或る法学徒の第二外国語選択~「好き」であればどうとでもなる~

1 大学生になって初めて学ぶ「第二外国語」~大学生活最初の壁~


 私の通っていた大学では1年生の頃から自分の専門の学問を最初から学ばせるのではなく、最初の1年間は語学をはじめ幅広い「教養」科目を学ぶことに重点を置き、2年生以降になってから本格的に自分の学部の専門科目を入門レベルから学ぶというカリキュラムになっている。そして、多くの場合1年生の内に英語に加えて「第二外国語」として英語以外の外国語を学ぶことになる。私が大学の学部時代を過ごしたのはもう10年以上前も昔の話となるが、現在でも基本的なスタンスは変わらないはずだ。

 第二外国語としてどの言語を履修するかによって、大学生活の難易度が少なからず上下することがある。簡単な難易度の第二外国語を履修できれば予習復習するにしてもさほど時間を取られることはなく単位をあっさりと取得し余った時間を他の活動や勉強の時間に充てることが出来るようになる。特に、司法試験の予備試験を大学1年生から受験することを目標としているならば、予備試験の受験科目に無い第二外国語は習得難易度が低いものを選択し要領良く第二外国語の単位を取得して予備試験の準備に集中したいと思うだろう。逆に、自分の語学力を超えた習得難易度の高い語学を選択してしまった場合、予習復習をするにしても大変で、そもそも第二外国語のモチベーション自体が低く勉強をしないと大学1年生の内に第二外国語の単位を修得できず大学2年生や3年生になっても、最悪大学の4年生になっても第二外国語の単位修得に苦労することになる。第二外国語の習得タイミングがずれると、授業の抽選が発生した場合自分の希望する第二外国語が受講できないことも起こりうるので、可能な限り第二外国語は周囲の多数派も学んでいるタイミングで一緒に学んでストレートに単位を取ることをオススメする。

 大学1年生という新しい学習環境下で新たな自分に合う第二外国語をどう選択するか迷うかもしれないが、そこは自身がこれまでの人生で習得した(あるいは習得することを放棄してきた)情報収集能力が左右すると言っても過言ではない。大学生協からの新入生向けお知らせ冊子やシラバス、部活やサークルの先輩から第二外国語の情報を積極的に収集出来るかといったところでも今後の学生生活を充実したものとできるかが左右される。第二外国語に限らず単位の取りやすい授業から単位取得が困難な地雷科目といった情報を生きた先達から積極的に収集出来るかどうかでも、最終的な自分の判断に及ぼす影響は少なからず関係してくるだろう。因みに、私の通った大学生協の新入生向けパンフレットには「仏語(フランス語、略してフラ語)取る馬鹿、チャイ語(中国語)落とす馬鹿」といったフレーズが掲載されていた(ように記憶している)。フランス語は難しいからそもそも履修しようとするのは自殺行為、逆に中国語は簡単なのに中国語の単位を落とすのはよっぽど勉強をしてこなかったのかよっぽどの馬鹿なのか、といったことを端的に表している標語である。他には、男子学生的には女子学生が多そうなスペイン語だとかポルトガル語を履修しようと企てていた者がいたとかいなかったとか言う話もある。スペイン語やポルトガル語の女学生履修率の高さのデータの出所はよく知らないし私もそんなものは手元に持ってはいないのだが、とにかくそういう噂話も新たな語学を学ぶ動機付けにはなるらしい。阿呆な腐れ大学生であった私がこうした情報を知ったのは既に自分の履修する第二外国語を決めた後であった。

2 私の選択した第二外国語


 結果的に私が選択することにした第二外国語はあろうことかフランス語であった。先程「仏語取る馬鹿」と言われたあのフランス語である。私がフランス語を履修したのには明確な理由があった。

