AIにできること、そして医療

初めまして。沖山と申します。
医師で、今は AI 医療機器の開発をしています。

『 現場で感じた医療課題を解決したい。』

この想いから起業をしました。
会社を作ったのは去年の11月だったのですが、情報公開がまだでクローズドな状態でした。ようやくチームの顔ぶれや、内容もお伝えできるようになりました。「アイリス (Aillis) 」と言う会社です。


スペシャリストとジェネラリスト

私の専門は救急医療です。
救急医は、浅く広く、いろんな病気に対応します。それが自分たちのアイデンティティです。
でもそれは裏から見れば、「どの病気でも、そのスペシャリストには敵わない」とも言えます。
浅く広いジェネラリストと、狭く深いスペシャリスト
もちろん、両方が必要です。

30ある診療科、本当はすべてのスペシャリストがみんな揃っているのが理想です。でも、その体制にあるのは大学病院くらいです。

夜の病院には医師が一人しかいないことも珍しくありません。
その晩の当直医が「彼」でなく、たまたま「その病気の専門家」であったら助かったはずの命は、数知れません。
(もちろん必要に応じて専門医のいる病院へ転院しますが、間に合わないこともあります。)

他人事のように書きましたが、私自身もそのような現場の当事者でした。
「もし自分が大動脈解離の専門家で、この場で手術ができていたら。」
「もし自分が稀な難病の専門家で、その場で診断がついていたら。」

救急医として、自分が主治医でありながら命を救えなかった患者さんの数は、100人では足りません。
たら、れば、が許されるのであれば、もし私が「その患者・その病気」の専門家であれば、救命できていた方は少なくないと思います。

「専門家として深い診療ができること」 そして 「病気を幅広く網羅すること」

この2つは、両立しない医療の大きなジレンマです

この問題とどう向き合うか。
これは解決可能な問題なのか。

人工知能 (AI) との関連を考えるため、すこし視点を変えてみます。


ストック性とサイクル性

この世界には、ストックされるものと、都度リセットされるもの(サイクルするもの)があります。

たとえば「学問」はストック性をもっていて、時代とともに右肩上がりで進歩します。
古代ギリシャの天才よりも、現代の一般人の方が、数学の難しい問題を解くことができます。

逆に「運動」は、ストックではなくサイクルです。
右肩上がりではないので、近いところでグルグルと輪廻しています。
ここ千年で、100m走のタイムが10分の1になったわけではありません。運動能力は属人的なもので、その人が亡くなったら努力がリセットされてしまうのが特徴です。

医学の世界に当てはめると、どうでしょうか?

医療「情報」はストックです
昔の名医よりも、いまの研修医の方が、最先端の治療を知っています。

一方で 医療「技術」は、サイクルです
昔の名医の方が、かすかな心音を聞き逃さないでしょう。研修医では聞き漏らしてしまう小さな音です。

このように、ストックは時代とともに進化し続ける一方で、サイクルは累積しない性質をもっています。

そして、今でこそストック性をもっている「情報」も、私たちホモサピエンスがまだお猿さんに近かったときは違いました。
文字をもたない昔、「情報」はまだ「サイクル」だったのです

うろこ雲の次の日は雨。
こういうファクトにたまたま気がついても、言語をもたない動物は、情報を後世に残すことができません。
文字を持たない初期のヒトを、人類1.0 と呼んでみます


人類1.0から、2.0へ

5000年前、人類は文字の発明によって、「情報」をストック化しました
その影響は爆発的でした。
1万年前のサルといまのサルが同じ文化的水準で暮らしているのに対して、
1万年前の人類といまの人類は、文化も技術水準も、何もかもが違います。

情報をストック化して、自由自在に扱うようになったのが、人類2.0です
1.0と2.0の格差は圧倒的でした。人類1.0が束になっても、情報の積み重ね = テクノロジーを操る人類2.0、たった一人に敵いません。

しかし そんな人類2.0も、技術やワザについては、未だストック化できていません
ゴッホの芸術性はゴッホが死んだら失われてしまい、モーツァルトも、マラドーナ氏も、その能力は本人限りです。
「遠近画法」「◯◯トレーニングメソッド」のように、言語化できた一部領域はストックになりますが、大半はサイクルとして失われます。

匠の技は暗黙知であり、言語化が難しく、したがって他人に伝達しきれないからです。

人類3.0へ

もし技術がストックされたら、どのような世界になるのでしょうか?

