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僕たちがフリーランス夫婦になろうとしたきっかけ

会社を辞めてフリーランス夫婦になると決めたとき。

当時考えていたこととか、当時の思ったこととかを
フリーランスになりたての今のうちに記録しておこうと思います。


転勤生活の限界

僕たち夫婦がフリーランスになるまでは、ざっくりですが

僕が転勤族→妻は正社員できず、アルバイトを転々(〜28歳)→妻家で仕事ができるように勉強(28〜29歳)→妻Webデザイナーとして少しずつ仕事ができるようになる(30歳)→僕にも何かスキルを身につけるよう懇願(30歳)→僕がんばる→フリーランス夫婦に(32歳)

といった流れでした(僕と妻は同い年です)。

最初はフリーランスになりたいというよりかは

「転勤がない会社に転職して欲しい」という感じでした。

僕がいた会社は全国展開しているホームセンターで
田舎というか郊外に店舗がたくさんあります。

東京23区出身の妻には
群馬の山奥や銚子の漁港はなかなかのカルチャーショックです。

環境が全く違う場所で知り合いもいない、やっとできてもまた転勤。

妻のストレスも限界を迎えようとしていたため
転勤がない会社に転職することにしました。

転機となった埼玉への転勤

転職活動を始めて本当にすぐでした。

埼玉への転勤が決まったのです。

この時の転勤は埼玉県南部で
東京へのアクセスも良かったため
ひとまず妻も落ち着いたようでしたが
またいつ転勤になるかわからない生活です。

「このままずっとこんな生活を続けるのか…」

僕の中でも不安が大きくなってきました。

埼玉県への転勤は28歳のとき。
妻は自宅で、パソコン1つで仕事ができるように猛勉強を始めました。

僕が休みの日でも妻はずっと勉強をしていたため
僕はバツが悪くて遊びにも行けません。

やることがないので僕も一緒に本を読んだり
パソコンでできる仕事を調べ始めました。

努力する妻の影響を受け僕がんばる

当時はコロナ真っ只中でフリーランスが増え
ワーケーションやノマドワーカーなんていう言葉をよく目にするようになりました。

「パソコンがあればどこでも仕事ができる」
「働きたい時にガッツリ働いて、休みたい時に休む」

調べれば調べるほど、こんな生き方に憧れてきます。

少し前まで
「そんな生き方は限られた一部の人だけができるんだ」
「ごく普通の僕なんかにできっこないよ」

と思っていたのですが
パソコンで少しずつ仕事ができるようになった妻を見ていたら
なんだか僕もできるような気がしてきました。

当時30歳。
ここから2年間僕はフリーランスになるために色々頑張りました。

何を頑張ったのかは
詳しくはこちらの記事をご覧ください。

今日はここまで。
次は【脱サラ後に家事のすべてを僕が引き受けた3つの理由】


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