 本当のことを言えば、私は当初第二外国語としてイタリア語を勉強したいと思っていた。何故かと言えば私の好きな漫画である『ジョジョの奇妙な冒険』第5部の舞台がイタリアだからである。なので、本場の「アリーヴェ・デルチ(さよならだ)」だの「ボラーレ・ヴィーア(ぶっ飛びな)」だの「ディモールト・グラッツェ(感謝するぜぇ)」だの「ベネ(よし)」といった台詞を正確な発音で言えるようになりたいと思っていたのである。ところが、当時のカリキュラムではイタリア語は第二外国語の必修科目からは外れて選択科目扱いにされていた。どういうことかと言えば、イタリア語を勉強する分には構わないが、その場合、進級や卒業に必須となる第二外国語をまた別に選択しなければならないというわけである。つまり、もし私がイタリア語を勉強しようとなると大学1年生の時に英語と任意の必修第二外国語とイタリア語の合計三カ国語を一度に勉強しなければならないことを意味していた。私は高校時代から大学入学直後まで英語に自信はあったが、流石に全く新しい外国語を二カ国語分勉強できるほど要領は良くなかったので、イタリア語を勉強する道を諦めたのである。

 そこで、別の言語を習得する必要があったのだが、当時の私の興味・関心を引いていたのがフランス語であったからフランス語を履修することに決めた。私が外国語を勉強する動機付けとしては大学生当時としては好きな漫画の舞台になっている地域の言語を学びたいというものがあり、現在においては自分の好きなバイリンガル・トリリンガルVtuberが話している言語に関心を抱くことになるだろう。とにかく、大学1年生時代に遡ってフランス語履修の動機付けとなったのは『のだめカンタービレ』という作品であった。二ノ宮知子先生原作の少女漫画であり、アニメ化や実写ドラマ・映画化もされた人気作品である。最初は日本の音大を舞台に物語が展開されたが、途中で舞台がフランスで音楽活動をすることになったのでフランスは『のだめ』の聖地であると言えるわけである。現在聖地フランスへの来訪は叶っていないが、作中でもフランス語で簡単な会話シーンが入っていたりするので、その台詞の意味・ニュアンスを知りたいと思ってフランス語を履修しようと決めたのである。また、『のだめ』とは別にフランス語履修を後押しした作品がもう一つある。それは『ジョジョの奇妙な冒険』第4部のスピンオフ作品とも言える人気シリーズの『岸部露伴は動かない』シリーズの中の『岸部露伴ルーブルへ行く』という作品である。岸部露伴とはジョジョの奇妙な冒険第4部に登場する人気漫画家である。そして、『岸部露伴は動かない』シリーズとはその岸部露伴を主人公としたジョジョのスピンオフシリーズであり、岸部露伴が様々な怪奇現象に襲われそれを乗り越える体験談が描かれたものである。また、『岸部露伴ルーブルへ行く』という作品はルーブル美術館が原作者の荒木飛呂彦氏に日本の漫画文化を展示したいという依頼を出した上で作成された作品であり、日本語訳の他にフランス語翻訳版も出版された。私はこのフランス語訳版の『岸部露伴ルーブルへ行く』を自力で読めるようになりたいと思いフランス語履修を決めた(念のため日本語版も買ってはいたが)。

 そういうわけで、私の第二外国語を学ぶ動機は周囲の評価は関係なく自分の「好きなものに近づきたい」という素直な欲望を優先して決めた。「好き」を動機にすれば多少の壁を感じたとしても何とか乗り越えられるモチベーションを維持できるとも思ったからである。

3 フランス語の難しさ


 結論から言えば、私は問題なくフランス語の単位を取得することが出来た。比較的真面目にフランス語の予習・復習をしていたというのもありフランス語学修にそれなりの時間を割いていたというのもあるが、単位修得に困難を感じることはなかった。もっとも、私の大学1年時には司法試験予備試験がまだ実施されていなかったので、法学部に進学して司法試験の受験を将来的な目標にしていたにもかかわらず自分の所属することになった法律系サークルでメインで勉強していた憲法と刑法以外の法律科目は全然勉強していなかったのが個人的な反省点ではあるが。