映画「マトリックス」には、頭にUSBをさして、武術スキルを脳にインストールする描写が出てきます。
10秒後には "I know Kung Fu.(カンフー覚えた)" という世界観です。

技術がストック化された世界 では、他人がマスターした技術をインストールしたところからスタートできます
初めてフライパンを握ってもプロの味付けができたり、一度も楽器を触ったことがない人が絶対音感を得られたりします。
そして、自身はそれを更にもう少しだけ進歩させて、死ぬ前にどこかにアップロードしてからこの世を去るのです。

これは、映画の中だけの世界に思われるでしょうか。

しかし Google の囲碁プログラムが世界チャンピオンに勝ったいま、世界で起きているのは、まさにこういう現象ではないかと思うのです。

脳に直接インストールすることはできなくても、スマホにダウンロードすることは可能です。
そしてスマホを24時間身につけている私達にとって、脳内にあろうとスマホ内にあろうと、受けられる恩恵は一緒です。

体内時計ではなくアラームを発明することで、人間は時間と正確に付き合えるようになりました。
電卓を発明することで、暗算の技術向上を脳に頼る必要がなくなりました。
人類は道具・デバイスと連携することで、外付けハードディスクのように、自らの能力と生産性を拡張してきました

スマホにAIソフトがインストールされていたら、それはもはや単なるツールではなく、そのスマホごとひっくるめて、その "人" の一部とも言えます。
私はこの潮流が、文字の発明に引き続く私たちのメジャーアップデート、
"人類3.0" への変化だと感じています


ニューラルネットワークによる、暗黙知の記述

「情報」がストック化されたのが、人類2.0です。
「技術」がストック化されるのが、人類3.0です。
技術がスマホで共有されるだけでなく、それを共同で進化させていける時代です。

情報は文字として記録できるので、既にストック性をもっています。
技術や暗黙知は言語化できないので、現状ではまだサイクルのままです。

しかし、ディープラーニングによって、これらの暗黙知を記録することができます。
何とも言い表せなかった「匠の技」が、個人を離れて外部化されるようになります。

外部化されたものは、ネットを通じて世界に広めることができます。
そして人類全体で、Wikipedia のような 情報のオンライン事典 を作り上げるのと同じように、暗黙知のオンラインライブラリ を作り上げる取り組みが成立します。
オープンソースの「匠の技」ライブラリで、Wikipedia や GitHub のように全人類で更新し続ける、右肩上がりの 技術プラットフォーム です。

この新たなパラダイムを、ゲームや芸術に役立てようとする試みは既に存在します。

私は、このパラダイムを医療に役立てたいと思っています。


救急医としての自分のために

刀鍛冶職人の技や、雅楽の笛の音。落語家の噺に、宮大工の指先の感覚。

ひとりの人間が、一生を捧げて習得する匠の技。これを「横取り」するのは、ずるいことでしょうか。
これが勝負ごとであったら、努力の横取りは、ゲームバランスを崩してしまいます。

しかし、医療は競争ではありません。人類全体で「医療」という共通ライブラリを育て、その恩恵を受けるべき営みです。

巨人の肩に立つ、と言われるように、先人の礎の上から始められるからこそ、より遠くへ行けるのです

医学「情報」については、論文の形で共有されるようになってきました。
次は、医学「技術」です
匠の診察技術を全世界で共有し、人類の資産として育てていく時代です。

そしてスペシャリストはいつの日か、ジェネラリストと一体化していくのでしょうか。
各領域の専門技術は、ニューラルネットワークによって再現されます。スマートフォンのように一人一台もったデバイスに、ピンポイントな診察技術が一つずつインストールされていきます
「医療」は各医師に紐付いた属人的なものから、全人類がシェアする共有資産になっていくのかもしれません。

新しい医療のために

"Art is long, life is short."(医術の道は長く、人生はかくも短い。)
医学の祖、ヒポクラテスは、このように言いました。

熟練の技を修めるのには時間がかかり、一人の人生では一つのスペシャリストにしかなることができない。これが、医療のジレンマでした。

私たちはこの世界観を、更新したいと思っています。
社名は、格言の頭文字から取って  Aillis(Art Is Long, Life Is Short)、
アイリスです。

短い人生でも、医術の最先端から修練を始められるような世界。
若手もベテランも、みなで同じ医療を共有し、それを育てていける世界。

アイリスは、そんな世界、そんな医療を、目指しています。

https://aillis.jp
アイリス代表取締役 沖山 翔

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