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空間デザインに関わる法律|消防法への対応 #新人研修

建物を設計する際には、さまざまな法律への対応が必要になります。

その中でも重要度が高い、というよりも、対応しなければ営業がスタートできなくなる法律「消防法」への対応を解説します。

「消防法」は人命を守るために、過去にあった様々な事件(主に火災)の教訓を逐次取り入れ、アップデートされる頻度が比較的高い印象の法律です。

新人たちは「法律への対応」というとハードルが高く感じられ、打合せや検討等の業務に対して苦手意識を持つようです。

しかし、何も心配することはありません。

消防法に関する協議や検証で相対する人は消防官になりますが、彼らが何を守ろうとしているのか、その意図は何かを理解し、同じ視点に立てば何も怖くありません。

消防官と共に、人命を守るための検討をしているのだ、という感覚で設計をすれば良いのです。

ゴールは何か。

まず、商業施設における消防法への対応のゴールは何でしょうか。
それは「施設を使用しても良いよ」という、消防からの許認可を得ることです。

冒頭にも書きましたが、この許認可がないと建物を使用することはできません。よって、ゴールはここになります。

ちなみに、建物を使用して良いという許認可は消防法だけに限らず、新築や増築、大規模な修繕などの建築の場合は建築基準法の、業種が飲食店でしたら、食品衛生管理法の、それぞれの許認可を得る必要があります。

そして、設計者はどの許認可に関しても、ノータッチとはならず、程度の差はあれど全てにおいて、なんらか手続きに関わることになります。

建物の種類や業種や規模によっては、ここに挙げたもの以外の法律にも関係することになりますので、設計者はデザインができればそれで良い、という訳にはいかない、ということを覚えておいてください。

この辺りは「関わる法律一覧」のような記事や、本項の消防法のように個別に解説する記事を書こうと思っています。

ゴールまでの段取り

ゴールはわかりました。
それでは、ゴールにたどりつくには、何をしていけば良いのでしょうか?

概ね以下のような段取りになります。

  1. 情報収集

  2. 入手した情報をもとに、設置が必要な設備を洗い出す

  3. 図面を描く

  4. 消防署で打合せをする

  5. 工事に着手、機器を設置する

  6. 許認可のための書類を作成し提出する

  7. 工事完了後、消防官による現地検査を受ける

  8. 許可が下りて営業可能となる(ゴール)

次項から一つずつ順次解説していきます。

1.情報収集

以下の情報を収集します。

①建物が既に防火対象物になっているかどうかを確認する
②建物用途を確認する
③構造種別・耐火性能・内装制限の有無を確認する
④床面積を算定する
⑤開口部の大きさ、建具のガラスの情報を確認する
⑥収容人数を確認する
⑦選んでいる窓周りの装飾(カーテン類)及びラグが防炎品かどうか確認する

これらの項目が何のために必要となるのか、一つずつ解説します。

①建物が既に防火対象物になっているかどうかを確認する

主に新築を手がける人には少しイレギュラーな話題です。

リノベーションの仕事をしていると、以前入っていたテナントが商業施設だということがあります。

そうすると、そのテナントが開業するときに行った手続きの情報が残っていることが多いです。

この情報を見ることができれば、調べなければならないことを減らすことができるので、入手したいところです。
クライアントから不動産管理会社を通すなどして、建物オーナーに情報提供をお願いしてみましょう。

ただし、許認可は事業者へ出すものなので、前テナントが建物オーナーに情報提供をしていない場合は、建物オーナーは何も知らない場合もあります。

そういったケースでは、建物の住所と前テナントの名称を調べて、所轄の消防署へ赴き、情報の照会をしましょう。

他人が申請した内容なのでコピーを取ることはできませんが、色々な情報を読み取ることができます。

②建物用途を確認する

これから作る施設の用途は何ですか?
飲食店、旅館、映画館、パン屋さん、美容室、etc
さまざまあると思います。

建物の用途によって、設置しなければならない設備が違うので、用途を確認する必要があります。

なお、ここでいう「用途」は一般的に言われている業種・業態でななく、消防法で定義されている分類に沿った用途のことを指し、消防法では「防火対象物」という名称で呼ばれます。

手がける施設がどんな種類の防火対象物になるのか、これは消防法施行令別表第1で提示されています。表になっているので見やすいです。

例えば、飲食店の場合は、防火対象物「3項ロ」と区分されます。

③構造種別・耐火性能・内装制限の有無を確認する


3つありますが、より重要なのは耐火性能と内装制限の有無です。
なぜかというと、建物が耐火性能を有しているかどうか、内装制限があるのかどうかで、設備を設置しなければならない基準の「面積」が変わってくるからです。

想像して欲しいのですが、燃えにくくなる施策を多く取り入れた建物と、そうでない建物では、どちらに多く消火器が必要になると思いますか?

