伊藤昌 | 水墨画

水墨画にまつわる話や徒然話を、水墨作家の経験と偏見と独断で語っています。 著書 「水墨…

伊藤昌 | 水墨画

水墨画にまつわる話や徒然話を、水墨作家の経験と偏見と独断で語っています。 著書 「水墨画 紙を極める」「墨の技 全ガイド」「花鳥画レッスン」(日貿出版社)など多数

最近の記事

私の水墨画観

 「現代水墨画の世界」という本が今月半ば過ぎに日貿出版社より発刊されます。すでに予約販売が始まっています。  私は巻頭の久山一枝先生と根岸嘉一郎先生との鼎談に加え、作品を11点ほど掲載させていただいています。  本書では作品に加え、それぞれの作家が「私の水墨画観」を書いています。  そこで今回は本書に掲載した私の「私の水墨画観」を記します。実際の本では他の作家と合わせるために、ですます調に修正されていますが、せっかくなのでここでは初稿で書いた文章を載せたいと思います。 【私

    • 直筆・側筆

       水墨画は線の芸術だということはこれまでも言及してきました。もちろん墨の濃淡を用いた階調などは水墨画の大きな魅力ですが、技術的な側面でいうと用筆、つまり筆の扱い方がもっとも重要で熟練を要するところです。  描線の質は、技術の成熟度をダイレクトに反映しますので、線の精度を高めることは水墨画上達に欠かせないものとなります。  そこで線や運筆について少し詳しく説明していきたいと思います。今回はまず紙面に運筆する際の筆の置き方、進め方についてお話しします。  線を描く際まず筆を紙面

      • 南画 2

         前回は南画、北画の成り立ちについて簡単にお話しました。  薫源(とうげん)や巨然(きょねん)、あるいは 黄公望(こうこうぼう) 、倪讚(げいさん)、呉鎮(ごちん)、王蒙(おうもう)など元の4大家が当然のように南宗画に分類されているとはいえ、それはあくまで後世になって区分けされたに過ぎないということを初めにお断りしておきます。  というのも、後世に区分けされた分類が、果たして真に画家達の正しい評価となりえているのか、曖昧な気もするからです。  さて南画と北画、この大別された

        • 南画 1

           南画(なんが)、北画(ほくが)の話です。    絵に南北の区別があるのか?と思われる方もいるかもしれませんが、その通り区別があるのです。あったといったほうがいいかもしれません。  水墨画経験者や愛好者のほとんどは南画という言葉を耳にしたことがあると思います。  我が国において、南画はながらく今で言う水墨画とほぼ同義で使われてきました。    しかし今では南画という言葉はまったくと言っていいほど使われなくなりました。水墨画と言う言葉が一般的になったため、南画という言葉は死語と

          点、線、面 ④ 点苔

           またまた点のお話です。これが点に関する最後のお話になりますので、どうぞ最後までおつきあいを。  東洋画において、点は単なる点ではないということはこれまでも言及してきました。東洋画における点はものの形そのものを表すこともあるほど意味を持ったものなのです。例えば植物でいえば花びらや葉や果実、風景でも森や雲まで点で表現することが可能です。  近代の画人、小杉未醒(放庵)は「大雅堂」という著書の中で水墨画(南画)の点について次のように言及しています。  「点、南画の点の面白さよ。

          点、線、面 ④ 点苔

          四君子

           四君子(しくんし)とは、蘭・竹・梅・菊四種の植物を君子に喩えていったものです。君子とは徳の高い菩薩のような人のことですね。  蘭は、山の中にひっそりと佇み奥ゆかしい香りを放っていることから、山谷にひとり隠棲する気高き君子に例えます。  竹は、天空に向かって真っ直ぐに生えることから、至誠一貫いかなる時も自己の信念を曲げない志操堅固な君子として讃えます。  梅は、他の花々に先んじて雪の中にあっても花を開くのを賞讃し、時代の魁となる先知先覚の君子とします。  菊は、晩秋の寒さや

          伊藤昌著「水墨画 紙を極める」発刊!

          伊藤昌著「水墨画 紙を極める」(日貿出版社)が出版されます。アマゾンや楽天ブックスなどのネットでも予約販売が始まっています。 ご興味のある方はぜひ手にとってご覧いただければ幸甚です。 本の主旨をご紹介する意味で、本書のはじめにの文章を以下に掲載します。  書画を描く道具は文房四宝といわれ、筆、硯、墨、紙のことを指します。この四つの道具の中でもっとも重要なものは何かと尋ねられたら、私は間違いなく紙と答えます。創作する上で違いがもっとも顕著に表れ、同じように描いても紙によって

          伊藤昌著「水墨画 紙を極める」発刊!

