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M&Aにおける隠れた保険のリスク

M&Aは、成長を加速させ市場シェアを拡大する機会を求める大きな影響力のあるビジネス戦略であり、近年ではかつてないほどの短期間で行われるため、全ての関係者は適切なデューデリジェンスの実施を急がされている。このような状況下で、現在契約しているD&O保険やその他賠償責任保険等が無効とならないようにするため、参考となる記事を掲載した。

以下は、考慮すべき潜在的な隠れたM&A保険のリスクと責任である。


売り手企業の責任を引き受ける

強引なM&Aプロセスは、売り手企業の不当な行為により生じた損害賠償請求や損害賠償へ発展する虞が眠っているといった、買い手企業のリスクを増大させる。申し立てられた、或いは、実際に行われた不当な行為に対する賠償責任は、所有権の移転によって終了するわけでは勿論ない。実際にこのようなリスクは取引終了後何年にもわたり、存在している可能性がある。

損害賠償責任を含む、売り手企業の負債をどの程度引き受けるかは、売却の種類によって異なる。Asset Sale(アセットセール)の場合は、売り手企業は法人と損害賠償責任のような負債を保有したままである。個々の資産(設備、企業秘密、在庫、ライセンス等)とそれに付随する負債のみが買い手企業に譲渡される。つまり、Asset Purchase(アセット・パーチェス)は、将来の契約紛争、製品保証問題、製造物責任賠償請求の可能性を減らすことができるために好まれる。

一方で、Stock Sale(ストックセール)の場合、買い手企業は売り手企業株主の株式を直接購入し、付随する全ての負債も含めて完全に売り手企業の所有権を取得する。Stock Sale(ストックセール)は、将来の訴訟、環境問題、従業員関連の問題、労働基準法や労働安全衛生法の違反の可能性があるため、買い手企業にとってリスクが高くなる。

保険証券の整理とアップデート

状況によっては、買い手企業は売り手企業自身が契約する保険と組み合わせる形でM&Aに纏わるリスクに備えることも可能である。しかし、様々な保険種目、契約限度額、免責金額等が異なり、複数存在する保険契約が故に生じてしまう可能性の高いこれら「不一致」を追跡することは困難であり、非常に厄介なことである。

そのため、保険契約を統合する形で両社の全てのリスクにまとめて保険をかけることが上記問題も解決でき、費用対効果が高く便利である。また、このようにすることで買い手企業は売り手企業のリスクに必要な保険限度額や免責金額を審査することができ、それらが合併後にも適した状態を維持できるかどうかも判断することができる。

Change in Control Provision (支配権の変更に係る条項)

M&Aにおいて見落とされがちなのが、保険契約にある「チェンジオブコントロール(Change of Control:COC)条項である。支配権の変更は、被保険者である会社の過半数の持分が変更された場合に生じる。個人、事業体またはグループが買収・合併・統合し、資本金および議決権の50%以上を保有する場合に発生する。このような権力の移譲は、売り手企業が契約している賠償責任保険が(強制的に)終了してしまう可能性がある。また、合併・統合・買収、その他事業の支配権の変更を保険会社へ報告することを怠った場合にも、想定していた補償が受けられなくなるかもしれない。具体的には、取引について保険会社に通知しなかった場合は、保険契約上の補償が減少または消滅する可能性が非常に高い。

ラン・オフ保険契約の是非

事業が合併または買収されると買い手企業は資産だけでなく、売り手企業の損害賠償責任を含む負債も所有することになる。買い手企業は、当負債のリスクヘッジとして、買収される企業にラン・オフ保険契約への加入を要求することができる。ラン・オフ保険契約は、売り手企業が買収される前に行った不当な行為に関する法的な損害賠償請求が買収後に提起された場合に補償する保険契約である。当保険契約は、契約が有効になってから一定期間適用され、クレームズメイド保険として機能し、年次更改を超える5年や10年等の保険期間が設定されることを除けば、延長報告期間条項と類似している。

深掘り:役員等賠償責任保険(通称D&O保険)のリスク

多くの役員は、D&O保険が支配権の変更や取引実行後に自動的にキャンセルされるか、実質的に限定された補償しか残らないことに気付き難い。役員が同じであるか否かに関わらず、D&O保険の約款上は、支配権の変更や取引実行後に生じたものは自動的に補償されない。

D&O保険は通常クレームズメイド保険として構成されており、保険期間満了後は役員を補償することはない。しかし、D&O保険の満期日以降に売り手企業に対して損害賠償請求がなされた場合、売り手企業は全額を賠償する義務は負うことになる。(契約内容によっては、買い手が負担することもある。)

買い手企業は、売り手企業の役員を買い手企業のD&O保険に追加する必要性を考慮すべきである。合併または買収完了後の役員の行為については、新たな補償が必要となる。

基本的にD&O保険は保険契約者およびその子会社の役員を補償し、新たな子会社については約款上の条件に沿っている場合に限り、買い手企業の現行D&O保険に自動追加されることが多い。しかし、ここで注意していただきたいのは、買収後の売り手企業、すなわち、子会社となった後の当子会社役員の先行行為の起算日である。

例えば、当子会社役員の先行行為の起算日が買い手企業(親会社)のD&O保険の被保険者となった日と解釈される場合、子会社となる前に起こした不当な行為による損害賠償請求は、たとえ買い手企業のD&O保険の被保険者となった日以降に提起されても補償の対象外となってしまう。また、起算日について明記がなかったとしても、免責条項に必ずある「既知の事項および通知」によって補償の対象とならない主張がなされる可能性もある。

子会社になる前の行為による損害賠償賠償はどのように補償されるのか、補償できるように引受可能なのか、補償ができない場合は上記のとおりラン・オフ保険契約を契約する必要があるのか、M&Aの際は担当の保険代理店やブローカーに必ず確認すべきである。

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