楽曲を音楽ストリーミングサービスである Spotify からすべて削除しました。

ストリーミングサービスがアーティストに対して支払うお金が少なすぎること、もっと正確には音楽制作活動自体を過小評価しているのではないかという思いが、そのような決断のきっかけとなったのではないかと思われます。

そして Taylor Swift の弁護団らの尽力もあって 2018 年に Music Modernization Act(音楽近代化法:MMA) が成立しました。これによって、ストリーミング配信サービスの登場に合わせた音楽著作権法が改定されました。これによって、楽曲制作関わったプロデューサーなどに対しても報酬が支払われるようになったそうです。

ここで、John さんが注目したのは、この仕組みとして Statutory License(法定ライセンス)というライセンスが用いられていた点です。

法定ライセンスとは古くからアメリカで用いられてきたライセンスで、ある特定の条件を満たすと、誰でもが自動的にライセンスを得られるというものらしいです。例えば、誰かがあるアーティストの曲をカバーしたいとなったときに、直接そのアーティストに許可を取らなくても法定ライセンスに定められている条件を満たせば曲を使うことができます。
そして、この条件を決めるためには、そのライセンスに関するステークホルダーが集まり互いに条件を出し合って交渉して、それをジャッジが判断するようです。

John さんは学術出版についても同じようなことができないかと考えました。学術出版社、資金提供者、図書館が一堂に介して各々が望ましいと考えるライセンスの料金や条件などについて交渉します。そして、研究についての専門的な知識はないけれど交渉のプロであるジャッジが、その議論を見て最終的な条件を決めます。一度決まったらどのステークホルダーも各所に伺いをたてずにそのライセンスに則れば学術成果を扱えるようになります。
中立な判断者の存在と法的に明文化されたルールによって誰か特定のステークホルダーだけが損をせずに持続可能な形で普遍的なオープンアクセスが可能になっていくのではないかと話をしていました。

さらに、これがテイラー・スウィフトが問題提起をしてからわずか 4 年で実現したという点に John さんは希望を持っていました。 John さん自身は実に数十年もこの活動を続けてきて、それでもオープンアクセスの割合がまだ 30% 程度にとどまっているというところに思うところがあったといいます。それを考えると 4 年というのは迅速で十分可能性のあるアイデアはなのではないかと思います。

John さん自身はこれはやや "too much" なアイデアだと言っていましたが、過去の成功事例に学んでそのアナロジーで自分が取り組んでいる問題への解決策を見つけようとするのはとても建設的だと思いましたし、面白いと感じました。

終わりに

今回は John Willinsky さんの論文をめぐる著作権改革のアイデアについてご紹介しました。最後のテイラー・スウィフトの例のように、過去の成功例をうまく学術界の抱えている問題に援用できないかというアイデアが個人的にはすごく面白いと思いました。

もう一つ感じたのは、 John さんが今著作権改革を主張しているということの重みです。

先述したように John さん自身はずっとオープンソースソフトウェアの開発に携わっており、しかもそれは世界中で使われるまでの成功を収めました。しかしそれでもオープンアクセスの割合は 30 % ほどにしかならず、そのアプローチに少し限界を感じたというお話をされていました。著作権の話を始めたのも数年前かららしいです。

今回ご講演を伺えたのは NISTEP(科学技術・学術政策研究所)の林さんがお声がけしてくださったからですが、林さんもかなり昔から学術システムの開発をされてきた方で、ずっとオープンサイエンスを進めて来られた方です。林さんもある意味でこのソフトウェアによるアプローチに限界を感じて今政策のところに移られてきたというようはお話をされていたように記憶しています。

古くからオープンサイエンスに貢献されて、実績を残されてきた方が、今法律や政治について議論されているということは、これらの問題を本当に解決していくうえでのこれらの領域の重要性について大きな示唆があるものだと感じました。

また、上で持続可能性の話をしたり、交渉の話をしました。 John さん自身はある意味ずっと出版社と対立してきた立場の方ですが、その方が今全ステイクホルダーについて win-win な枠組みを模索して議論されているということも、とても示唆深いと思っています。

John さんは今回の提案について "Copyright's Broken Promise: How to Restore the Law's Ability to Promote the Progress of Science" という本を書いていらっしゃっており、しかもこれらがすべて無料(!)で読むことができるので、興味を持たれた方がいたらぜひ読んでみてください。これを読んで私の書いたことに誤りを見つけた方がいたら是非ご連絡ください。


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