第5話 私にしかできないこと
カランコロン
「こんにちは~」
丸山先輩と入れ替わるようにして、愛来ちゃんが入ってきた。
今度大切なオーディションがあって気合いを入れたいから、ネイルとアロマ両方を希望している。なんで知ってるのかっていうと、頼まれて私が予約を入れておいたからだ。
「いらっしゃいませ」
嬉しい報告を聞いて気分が上がっているのと相手が愛来ちゃんだからっていうのもあって、いつもより大きな声が出せた。目が合うと、愛来ちゃんがちょっとだけ笑ってくれる。
「いらっしゃいませ~! 来店ありがとう! もしかして、泉ちゃんのお友達?」
「はい。ルームメイトなんです」
めぐる先輩と愛来ちゃんは、すぐに楽しそうに話しはじめた。
(私は掃除でもしようかな。窓枠、埃がたまってたし)
なんて考えていると、会話が耳に入ってくる。
「――日が、誕生日なんです。オーディションの合格を自分へのプレゼントにしたいなって思ってて……」
(愛来ちゃん、来月誕生日なんだ。なにかプレゼントしたいな……)
サロンの営業時間中、頭の中はプレゼントのことでいっぱいだった。友達に贈り物をしたことなんてないから、今の私はきっと浮かれてるんだと思う。
そしてあっという間にサロンの閉店時間になって、私は寮に帰った。
(レッスンがあるって言ってたけど、もう帰ってきてるかな?)
鍵を開けてドアノブを回し、私は寮の自室に入った。
電気が点いてる。それに、部屋を真ん中で仕切ってるカーテンに影が映ってるから、愛来ちゃんが帰ってきてることがわかった。
「ただいま」
声をかけてみたけど、返事はない。部屋にいるとき愛来ちゃんはいつも首にヘッドフォンをかけてるから、きっと今も何か聞いているんだと思う。
前に何を聞いてるのか質問してみたら、憧れの声優のデビュー曲だって教えてくれた。それが主題歌になってるアニメを見て、声優になりたいって思ったらしい。
(愛来ちゃんは、怖くないのかな)
声優っていう職業は、「才能がないとなれない」ものだと思う。どれだけ頑張ったって、うまくいかないかもしれないのに。
宇宙警察になりたいっていう夢を叶えためぐる先輩、趣味だっていう機械いじりを極めてる博士……。羽岡先輩だって、お客さんが途切れたときには、ヘアカタログを真剣な目で見ながら人形の髪をカットしてる。
みんな、本当にすごいと思う。
(そもそも、わたしには好きなことすらない)
自然と溜息が漏れた。
意味なくベッドに座って、枕の横に置いてある木箱のオルゴールを手にとってみる。キラキラ光る小さな石が星みたいにちりばめられてるこれは、私の宝物だ。
お母さんが大切にしてたものだって、ずっと昔にお父さんが譲ってくれた。
錆びたねじを回すと、ポロンポロン……と音が流れはじめた。
全然有名じゃない外国の曲……。だけど、この少し切なくて、優しいメロディが私は好きだ。
「何の音?」
「!?」
急に愛来ちゃんの声が聞こえてきたから、飛び上がりそうになった。
「……オルゴールなんだけど……ごめん、うるさかった?」
「ううん。きれいだなって思って。そっち、覗いてもいい?」
「もちろん」
生活空間を仕切るカーテンがゆっくり開いて、愛来ちゃんが顔を出した。
ちらっと見えた机には、マーカーでたくさん印がつけられたプリントが置いてある。
「ねえ、もう一回鳴らしてみて?」
「いいよ」
ネジを回すと、もう一度メロディが流れ始める。
やがて音が消えていくと、愛来ちゃんは深く息を吐き出した。
「……ありがとう。なんだかすごく癒やされた」
「本当?」
「うん。それじゃあ戻るね」
「……あ」
(また、何も言えなかった)
愛良ちゃんは、毎日夜遅くまで台本を読み込んだり演技の勉強をしたりしてる。この間なんて、真夜中に目を覚ましたときもまだ起きてたから本当に驚いた。
体調を崩しそうで心配だけど、私に止める資格なんてない。だから、気になるのに黙って過ごしてる。
(……もうすぐ誕生日みたいだし、何か元気が出るような贈り物ができたら……)
友達にプレゼントしたことなんてないから、何をあげたら喜んでもらえるのかわからない。あれこれ考えているうちに、あ! とひらめいたものがあった。
オルゴールだ。さっき癒やされたって言っていたから、喜んでもらえる可能性が高い気がする。
(愛来ちゃんが聞かせてくれたあの曲……名前、なんだったっけ。……たしか、プリナイってアニメのテーマソングで……)
すぐに机に向かってパソコンを開いた私は、検索画面とにらめっこした。
愛来ちゃんが声優を目指すきっかけになった思い出の曲はすぐにわかったけど、それが使われたオルゴールはどこにも売っていない。
そのかわり、気になるものを見つけた。
『手作りオルゴール制作キット』
五線紙によく似た細長いカードに、音階とリズムを刻む穴を開けて、手回しオルゴールの本体に差し込んでネジを回す。そうすれば、音色が流れるらしい。カードも穴開け用のパンチも付属されてるみたいだ。
学園事務局に相談して許可が下りれば、通販で物を買うこと自体はできる。問題は、届いたあとだ。
(……誕生日まで時間はまだあるけど……私でも作れるかな)
念入りに調べているうちに、手回しオルゴール用の楽譜カードを作れるアプリを見つけた。印刷して穴を開ければ、好きな曲をオルゴールにできる。
スマホは学園から支給されたものを使っていて、アプリのダウンロードにも事務局の許可が必要だ。
(……よし。まずは明日相談しに行ってみよう)
* *
そして、一週間後。
「できた……」
目の前のテーブルには、手のひらサイズの木箱――手作りオルゴールが置いてある。
(……いい感じだったよね? ……もう一回、確認してみよう)
オルゴールの横に置いたカードを、もう一度手に取る。……楽譜の音符みたいに、たくさん空いた小さな穴……この作業がもう……想像の十倍くらい大変だった。
木箱を開けて、中に収納されているオルゴールの隙間にカードを通す。そして蓋を閉めて、木箱から出たハンドルをゆっくり回した。
ポロンポロン……手の動きに合わせて奏でられていくのは、愛来ちゃんが声優を目指すきっかけになった大切な曲だ。
音源をダウンロードして何回も聞いたから、音もリズムも間違ってないってわかる。
(うん、大丈夫。……すごい……私、やればできるんだ……!)
