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友よ

 友人の喉元がゆっくり呼吸した。

 空間の雰囲気は五年前のあの時と同じだった。でも、流れている空気は全く違った。

 あの頃は特殊詐欺の事件を調べる機会が多かったからだろうか。スマホには頻繁に非合法な仕事募集の広告が表示されるようになっていた。

 フリーライターとして潜伏取材でもしろということかよ、危険すぎるだろ、と自嘲した。ただ、生活が苦しいことは事実だった。

 そんなある日、予期せぬ人物から電話がかかってきた。電話の主は久しく会っていない中学校の友人であった。

 酒でも飲まないかと誘う友人に対して、喜びと同時にどうしたのだろう? と首を傾げた。が、何か伝えたいことがあるのだろう、と興味本位で快諾した。

 恥ずかしかったが、私は電話越しに近況を話した。当時の私は脱サラをして、起業はしたが軌道に乗らずに生活が厳しい時期だった。その為、金がないので安い店にして欲しいと事前に伝えたかったのだ。

 友人は俺もだ、と言い、各駅停車の焼き鳥屋で再会をすることに決めた。

 ナンコツを啄みながら私は数年ぶりに会う友人と杯を交わした。

 店内は昭和を意識しているのだろう。しかし、残念なことにアクリル板が置かれ、コロナの真っただ中にある令和が昭和を無視していた。

 はぜる炭を見ながら友人が呟いた。

「実は二十代後半で会社をリストラされてから定職がないんだ」

「ホントかよ。お前、頭良くて県内一位の高校に進学して、その後も活躍を重ねているって聞いていたぜ」

「そういうこともあったな。でも、今は全く違うよ。なんだよ。この社会。間違っているよ。俺はこんなに努力しているのにどうして認められないんだよ」

その言葉を受けて私は正論でない愚痴を飾らずに並べた。

「俺だって同じだよ。夢がある。だから会社を辞めるなんて言って退職したけれども、この始末。ま、夢なんて見るもんじゃないな。学校教育なんて所詮は戯言だ」

 友人はしみじみと言った。

「愚痴を言えるようになったんだな。あの頃の俺たちはまぶしいくらい真っ直ぐだったから。本当に良かった。全部ため込むと疲れちゃうからな。ま、俺の情けない話も聞いてくれよ」

 私たちは愚痴を言い合い、中学時代からは想像できない私たちの現在に対して語り笑い合った。だが、全ての愚痴を吐き終えた後、問題を解決する為に今だから直面している悩みの糸口を探し、真っ直ぐに自分たちの人生を歩もうとしている私たちに立ち返った。

「ぼちぼち行こうぜ。焦るなよ。焦ったら負けだ。過去に縛られるなよ」

 その言葉は焦燥感にかられる私に対してあまりにも的を射たヒントだった。

 私は言った。

「ありがとう。中学時代のリーダーシップは変わらないな。今後もよろしくな」

 中学校時代は友人の力の方が上ということを自覚していても、自尊心が許さず認められなかった自分が他者を認めることができたことに対して成長を感じた。

別れ際、友人は言った。

「愚痴を言う友だちは選べよ。お前の人生を大きく変えるから」

「ありがとう。また聞いてくれよ。俺も努力して生きていくから。お前の愚痴もきかせてくれよ」

「機会があればな」

 友人のもちろんという言葉を予想し、期待していただけに私は一抹の寂しさを感じた。

 翌週のことである。

新聞に目を落とすと友人の名前が掲載されていた。振込詐欺の受け子として逮捕されたとのことであった。

あれから五年経った。

私はあの日と同じように焼き鳥屋ではぜる炭を見ていた。

出所したての友人は言った。

「色々とありがとう」

「気にするなよ。愚痴を言える友だちなんてあんまりいないからな。友だちは選ぶよ」

 友人の過去。時たま面会にでかけた刑務所。

何があったか私は僅かばかりしか知らない。でも、友だちとこうして再開し、相手のことを考え、愚痴を言い合っている。

 過去は変えられない。他人も変えられないかもしれない。でも、そこに何かがある。

はぜる炭を見ながら私たちはより良い方向に前進する為に尽きることのない愚痴を吐きだした。

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