働かざる者

働かない時間は大事。定職に就いている人でも、24時間365日働いているわけではないし、上記記事にあるように、年単位で働かない期間があってもいい。重要なのはその時間をどう過ごすのか。

と、考え始めたときにすぐに出てくるのが、「生産的かどうか」。プライベートでも、家事が捗ったとか、ToDoリストを消化できたとか、そういう目に見えた成果があると「生産的だった」と言ったりする。

ただ、それだけを尺度にして有意義に過ごせたかを判定するのは近視眼的だろう。一見無駄なことでも、長期的には役に立つことだって少なくない訳で。もちろん、目の前の些事を疎かにしていいという意味ではない。要は、中長期的な視野も持つ必要があるよね、ということ。

もう一つ典型的な考え方として、年収アップにつながるか、という視点がある。仕事に関係する本を読んだり、スキルアップのためにセミナーなり講習なりに参加したり、人脈を広げるために異業種交流会的なものに参加したり…。

これは言ってみればプライベートを仕事に従属させている構図で、仕事第一主義に立てば当然だが、プライベート第一主義に立てば論外ということになろう。

ただ、ここで重要なのは、プライベートでの過ごし方が仕事に影響を与える、という点だ。もちろん逆もある。長時間労働すればプライベートの時間が少なくなるし、ハードワークは気力・体力を奪うので回復のためにプライベートを食い潰す。しかし、それは比較的単純な話。働きすぎない、頑張りすぎない、というだけのこと。それが簡単だとは言わないが、コンセプト自体はシンプル。

一方、プライベートをどう過ごすべきかは、その時間自体が充実していたかどうかに加えて、仕事にどう影響するかも考慮する必要がある。平日の疲れを癒すこと、頭を整理すること、スキルアップや人脈作りをすること、などももちろんだが、「この先どうしようか」、「転職しようかな」、「結婚したい/したくないな」、「FIREしたい」など、仕事とプライベートを包括した問題について考えるのも、基本的にはプライベートの時間にしかできないことだろう。(仕事に集中できずつい考えてしまう、という場合を除く。そこで答えが出るケースは稀だろう)

これは必ずしも仕事第一主義を否定しない。仕事第一主義で行こう、という意思決定はプライベートの時間においてなされるべき、という話。プライベート第一主義も否定しない。プライベートをより充実ために、どうやったら仕事を短く済ませられるか考えるとか、今より負荷の少ない仕事に転職するための活動をする、というのもアリ。

要は人生戦略について考えたり、情報収集したり、行動してみたり、というのが大事だということ。それを疎かにしてしまっては、どんなに家事をこなしまくっても、どんなにスキルアップしても、どんなに遊び呆けても、全体最適からみると不毛だったということになりかねない。

さて、「あなたは」どう生きるか

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?