 さて、こうしてフランス語の単位は取得できたが、最初に勉強してきた外国語である英語と比べるとフランス語は確かに難しい要素が含まれていることは間違いないのでフランス語の難しさを覚えている範囲で書き記すことにしておく。今後第二外国語の履修にフランス語を検討している方の参考になれば幸いである。

 フランス語の難しさは英語の難しさに更に複数の要素が加わることが最大の特徴であると思われる。英語学習でつまずく箇所といえば「三人称単数の(一般動詞に付く)s」とか「時制による動詞の変化」、「助動詞の種類と時制の関係」から「現在完了進行形や過去完了進行形がどういう状況を表しているのか」といったものはフランス語にも当然存在するが、これをベースとして更に大きく二つの更なる壁がフランス語学習者に立ちはだかるのである。

○人称の単数・複数で動詞の形が全て変わる

 まずフランス語を学ぶ上で面倒臭いポイントとしては基本的な現在形の時点で動詞の変化が「一人称から三人称までの3通り×単数・複数の2通り」の計6通りの変化が起こるということである。これをいちいち覚えるのに単純に時間がかかるということである。英語を学ぶ上でこの動詞の変化に対応するのが大変・トラウマであるという感情を抱いたことのある方はフランス語からはブラウザバックした方がいいかもしれない。

英語にはない「男性形」「女性形」という概念が存在する。
 フランス語の名詞には「男性形」「女性形」という英語にはない概念が存在する。逆に言えば英語にはこうした男性形・女性形という概念が存在しないシンプルなアルファベットを並べるだけの言語であるから世界の公用語としての地位を獲得できたのかもしれない。それはともかくとして、フランス語を学ぶ上で男性形・女性形という区分は避けては通れない。この男性形・女性形という区分によって、形容詞や冠詞の形も変化するからである。日本語で船が初めての航海をする際に「処女航海」という表現を目にしたことはないだろうか。これは船が女性名詞であることが原因の表現である。日本語を普段使っていて男性形・女性形を意識することはないだろうが、少なからず男性形・女性形を意識した表現が日本語にも存在することは注意する必要があろう。そういうわけで「童貞航海」という表現は誤りということがわかる。もしそういう表現をする作家がいるとすれば森見登美彦氏くらいのものであろう。あれはそうしたユーモアである。

4 私のフランス語攻略の心構え


 私がこの習得難易度の高いフランス語を履修するにあたって大事にしていたことは何よりフランス語を好きでい続けることである。もし周囲の意見に流されて「○○語は簡単だよ~」とか言われても自分の中に確たる興味・関心が無ければ著しく学習意欲が下がり簡単な科目の単位を落としたり、ギリギリ「可」を取るといった体たらくをさらしていたことであろう。

※実際に法律科目で似たような現象を何度も引き起こしたことがある。将来の司法試験に必要な科目でも授業がつまらないと思ったらその試験の単位を落とすかギリギリ「可」の評価を取ることもあれば、逆に司法試験に全く関係ない・優先順位が低い金融商品取引法や手形・小切手法の講義や法哲学の講義は「秀」や「優」といった最上級クラスの評価を得ることもあった。

 そういうわけで、フランス語を履修するにあたっては自分の中の絶対的な興味・関心を大事にすることにした。また、運良く高偏差値の大学の法学部に進学することは出来たので、そんな自分であれば自分より阿呆なフランス人のクソガキでもしゃべれるフランス語を同じように、あるいはその辺のフランス人のガキンチョよりも上手く話せるようになるという謎の全能感を持つことにした。そういう謎のプライドを持つことで多少難しい分野の学習に入ったとしても、「喋ることが不可能などということは、その言語を母国語としている子供がいる限りあり得ない」と分析することで必ずどこかに突破口があると信じて学習を継続することは出来た。何より、自分は英語が出来たことが良い方向に作用していたと思う(そういう意味では、今更ながら英語が苦手な人には私の今回の話は届かないかもしれない。それは申し訳ない)。フランス語の単語の中には英語に雰囲気が似ているものが少なからずあるので、英語を学習するのと同様の方法でフランス語の学習を進めた。私の基本的な英語学習方法は文法、単語、熟語などをひたすら紙に書いて覚えるというものであった。学修方法としては「書く」という作業を伴うことは非効率的という否定的な意見もあるだろうが、私としては教科書や単語帳を見るだけ、読むだけよりも書いた方が記憶に残りやすく、何より自分の血肉になっている感じがして楽しく学習を継続できたので効率などを気にせず書くことで未知の言語を習得していった。

