神様どうか

 どうして仲良くなったのかは覚えていない。少なくとも私は、「ちょうど良かった」から彼女に声をかけた。目には見えない序列関係が五月の時点ではもうはっきりと決まっていて、私は自分と同列で、仲良くしてやっても良いなと思える子を選んだ。これから始まる中学校生活を孤独に過ごすのは、ちょっと耐えられそうになかったのだ。それでもプライドだけは高い私は、自分よりももっと目立たさなさそうで、気が弱そうな彼女に目を付けた。はっきり言えば、私の冴えない学生生活を「この子よりマシだ」と思う、そのために彼女を選んだ。
 結局三年間を通して、私達は同じクラスだった。恐らく先生が、私達に友達がほとんどいないことを見抜いていて、配慮してくれたのだと思う。
 私は三年間を通して、徹底的に彼女を見下していた。
 所詮一軍と呼ばれる人達の前髪が、いつだって綺麗に整っている理由はヘアアイロンにあるのだと知った翌日、私はすぐにヘアアイロンを使った。そうして、整髪剤で固まった前髪をひっさげて、知った顔で彼女に語る。今どきヘアアイロンの一つも使えないようではいけない。割れた前髪なんて超ダサい。自転車で通学していた私と彼女は、ヘルメットと向かい風とで、髪型が乱れているのが常だった。
 物知りだ、すごいねぇ、と彼女が褒めてくれると、私のみっともない自尊心は満たされた。  

「彼氏なんて作らない。中学生の恋愛なんて、馬鹿みたい。どうせお遊びだよ」
 当時私は、よくこんなことを言っていた。彼女は私を「達観している」と評した。私はクラスで一番目立つ男の子に恋をしていた。もちろん彼には可愛い彼女がいて、つまり、負け犬の遠吠えだった。
 私が上に出られるのは彼女くらいなもので、私は、私にさえ侮られる不幸な彼女を哀れんでいた。嫌いだった勉強も、彼女にだけは負けたくなくて、必死にした。返ってきた答案の点数を見て、彼女に「頭が良い」と言われると、呼吸が楽になった。遊びに行こうと言って彼女を連れ出し、意味もわからない外国文学の良さを説いたりした。彼女はいつも、目を輝かせて私の法螺話に耳を傾けてくれた。
 私も大概だったけれど、それ以上に彼女は頭が良くなかった。私は彼女を哀れんでいた。  

 だから、三年生になって彼女の志望校を聞いた時は本当に驚いた。彼女は県内でも随一の進学校を志望していた。
 無論私は応援した。絶対に落ちると思ったのだ。可哀想だと思った。私は自分の実力も理解できない彼女を哀れんでいた。  

 春になって、私と彼女は別々の進路に進んだ。彼女は第一志望の高校に合格した。

 卒業式の帰り、卒業祝いに買ってもらったスマートフォンで、お互いのSNSアカウントをフォローした。
 また一緒に遊びに行こう、と別れ際言っていた彼女からの連絡は、未だ、ない。代わりに彼女が、たくさんの新しい友達と、青春を送っている様子ばかりが更新されていく。吐き気がした。
 彼女の前髪はいつだって綺麗に整っていて、古本屋巡りが趣味なのだという。たまに投稿されている本の感想は、外国文学が多かった。
 彼女の隣には優しそうな男の子がよく写っている。先日三ヶ月記念日を迎えたらしい。  

 どうか、彼女が不幸になりますように。
 無神論者を気取りながら、私は毎日神様にお願いしている。  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?