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『Olivier』  〜1993年 フランス人の男〜 vol.7

一緒に暮らし始めて1年ほど経ったある日。
Olivierが、近ごろお気に入りのご主人様がいる、と告白した。

「… and he wants to meet you(…で、彼が君に会いたがっているんだ)」
「Why?(なんで?)」
「I don't know. he is interested in you. He is a good guy and you would like him(知らないけど、君に興味があるって。いい人だよ。君も好きになれると思う)」

セックスのない同棲生活を続けて約1年。
感覚のどこかが鈍くなっていた。
Olivierからそんな話をされても嫌な気はまったくしなかった。
かといって、さほど興味もなかったけど、拒否をすれば嫉妬していると思われそうな気がして「OK」とこたえた。

Noiは美しいタイ人の男の子だった。
僕よりも5歳ほど年上で、僕より10センチほど背の高かった。

二重まぶたのぱっちりとした目。
いかにも南国の子らしい浅黒い肌。
一重まぶたで色白の僕がいかにも嫉妬しそうなタイプの子だった。

だけど、そんな気はまるで起きなかった。
美し過ぎて神々しくて、自分とは住む世界の違う子、という感じがした。

スタイルも良かった。
背筋を伸ばして椅子に座る姿も美しく、長い中華箸の先端で蒸し海老餃子をそっとつまんで口に運ぶ仕草さえ格調高かった。

こんな子が黒いレザーのコスチュームを纏って、鞭を振り上げたら、さぞや映えるに違いない。

Noiの隣には、Noiの恋人のJaceがいた。
Jaceは陽気なアメリカ人だった。

「He doesn't like S&M at all like you(彼も君みたいにSMが嫌いなんだよ)」

NoiはJaceの肩に手をまわしながら言った。

「It's so painful(すごく痛いだもの)」

軍人みたいに体格のいいJaceが怯えたように肩をすぼめたから笑った。

「How about you? Don't you like S&M(君はどうなの?SMが嫌いなの)」
「I wouldn't say I don't like it.  I just feel nothing with it(嫌いとは言わないけど、何も感じるところがないの)」

僕が答えると

「You don't know it well yet, baby(あなたはまだ何も知らないんだよ、ベイビー)」

と、Noiが囁くような声で言った。

たしかに。

NoiがSで僕がMだったら…と少し妄想して、少し興奮した。

NoiとJaceは、自分たちと同じようにセックスのないゲイカップルがいると知って会ってみたかったんだ、と話していた。

帰り際、Noiは僕の目をまっすぐ見つめながら尋ねた。

「Are you really OK?Mafumi,I mean Olivier and me…kind of relationship(君は本当に大丈夫なの?真文…そのオリビエと僕の…関係っていうか)」
「No problem(大丈夫)」

僕は笑って答えた。

「OK.So Anything you want me to do or not to do(オッケー、じゃあ、なにか僕にして欲しいこととか、して欲しくないこととかある)」

そんなこと考えたこともなかった。
何もない、ような気がした。
だけど、何もないのもつまらない気がして

「Don't lie to me(嘘を吐かないで)」

と、言ってみた。

その日から、NoiはOlivierと会うたびに僕へのプレゼントを持たせた。
Harrodsのチョコレートや、FORTNUM & MASONの焼き菓子や、最初は、甘い物が好きだと話した僕への単なるプレゼントと思っていたけど、ある日、
これは「嘘を吐かないで」と言った僕に「今日、Olivierと会ってプレイしたからね」と正直に告げるメッセージなのだ、と悟った。

いい子だ、と思った。


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