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『圭介』  〜1997年 顔が全然タイプじゃない男〜 vol.4 (ゲイ小説)

「えっ!!!」

圭介に出会ったあの夜、僕と一緒だった友達が、椅子ごとひっくり返りそうな勢いで驚いていた。

「付き合うって、あの人、真文のタイプじゃ全然ないじゃん!」
「でも、一緒にいてあんな楽しい人、今までいなかったよ」
「そんな?」
「すごい頭が良くてさ、話してるとこっちまで賢くなっていく気がするの」
「いや、でも…すげえ…すげえ禿げてたけど?」
「男性ホルモンが強めなのかもね。セックスも結構強めだったし、ふふ」
「やったの?」
「やったよ」
「キモッ!」
「失礼な!」
「ってか、あの人いくつ?」
「28」
「ええええっ!!!」

本当に椅子の前足が一瞬浮いて、ひっくり返りそうになっていた。

「ってきり40代かと」
「まあ確かに落ち着いて見えるけどね。でも、子どもみたいに綺麗な目をしているんだよ」

僕は完全に圭介に惚れ込んでいた。

土曜はデートをして、そのまま圭介の部屋に泊まり、日曜は部屋でぐだぐだしながらずっとお喋りをしていた。

会えない平日の間に「今度圭介に会ったらこれを話そう」「このことに対する意見を聴いてみよう」「この映画を一緒に観て語り合いたい」と圭介のことばかり考えていたから、話のネタは尽きなかった。

圭介とお喋りをするのが大好きだった。
圭介の、一番のお喋り相手でいたかった。

だけど、圭介にはヨシコちゃん(男だけど)という親友がいた。

「一番話が合う友達なんだけど、今度一緒に飯でも食おう」

圭介にそう言われた瞬間から、まだ見ぬヨシコちゃんは僕の最大のライバルになった。

ヨシコちゃんも圭介と同じく、常に大荷物を持ち歩いているタイプだった。
巨大なリュックサックを背負って、神宮外苑のバーベキューレストランに現れた。

「いつ、何時も、どこでも暮らせる準備ができていないと不安なのよ。いつでも夜逃げができる準備って感じね。別にする予定もないけどさ、夜逃げ。でも、一箇所に留まっているもんだって思っちゃうと、なんだか息苦しくなっちゃうタイプなのねえ、アタシたちは」

「アタシたちは」と自分と圭介をひとまとめにしたヨシコちゃんにムカついた。
圭介は、ヨシコちゃんの汚いオネエ言葉に嬉しそうに頷いていた。

だけど、確かに、ヨシコちゃんは圭介と対等に話ができる賢さとセンスを持ち合わせている人だった。
2人とも早口で、ややどもり気味で、リズムがあるようでないような、そんな不思議な会話のリズムが、怖いくらいぴったりと合っていた。
僕の入り込む隙間が、ちょっと見つからない。

すっかり嫉妬した僕は「ダイエット中だから」という名目で、もやし1本にすら手をつけないという手段に出た。

「どうしたの?ハンガーストライキなの?」

圭介に笑われた。

「そんなことないけど、ここで油断しちゃうと、今までの努力が泡だから」

小太りのヨシコちゃんに対する当てつけでもあった。
だけど、ヨシコちゃんは「牛より豚の方が好き」なんて言いながら、ばくばくとバーベキューを満喫していた。

圭介の、天才的で、個性的で、そしてちょっと不思議な頭の中を一番理解している人間になりたい。
そういう人間である、と圭介に認めてもらいたい。
そう願えば願うほど、彼を独り占めしたくなった。
だから、少しでもメールの返信が遅れると過剰に神経質になったりもした。

「返信こないから何かあったんじゃないかって心配になっちゃって」

そんな不毛なメールを送ったりもして。

「ああ。ごめん。ヨシコちゃんと電話してた」

そんな返信が来るたびに、ヨシコちゃんの死を心から願った。

苦しかった。
こんな苦しい恋は初めてだった。


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