当然施策のされていない建物になりますよね。
このように、燃えにくい建物は、ある設備を設置しなければならない面積の設定値が、そうでない建物に比べて大きく(広く)できます。

この設定値を判断するために、この情報を取得する必要があります。
新築であれば自ら設計する性能なので、放っておいても得られます。

テナントビル内で出店する場合は、建物オーナーから情報を取得しましょう。(不動産屋さん経由する場合が多い)

④床面積を算定する

前項で取り上げたように、床面積は設置基準に大きく関わります。
計測しましょう。
複数階ある建物の場合は、階ごと及び全体の面積をそれぞれ算定してください。

⑤開口部の大きさ、建具のガラスの情報を確認する

立面図や展開図、建具表から情報を獲得します。
この情報は「建物が有窓なのか無窓なのか」を判断するために必要です。

有窓無窓」の文字の通りに捉えると、窓が有るのか、無いのか、の違いに思えますが、そういう意味ではありません。

この後解説しますが、まず想像して欲しいのは、窓が有る建物と窓の無い建物、どちらが防災の観点上有利でしょうか?

もちろん「窓が有る建物」ですよね。
窓が無いと室内に水もかけられませんし、室内にいる人は避難もできません。

実際に窓のがひとつも無い建物はほとんどないと思いますが、消防法上で「無窓」とは「消防隊が建物内に侵入できる大きさの窓が有るかどうか」という観点を軸に考えらた概念です。

窓はあるが人が通れない小さなサイズものしかない、窓は大きいがガラスが防弾ガラスになっていてどんなに衝撃を与えても破ることができない、といった、人が侵入できない開口部しか有しない建物は「無窓」であると判断されます。

想像に難くないですが、「無窓」と判断される建物は「有窓」の建物に比べて、多くの消防設備機器を設置する必要があります。

そのため、建物に設置されている建具の情報を獲得し、規定サイズの窓が必要数あるかどうかを確認する必要があるのです。
(規定サイズと必要数は調べましょう)

ちなみに、建築基準法にも「無窓」の概念がありますが、こちらはこちらで消防法のものとは違った意味がありますので、混同しないように気をつけてください。

⑥収容人数を確認する

施設に滞在する人数を算定する必要があります。
これは「避難器具」の設置に関わるからです。

当然、収容人数が多いほど、多くの人が一度に避難できるように設備の規模や数が大きくなっていくということです。

施設の収容人数の種類は「従業員」と「客」の2つに分けられます。
それぞれを別で算定し、その合計が施設の収容人数となります。

従業員は基本的にその施設に常駐する人数がイコール収容人数です。

客については施設の種類ごとに細かく算定方法が定められているため、(消防法施行令第1条の2第4項を参照のこと)、一言では言えませんが、概ね「客席の構造ごと」に計算方法が違います。

どういうことか。
例えば、面積の同じ部屋が2つあるとします。
一つはソファばかりの客席で、もう一つは立食形式の客席です。
それぞれの部屋で滞在する人数を考えると、当然立食形式の客席の方が多いですよね。

このように、客席の構造によって、収容人数に大きく違いが出るのため、構造の違いごとに算定し、それらを合算して求めるのです。

⑦選んでいる窓周りの装飾(カーテン類)及びラグが防炎品かどうか確認する


住宅や事務所と違って「不特定多数」の人が利用する特殊な建築物に設置する「カーテン」や「ラグ」といった商品は、燃えにくい加工が施されたものを使用しなければなりません。

この加工が施されているものは「防炎認定品」として、決められたラベルが付与されています。カーテンやラグの裏面にタグが付いています。

防炎認定は、製作しているメーカーが製品を一つずつ検査機関に持ち込んで検査をし、認定書を発行される形で行われています。
そして、認定される際には個別識別番号が発行されており、この番号を設計図書に明記することで防炎認定品を選定していることを伝えます。