          点、線、面 ③ 点葉

           勾(鈎)花点葉法(こうかてんようほう)という言葉があります。鈎(勾)は輪郭線を描く描法である鈎勒法(こうろくほう)でも使われる文字です。  つまり勾(鈎)花点葉法とは花を輪郭線で描き、葉を点で描く方法という意味です。これは花鳥画の典型といえる描法です。  点葉の点は、前出のとおり点であり面でもあります。萩などの小ぶりな葉もあれば、ブドウなどの大きな葉もありますが、水墨で描けばどちらも点葉といいます。  また、勾花点葉と似た言葉に紅花墨葉(こうかぼくよう)というのがあります

          点、線、面 ③ 点葉

          影向図

           書道雑誌「墨」7・8月号に、私の好きな名句・名文というのをテーマに書画作品と文章を寄稿しました。  私が選んだ名文は西行法師の、 願わくば花の下にて春しなむ           その如月の望月の頃 という名歌です。  旧暦2月、今で言えば3月の満月の頃桜の花の下で人生の幕を閉じよう、という意味でしょうか。なんとも美しい日本人の死生観を表していると思います。  埼玉県行田市にさきたま古墳公園というところがあります。国宝の鉄剣も出土した知る人ぞ知る名勝地です。そこには前方

          点、線、面 ② 点心

           点、線、面 ①でもお話したように、点はただ単にペンや筆を紙面に置いてできた痕跡ではありません。東洋画の点にはいくつかの工程が加えられることが多いのです。  書道で書く点を思い浮かべてください。点を書くという時は、筆の穂を紙の上に置き、その筆を斜めに移動させ、さらには逆方向に跳ね上げたりするのです!おそらく西洋の人はこれを線や面と認識するかもしれません。点をこんな複雑に書くことなど考えられないからです。しかし我々はこれを線とは言いません。あくまで点と言います。  水墨画でも同

          点、線、面 ② 点心

          筆の持ち方

           筆などどんな持ち方であろうと、仕上がりの結果がもっとも大事なのだ。  と、水墨画を描く際、筆の持ち方など大して重要視されていない人が多いでしょう。もちろん、出来上がった画面は大事なのですが、もし筆の持ち方が絵の仕上がりに影響を与えるとしたらどうでしょうか。今回はそんなお話です。  水墨画入門者になにか描いてもらうと、たいていは鉛筆を持つように筆を持ちます。もちろん、それでも十分絵は描けます。プロの水墨画家でもいわゆる鉛筆持ちをする人は非常に多いです。だから問題ないと言って

          点、線、面 ①

          水墨画は点、線、面の用筆から訓練し始めますが、点、線、面についての考え方についてはしばしば議論が別れるところです。  絵画はすべて点や線や面で描かれています。点とは小さなドットで、点を運動させるとその軌跡は線となって現れます。線が密に集合すると面となります。つまり初めに点があって、次に線、そして最後に面に至ります。  この理屈は至極まっとうなもので一見疑問の余地はないようにも思えます。  ところが東洋画では少し事情が違ってきます。  実は東洋画では点と面はほぼ同じものなので

          浅絳山水って何?

           今月の教室の手本は現代風浅絳山水です。  また難しい漢字が登場です。せんごう(せんこう)さんすい、と読みます。  絳は赤の意味で、実際は岱赭(たいしゃ)という茶色い色を使います。したがって浅絳とは岱赭を薄く着色するといった意味でしょうが、私の手本はけっこう濃く着色しています。  浅絳山水の描き方としては、墨で岩や樹木などを描いて、岱赭となぜか藍色で彩色します。色といえば赤と青ということでしょうか。岩や樹木は赤土色でなんとかなるし、空も木の葉も水もすべて「青い」の一言で片付け

          浅絳山水って何?

          山水画とは?

          先日、芸大を卒業したばかりの青年から質問を受けました。  山水画とはなんですか?  極めてまっすぐでかつ抽象的な質問でしたが、私はこう答えました。  一言で言えば胸中の丘壑(きょうちゅうのきゅうがく)ですね。  丘は文字通り丘ですが山といってもいいと思います。  壑、これは漢字が難しいです。要するに壑とは谷のことで、丘壑とは山谷のことです。風景といってもいいでしょう。  胸中の丘壑とは、すなわち心の中の風景をいうのです。  もっと言えば、胸中の丘壑というのは画家の心の