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数学教員を20年近く務めた教員が考える授業の「巧さ」と「上手さ」と教員の素養


授業の評価が高い教員

授業が分かりやすいというのは教員の評価としては最も明確な指標の一つです。もちろんそれだけで出世栄達が業界で叶うわけではありませんが、人事評価においてある程度の意味があるのは間違いありません。

公立では「スーパーティーチャー」制度などによってそうした評価を行っています。私立の場合でも内部的にそうした評価を行っている学校は少なくないようです。

生徒の感想とのズレ

ところがこうした教員界隈の中で評価の高い教員の授業が必ずしも生徒からの評価が高くないということが興味深い話です。

この手の話をすると、教員側からは「生徒は教育の素人だから、表面上の分かりやすさに誤魔化されているだけで本質的な授業の良さが分からない」などという妄言が聞こえてきます。

しかしこれはおかしな話で、飲食店に行って美味い、まずいを判断するのは素人であってプロではありません。もちろん学校や授業は必ずしもサービス業ではないので単純に比較することはできませんが、少なくともプロにしか評価できないような微細な差が果たして重要かどうかは微妙なところでしょう。

「巧い」と「上手い」

私は教員側からの評価のみが高い授業のことを「巧い」と定義しています。それに対して生徒側からも評価の高い授業のことを「上手い」と定義しています。
(あくまでも私の個人的なネーミングに過ぎませんので一般的な言い方ではありません)

「巧い」授業は生徒全体に目が届いていたり、板書がきれいであったり、タブレットなどのICT機器を工夫して使っていたり、ディスカッションなどをしっかりと組み込んでファシリテーションを行うような授業のことです。

教育技術の学習に余念がなく、同業者の授業を研究し、実践を積極的に行っている人がこうした授業をしています。

こうした授業は決して批判されるようなものではありませんし、こうした実践者の日々のスキルアップを欠かさないその姿勢は見習うべきものが多いものです。

「上手い」授業とは特別に何か特別なスキルや教育技術があるわけではなく、授業に参加するだけで生徒がモチベーション高く勉強に取り組むようになる授業のことです。

特に受験期においては授業時間内の学習よりも、授業時間外の学習の方が重要になってきます。その点で言えば、小学校においては「巧い」授業が求められるのに対し、中高においては「上手い」授業が求められると言えるかもしれません。

「上手い」授業の要素

「上手い」授業の多くは「巧い」部分を内包しています。その上で+αが存在するために「上手い」授業となっています。

ではその差は何でしょうか。

この差の大きな部分こそが教科や学問への教員自身の関心、あるいはそれに関わる実社会との関連性への興味、好奇心ではないでしょうか。

「上手い」授業者の多くはその話の中で全く関連性の無い話題を結びつけて説明をしたりします。

例えば数学には「ベクトル」という単元があるのですが、この学習内容の中に内積という概念を学習する場所があります。

この内積を説明するときに、「ベクトルの長さと間の角のコサインの積」という認識しかない人と、「2本の力の協力関係を表現する数値」という認識がある人ではどちらの説明がより明瞭に感じるでしょうか。

もちろん後者的な認識をしていない授業者はいないとしても、それを言語化し表現する習慣のある人の授業とそうでない授業者の授業では大きく異なるでしょう。

つまり、世界や社会に対して深い関心を抱き、教育だけでない幅広い興味とその言語化を意識していることが授業を「上手く」する方法なのではないかと思うのです。

「上手い」授業者になるために

私自身、「上手い」と胸を張って言えるほどには授業スキルが高いわけではありませんし、そうなる方法を確実に知っているわけではありません。

しかし、一つ言えることは様々なことに興味を広げることは決してマイナスにはならないということです。

別の記事などでも触れましたが、最近私はカメラに嵌っています。そのためレンズやカメラの仕組みについてかなり勉強をしました。

その結果、物理の光の分野などの知識が以前に増して深くなりましたし、教科書範囲ではない実生活における活用への理解が大きく深まりました。

これらの知識の中には、当然ながら数学の応用として活用可能な範囲も含まれます。とはいえこれはそうした職業的な意図を持って接触したのではなく、あくまでも偶然の産物です。

私が知っている授業が「上手い」と思える教員のほとんどはそうした幅広く興味を広げる姿勢を持っているように感じます。彼らは学問や科学に感動を抱き、その情熱を授業の中で表現するような人だったのではないか、と思うのです。

であればこそ、「上手い」授業を実践する教員にとって、最も重要な素養は興味関心を絶やさないことなのかもしれません。

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