 他に意識したことがあると言えば、教科書、基本書、参考書の例文をキッチリコピーして身につけること、分からないことがあれば臆することなく先生の元へ質問しに行くことだろうか。出席カードに質問事項があればそこに質問することを書けるスペースがあるのだが、そこに質問することを可能な限り一つは見つけて毎回質問していたような気がする。先生との貴重なコミュニケーションを取る機会を得られるのは単純に楽しいし、多少内申点を良い方向に転がせるという下心も混みの作戦でもある。

 そういうわけで、私は1年生の内にフランス語の単位を一つも落とすことなく無事に進級・卒業することが出来た。少なくとも、大学受験で英語が得意であればその後第二外国語を学ぶことになってもあまり大きな障害になることは考えにくく、むしろ英語の学習経験を応用して第二外国語を身につけることが出来るだろう。

5 法律研究家向けの第二外国語選択


 私は自分の個人的興味・関心・好奇心から大学での第二外国語をフランス語に選択したが、仮にこれから大学で法律研究家になるとすると、果たして第二外国語としてどの言語を履修するのが理想なのだろうか。

 前提として、第二外国語として何を選択するとしても英語はある程度出来た方がいい。比較法として主にアメリカの法制度を日本と比較する際に英語が出来ないと話にならないだろう。個人的な偏見ではあるが、アメリカとの比較が大事になるのは会社法研究者ではないかと思っている。日本の会社法は(主にアメリカあたりの)外圧によって改正されることがしばしばあるので、アメリカのリアルな会社法研究をするためには、(ひいては日本の会社法の課題を発見できるようにするためには、)英語が出来た方がいいだろう。同じ会社法(CORPORATE LAW)といえども、日本とアメリカでは仕組みが違うことがざらにある。例えば、日本の会社法では取締役に課される善管注意義務(民法644条)と忠実義務(会社法355条)は同じ意味と解するのが通説だが、アメリカでは取締役の義務は、会社と取締役の間の利害関係が無い場面で注意深く職務を行うことを内容とする注意義務(duty of care)と、利害対立がある場面で取締役が会社の利益を犠牲にして自己または第三者の利益を計らないことを内容とする忠実義務(duty of loyalty)とに区別される、といった具合である。

 さて、法律研究者を目指す上での場合の外国語としては、フランス語かドイツ語が人気のようである。私の知り合いの労働法を専門に研究している院生はフランス労働法の文献やらドイツ労働法の文献を読み込んで研究しているようである。フランスやドイツは大陸法系といわれる法体系を採用しており、日本の民放はフランスの影響を受けていると言われているのでフランス語を選択するのも合理的と言えるかもしれない。大学院で第二外国語で書かれた専門書をいきなり読むのはハードルが高いと思われるから、可能であれば自分の好きなコンテンツ等に囲まれることで語学のハードルを下げるなど学習環境に工夫を取り入れることが必要となるだろう。

6 最後に贈る言葉


 新たな言語を学ぶというのは、それ自体が一つの旅に出るのと同義と言っても過言ではないだろう。道中大変な目にも遭うかもしれないが、目標地点に到達できたときの喜びを知ってしまえば苦労していたこともそれはそれで良い経験になったと認識が変化するはずだ。

 そういうわけで、様々な言語を新たに学習しようとする者達に、この言葉を贈ろうと思う。

Bon Voyage(ボン・ボヤージュ:良い旅を)!

 因みにBon Voyageはフランス語だそうである。


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