調べる方法は簡単で、商品のカタログページを見てください。
「防炎認定品」と記載があるかどうかを確認しましょう。
個別識別番号は、商品ページに記載されていることもあれば、カタログの巻末に一覧表の形で明示されている場合もあります。

防炎品でないものを選んでしまうと、消防検査の時に不合格となり、取り替えなければ許可が下りない状況になります。

お金と時間が無駄になりますので十分注意してください。

長いですね、目が疲れましたね。緑をどうぞ
福岡県八女市|大茶園

2.入手した情報をもとに、設置が必要な設備を洗い出す


1.の情報収集が完了したら、次は「この施設にはどんな設備を設置する必要があるのか」を洗い出す作業に移ります。

具体的に言うと各防災設備の「設置基準」を確認する作業です。

解説書を利用しよう

この作業をするための必須図書があります。
「建築消防advice」です。

消防法の法令集を購入すれば当然全ての情報は記載されていますが、あらゆる法令集に共通するように、分厚く、文字が小さく、表現も固くて非常に読みにくい。

そこで種々の解説書が販売されることになるのですが、消防法の中で建築に関するものを抜粋して解説しているものでは、これしか選択肢はないのではないか、というくらい誰もが使用している本です。

この本が書棚に置いてない設計事務所は皆無だと思いますが、もし見当たらなければ、ボスに「これ買っておきました〜」と領収証を渡して事後報告しましょう。

一つずつ設備の設置基準を確認していく

解説書は各消防設備の解説にページの大半を費やしています。
「消防設備」とは、以下のようなものです。

  • 消火器

  • 自動火災報知器

  • 誘導灯

  • スプリンクラー

  • 屋内消火栓

  • 避難器具

これら一つずつを、施設の種類や床面積、建物の耐火性能、といった前項で収集してきた情報と照らし合わせて、設置が必要かどうか、必要ならどれくらいの数量が必要であるか、表を見ながら確認します。

自動火災報知器を例にとって表を見てみましょう。

用途が飲食店の場合、まず床面積が300㎡以上の場合は設置が必要と読み取れます。しかし、建物が「無窓」と判定される場合には、100㎡以上の場合に設置が必要になります。

このように、種々の条件によって面積が同じであっても設置しなければならない場合とそうでない場合があるため、それをチェックしていく必要があることがわかります。

3.図面を描く


必要とされる設備の洗い出しができたら、それらの設備を凡例記号を用いて、図面にプロットします。

作図において、改装の場合や、百貨店・商業ビル内の区画を改装する場合は注意が必要です。
なぜなら、既に設備が存在する場合があるからです。

建物が新築された後は、テナントが入っていない状態でも、ビル全体の防災機能を損なうわけにはいきませんので、必要最低限の設備が設置された状態になります。

なので、このような仕事の場合には、まず既存の設備の種類や設置位置を調べて図面に落とすところから始めます。

そして、計画している空間に必要な設備との差異を確認します。
個室が増えれば感知器や誘導灯は増えますし、天井の高さ設定一つでスプリンクラーの高さを移動しなければならない、といったことが起こります。

使える機器類は流用できるので、その場合はプロットに「移設」と、既設の数で必要数をまかなえずに、追加する場合は「新設」と、それぞれ図に注釈を入れて、図面をみた人がどの機材をどのように扱えばよいかを示すことが重要です。

4.消防署で打合せをする


次のフェーズは、いよいよ消防官との打合せです。

図面が完成してからアポイントを取る段取りだと、時間をロスしますので、タイミングを見越して先に設定を終わらせておきましょう。

打合せをするのは物件を所管している消防署になります。
住所によって対応する消防署が変わりますので、消防署のwebサイトで確認してください。

なお、新築案件と改装案件で窓口が違うことがありますので、よく調べましょう。
また、打合せが可能な時間帯は基本的に午前中のみ。
午後は主に竣工した物件の検査を行ったり、審査書類を作成するなどの仕事をされており、対応はしてもらえません。


