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「生きるに値しない命」などない!

 「生きるに値しない命」…劣等的な資質の持ち主とされた人々を安楽死させるというドイツ国の人種衛生学的な政策におけるフレーズである。安楽死計画は1940年に実行に移され、知的障害者(ダウン症含む)や精神障害者が特別病院のガス室で殺害された(暗号名T4作戦)。人種主義的政策の一環でもあるこの作戦の手法は、絶滅収容所でのユダヤ人などの殺害に受け継がれ、いわゆるホロコーストに帰結した。このフレーズは1920年に、法学者のカール・ビンディングと精神科医のアルフレート・ホッヘが、その著書のタイトル『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』で初めて用いたものである。

 彼らが使った用語「生きるに値しない命」の正確な定義は同書内ではっきりと書かれているわけではないが、ビンディングが「法益たる資格が甚だしく損なわれたがために、生を存続させることが、その担い手自身にとっても、社会にとっても一切の価値を持続的に失ってしまったような人の命」と書いたものが相当していると見て差し支えないようである。ホッヘも同書内の自分の担当パートでこのフレーズについて触れている。

 ビンディングは、「生きるに値しない命」を3つのグループに分けて論じている。第1は「疾病または重傷ゆえに助かる見込みのない絶望的な状態にある」者 (具体的には治療不可能ながん患者、助かる見込みのない結核患者、瀕死の重傷を負ったものなど)、第2は「治療不能な知的障害者」、第3はその中間グループである。ビンディング・ホッヘ両者とも、最も力を入れて論じたのが第2グループの知的障害者だった。両者には濃淡があるもののビンディング・ホッヘ共に「生きるに値しない命」は安楽死させる (実際上は殺害) べきだと主張しているのだが、その論拠は詰まるところ「経済効率性」である。

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