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エロすぎる岩下志麻、映画「鬼畜」。清張が原作で描いたこととは

 遅筆なことが悩みです。いまから書こうとしていることは、昨年12月24日夜に放送されたテレビドラマのこと。すでに二十日が経とうとしています。遅筆な自分を嘆くばかりですが、主人公女性の描かれ方が気になったので、遅ればせながら書こうと思います。ドラマは、松本清張原作の「鬼畜」。クリスマスイブの夜にはミスマッチなドラマでした。

 なお、本文はネタバレ記述がたくさん出てきます。事前にご了承ください。文中の敬称は省略しました。


新聞各紙が盛り上げた「特別ドラマ」

 クリスマスイブの夜に「鬼畜」って、テレ朝、粋だなあ。タイトル冒頭に「松本清張サスペンス没後25年特別企画」と冠がついていることからも、かなり力入っている感じ。そんな迫力に押されたのか、あるいはテレ朝と新聞記者の普段のお付き合いからくる忖度なのか、新聞各紙はテレビ欄のコラムで「没後25年特別企画ドラマ」を盛り上げていた。

「重厚なドラマが浮かび上がらせる人間の醜さが、やけに心にまとわりついた」(読売「試写室」)
「完成度の高い犯罪心理劇だ」(朝日「試写室」)
「後半まで続く、常盤の鬼気迫る演技は恐怖を感じた」(毎日「視聴室」)
「目をそむけたくなるほど鬼畜と化す大人たちの中で、ひたすら父親を信じる子供たちが、けなげで切ない」(産経「記者のおすすめ」)

 これは観るしかない。と思ったが、忘年会に顔を出して帰宅すると、ドラマは終わっていた。

 でもいまは便利。TVerで観た。床に寝っ転がってiPadで観られる。

「映画バージョンはもっと怖いよ」

 ドラマは、時代設定が違うとはいえ、これは普遍的なテーマが盛りだくさん。何と言っても、注目は常盤貴子だ。美人女優の看板を捨て、夫と子どもを追い込んでいく演技は、「怖い」というより、「狂気」「壮絶」といった言葉がふさわしい。

 翌日、そんな話を知人にしたら、「映画バージョンはもっと怖いよ」と言われた。ググると、映画の公開は1978年。監督は野村芳太郎だ。これも観るしかない。「TSUTAYAに行こうかな」と言ったら、知人から「バカじゃないの?」と呆れ顔で言われた。

 いまは便利。Amazonでその場で観られる。プライム会員なら無料だ。iPadにイヤホンさせば、外出先でも観られちゃう。

さすが「未来の極妻」

 映画版で妻を演じるのは、岩下志麻。透明感のある美しさと狂気が画面を支配している。知人が「ここ、ここ!」と言ったのは、3人の子どもの末っ子の口の中に、岩下演じる妻が「食べろ」と叫びながら、白米を押し付けているシーンだった。

 あー、たぶん、これアウト。地上波ドラマでこの場面を放送したら、「食べ物を粗末にしている」「虐待を助長しかねない」などと批判が起きて、BPO勧告間違いなし、でしょ。

 まあそれにしても、この時の岩下志麻、目がイッてる。さすが未来の極妻だった。

 一方、不器用でうだつの上がらない夫役は、テレビ版が玉木宏、映画版は緒形拳。玉木宏には「イケメンだしほんとは器用なんだろ!」とツッコミたくなる(これまで演じてきた役柄からの印象論でご本人が器用か不器用かは存じ上げません)が、お二人とも情けない役を演じきっておりました。

 さて、私が書きたい点はここからです(前書きが長くなってしまいスミマセン)。

「共謀」か「主従」か

 鬼畜のストーリーをザックリ振り返ると、夫は愛人女性との間に3人の子ども(長男、長女、次男)がいたが、会社の経営が傾き、愛人女性に生活資金を渡せなくなった。怒った愛人女性が子ども3人を夫のもとに置いていく。突然の事態受けて妻は夫に怒りをぶつけ、3人の子どもを虐待する。ある日、次男が死ぬ(妻が殺したと強く示唆しているが、ストーリー上は事故なのか妻による殺害なのかははっきりしない)。その後、夫が長女を繁華街に置き去りにし、長男を崖から落として殺そうとする(長女は保護され、長男は一命をとりとめる)。

 1978年公開の映画版では、次男が死んだ夜、夫妻は激しくセックスする。現実逃避なのか、同志となった瞬間だったのか。以後、長女と長男に対する仕打ちは、思いを同じくした夫妻が共謀して実行していく。もちろん寸前になって夫は何度も犯行をためらう。だが、夫妻の犯行は、「共謀共同正犯」として描かれていた。

 一方、今回のテレビドラマ版では一貫して、妻に命じられた夫が、強制されて仕方なく犯行を重ねていったと受け取れた。夫は長女を東京タワーに置き去りにしてしばらくしたあと、妻に相談せずに警察に捜索願を出している。いつも夫はためらい、後悔している。いわば、主犯は妻、従犯が夫という印象が強かった。

 では、原作はどうだったのか。これも思い立った瞬間、kindleでダウンロードできる。ほんとに便利。

 早速読んでみると、予想以上に短編だった(警察の謎解き部分はなく、ストーリーに余白がある。だからこそ、清張作品はいまも様々に解釈され、映像化されるのだと感心した)が、鬼畜と称される犯行は共謀共同正犯で、原作に近かったのは映画版だった。

 原作と映像作品のストーリーが違うことはよくあるし、原作に忠実なほうが良作だなどと言うつもりはまったくない。ただ、今回のテレビドラマ版は、「狂気の悪女」と「情けないが心の優しい夫」という構図が鮮明すぎたことが気になった。

エンディングどうですか?

 ドラマの最終盤、夫妻は致死量の青酸カリを互いに分け合う。警察が自宅に踏み込んできたとき、妻は青酸カリを飲んで自殺を図り絶命する。夫は青酸カリを飲めず逮捕され、服役する。その後、出所した夫は、長男と長女から「会いたい」旨の手紙を受け取る。夫は最後まで「いい人」だった。

 このエンディング、どうですか? とくに女性の皆さん。私は、どう理解したらいいか今もよくわからずにいます。

 ひと昔前なら、夫婦2人の犯罪はたいてい「主犯が夫で、妻は従犯」だった。でも、いまや「人づくり革命」とか「1億総活躍」となり、「主犯が妻で、夫は従犯」といってもおかしくないということ? それはそうだとしても、同じ犯行を重ねた夫と妻が、その後こんなに境遇が違うというのはどうだろう。そもそもこんな事態を招いたのは、夫のせいだというのに……。ちょっと男目線すぎやしないか。

 説明を始めると話がややこしくなるので詳細は省くが、妻が子の殺害を考えた理由がテレビ版はよくわからない。原作や映画版では、殺意を抱かざるを得なかった心理描写に紙幅と時間が割かれていた。夫婦は追い込まれながら、鬼畜になっていった。

 テレビ版もいい作品だと思う。主演の2人はすごくいいし。でもエンディングに少し疑問が残る。まあ、こんなこと言っても、テレビ版の制作者からは「余計なお世話だ」と叱られそう。私が考え過ぎなんですかね。

※鬼畜は、2002年にビートたけしと黒木瞳でドラマ化されていますが、その作品は観ていません。DVDになっているようなので、機会があれば観てみようと思っています。

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shoichiro kawano

新聞社で社会部記者や週刊誌の編集をしていました。中退して現在はフリーランスです。独自取材したオリジナルなものを、できるだけ多く書いていきたいと思っています。ダジャレもたまに書きます。Twitterは@shoichirok
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