打合せの主な主題は、必要とされる設備の認識に齟齬がないかの確認です。
作成した図面を一緒にみながら、質疑応答をしていきます。

「この場所に避難口誘導灯を設置していますが、この部屋から出た時には見えないのではないですか?」といった質問が出てきます。

時には、設置基準を読み間違えていたり、その行政区にだけ制定された条例によって、必要な機材が増えたりすることがあります。

こういった内容を炙り出して、法に合致した問題のない設計にしていく作業が消防との打合せですので、非常に重要です。

複雑な構成であるとか、床面積が大きな(1000㎡を超えるとか)案件の場合は、打合せは初回だけでは終わらないことがほとんどです。
指摘事項を修正して、合意が取れる図となるまで何度かやりとりをすることになります。時にはメールでのやりとりもあります。

合意が取れたら、ようやく消防設備の設計は完了となります。

補足|打合せに必要な図面について


打合せには、断面図や展開図を補足資料として持参しましょう。
スプリンクラーの設置が必要な物件の場合は特に必要となります。
それは、散水を阻む障害物が存在しないかどうかの確認が平面図ではできない場合があるからです。

5.工事に着手、機器を設置する


消防との協議を終え、その他の図面の作成も完了し、施工業者さんへ見積り依頼〜工事契約へと進むと、次は設備機器を実際に取り付ける工程になります。

この段階になると設計側で行う作業は特にありませんが、工事が進むにつれれ時折出てくるイレギュラーに対応するため、防災設備の設置位置などが変わることも出てきます。現場監督さんと打合せを行い対処しましょう。

法の解釈が変わらない軽微な変更の場合は特段問題ありませんが、設置器具の種類が変わるであるとか、数量が変わる場合は消防に連絡して合意を取りましょう。

6.許認可のための書類を作成し提出する


工事の最中に、施設の使用許可を申請するための書類を作成します。
書類の作成は、他設計事務所がどうしているかは聞いたことがないので知りませんが、防災設備工事を担当している防災設備業者さんが担当されます。

申請書の名称は「防火対象物使用開始届」です。
その名称通り、防火対象物=工事をしている建物を、使い始めますので検査してください、という届出になります。

この届出を提出するのは事業主になるので、防災設備屋さんは代理人として消防とやりとりをしてくれている、ということになります。

ですから当然、届出書類には事業主の情報を記載するところがあります。
商号や住所、代表者、押印などが必要です。

書類は防災設備屋さんに取得してもらい、記入に必要な情報は我々監理者が事業主より入手し、防災設備屋さんに伝達する。また添付が必要な図面がいくつかありますので、それらも提出します。

必要情報・添付資料が揃ったら、防災設備屋さんから消防へ届出を提出してもらい、その際に工事完了時の検査日程の調整を行います。

補足情報:「防火管理者」について

業種業態、収容人数などの条件によっては、防火管理者の資格を持つ人を施設に置かなければなりません。建物の防火を管理するするわけですから、当然、施設に常駐するスタッフの誰かを任命することになります。

防火管理者は数時間の講習を受けたら発行してもらえますので、事業者さんがお持ちでない場合は、届出までに取得してもらえるように、早めにご案内して受講してもらいましょう。

届出にはこの防火管理者の情報も必要になります。

7.工事完了後、消防官による現地検査を受ける


工事が完了したら、アポイント通りの日時に消防官が3名ほどで来られ、設置された設備を確認する検査を行います。

もちろん我々設計者は立ち会いをします。

図面通りの設備がきちんと設置されているか、設置されている機器は正常に機能するのか、目視や動作テストを行います。

この時点で、図面通りの設備が設置されていない場合は当然検査は不合格になります。

図面通りではあるが、図面から読み取れなかった思わぬ障害があり、設備が正常に機能しないことが露見した場合も不合格になります。

不合格になった場合には、指摘事項を是正するために追加設置や移設などを行い、多くは是正後の写真を添付した資料を提出することで、合格となります。

不合格になると、当然追加のコストがかかり、事業主に迷惑をかけてしまうことになるため、やはり消防と事前に十分な協議をすることが非常に大切です。しっかりと念頭において業務にあたってください。

8.許可が下りて営業可能となる(ゴール)


検査が合格になると、申請した「防火対象物使用開始届」に使用を許可する旨の印章が押印され、めでたく建物の使用が許可され、営業ができるようになります。

以上が消防に関するスタートからゴールするまでの段取りの説明になります。
実務の実際においては、ここに挙げた以上にさまざまなイレギュラーが起こりますので、業務に慣れている先輩にアドバイスを求めながら、消防官にもわからないことはわからないと素直に教えてもらう姿勢で臨んでもらえたらと思います。

以上になります。
お疲れ様でした!

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