オルゴールを抱きしめたい気持ちをグッと堪えていると……
「何やってんの?」
うしろから声が聞こえてきた。勢いよく振り返ると、きょとんとした顔の羽岡先輩が立っている。
ここがサロンの休憩室だってこと、すっかり忘れてた。
「……なにもしてません」
「いや、さすがにそれは無理がある」
羽岡先輩が笑う。
「それ。テーブルに置いてあるやつ、なに?」
「……オルゴールです」
(嘘つくのもおかしいもんね)
正直に答えると、羽岡先輩は私のすぐ隣までやってきてラグマットにあぐらをかいて座った。そしてすぐに、身を乗り出して、テーブルに置かれたオルゴールを眺めはじめる。
じっくり観察してるって感じだ。
「オルゴールなんて久々に見た。……このカードは?」
「ここに通すと、曲が流れるんです」
「へえ~! ちょっとやってみて」
すごく興味を持ってくれてるみたい。
(自己満足かどうか知りたいし、せっかくだから聞いてもらおうかな)
私は少し緊張しながら、木箱を開けてオルゴールの隙間にカードを通した。ハンドルを回すとゆっくり曲が流れはじめて、やがて天井に吸い込まれていく。
「……どうで……」
「おもしろいな! 俺もやってみていい?」
(ええと……)
「ごめんなさい。これ、友達の誕生日プレゼントに作ったので……」
「作った!? どうやって!?」
聞いたことないくらい大きな声だ。 目もまんまるで飛び出しそうだし。
「……ええと……」
手順を簡単に説明すると、羽岡先輩は「はあ~」ってお年寄りみたいな声を出した。
「よくそんなんできたな。こういうの得意なの?」
「いえ。何回も失敗しました」
(本当に、ここまで長かったなあ……。何枚カードを無駄にしたか……)
「……無事にできあがって、よかったです。……?」
視線を感じたから顔を上げると、目が合った。
「頑張ったんだな。その友達、絶対に喜ぶよ」
ふわっと。今までで一番優しい笑顔を見せてくれた。
ドキンッ!
心臓が大きく跳ねて。
ドキン、ドキン……
階段を駆け上がったあとみたいに、鼓動が忙しなくなる。
(やだ……わたし、どうしちゃったんだろう……)
ガチャ
扉が開いた音がして、めぐる先輩が入ってきた。
「二人とも、なにやってんの?」
(めぐる先輩っ! ……助かった……)
「めぐる! ちょうどいいところに!」
心の声と羽岡先輩の声が重なる。
「どうしたの? 天馬。目えキラキラさせて。気持ち悪いよ」
「これ見てみろよ! 泉が作ったんだって!」
気持ち悪いっていうのは気にならなかったらしい。
羽岡先輩は私に「な?」って子どもみたいに無邪気な顔を向けた。
「は、はい」
「え? ……この箱、泉ちゃんが彫ったの!? こんなに細かい模様なのに!?」
「まさか! 違います、中にオルゴールが入ってて……!」
とんでもない勘違いをされる前に、私は慌てて木箱を開けた。中を覗き込んで、めぐる先輩が「なるほど」って納得する。
「このカードを作ったってことか。空けた穴の場所によって音が変わるんだよね」
「そうです」
「へえ。めぐる、詳しいな」
「こういうの見たことあったんだ。音、聞かせてくれる?」
「じゃあ……」
カードを差し込んで、また音を鳴らす。
瞳を閉じてじっと聞いてくれていためぐる先輩は、うっとりため息をついた。
「綺麗な音」
「だろ? 誕生日プレゼントなんだって」
「そうなんだ。あ、もしかして前に来た……愛来ちゃんの?」
「はい。最近疲れているみたいなので、少しでも癒しになったらと思って。……思っていた以上に時間がかかったので、早めに作り始めておいてよかったです」
聞かれてもいないのに、ペラペラ話してしまった。こんなに饒舌な自分は初めてで落ち着かない。
だけど……めぐる先輩から返ってきた反応は、それ以上にびっくりするものだった。
「いいこと思いついた! サロンで売ってみない?」
「――え?」
「ほら。カウンターのところ、殺風景だなあって思ってたの。泉ちゃんのオルゴール、あそこに並べてみようよ!」
「いいなそれ!」
羽岡先輩もはしゃいでる。
「みんなを癒やして夢を応援する、エスポワールにぴったりだ」
「!」
(私の作るものが、みんなのためになるの……? それって、すごく……すごく嬉しい……)
「……やってみても、いいですか?」
言えた。ちゃんと、言えた。
「もちろん」
「手伝えることがあったら、声かけてくれよ?」
二人がにっこり笑う。
その笑顔があたたかくて。大げさだけど、この学園に来てよかったって初めて思えた。
◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·
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