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対話がつくるカタチ

「おまかせで」

と開口一番におっしゃるクライアント。
内装はどのようなイメージがありますか?という質問に対する回答でした。

クライアントの中にはこのように「おまかせで」とオーダーされる方がおられます。
我々が手がけてきたお店の実例や、デザインに対する想いを綴った文章をご覧になって「おまかせ」という名誉あるご依頼をくださる。
非常に嬉しい瞬間です。

しかしながら、この言葉を鵜呑みにするわけにはいきません。
誰しもこだわりたいことや、大事にしていることがあるはずです。
ましてや、これから独立開業しようとする人ならなおさらです。

こういったケースで非常に大事なことが、クライアントの中に眠っている考えを掘り起こすための対話です。

ロールプレイングとヒアリングはセットで実施する

本件は、女性経営者さんが一人で切り盛りするテーラーの内装設計のお仕事。
まずはいつものように、こちらがお客さんを演じて、来店から退店までの一連のサービスを受けるロールプレイングを実施します。その中の一つ一つの出来事に対して適宜質問や雑談をしながら、必要な機能や寸法、導線の確認などを一つずつ行います。この作業を終えてから、本格的にヒアリングをしていきます。

一連のやりとりを終え、以下のことがポイントになりそうだと感じました。

「サロンのように、販売だけでなくお話をするだけの使い方もしたい」
「 一人で切り盛りするので機能的にしたい」
「狭い空間だけど顧客に上質な時間を過ごしていただきたい」
「歴史ある建物との親和性を大事にしたい」

ここまでお話ししても、素材やカタチの具体的なお話は出てきませんでしたが、ここまで対話ができていると「おまかせ」でも前に進めることができます。つまりは優先するものが色や形という物質でないだけで、要望はしっかりとこの中にあるのです。

お店が入居する船場ビルヂング/光を取り入れる中庭があるレトロモダンな名建築


ことばを素材に空間を立ち上げていく

要望の内容と空間の条件を合わせると、BARの要素に近いことに気がつきます。スーツの在庫はBARにはないですが、お客が預けるクロークのあるBARだと思えば条件はほぼ同じ。また、狭い空間では通常の座面高さの椅子よりも、ハイチェアの方が狭さを感じにくくなることも良い方向性だと感じました。
ここでいったん打合せを終え、後日カウンターを中心としたレイアウト案を50ほどつくります。

しかしどうもしっくりこない。
ここで一旦案を出すことをやめて、できたクライアンアントと再度対話を試みます。

案の是非は考えずにとにかくバリエーションを出す

たくさんのレイアウト案をもとに色々と話し込むと、様々な要望を集約できそうな一つの案が浮かびました。
それは「ダイニングテーブルと一体になったキッチンカウンター」のようなカタチでした。

・一人で料理をつくるように広いスペースで作業すること
・複数名でテーブルを囲んで談話すること
・使い勝手を考慮した収納

こういった要素を一つのカタチで実現できるイメージをブラッシュアップすれば、日常的に使用する馴染みのある空間を下敷きとして、新しい表現ができると感じデザインを練っていきました。
その過程では、クライアントと一緒にキッチンメーカーのショールームを訪問して、見た目や機能をひとつずつ吟味する作業もしました。

課題をできるだけシンプルな形状で解決する

メインとなるこの造作のほかに、更衣室や収納をどうするかという課題もありました。これらも同じように対話から回答を導き出します。
間を省略しますが、対話の中で読み取った要望と、それに対応するアイデアからどのようなカタチを出力したのか、下の図にまとめます。

平面図レイアウトとかたちを決定した経緯
対話からわかった要望とそれに対するアイデアを対にしてカタチを取り出す

結果的に、接客と作業の場を兼ねたカウンターと、収納と更衣室を兼ねた、両面を表にした長いカーテン、二つの要素だけで空間デザインは完了しました。
機能だけでなく美観や居心地の良さにも留意しつつ、小さな空間を最大限に生かすことができたと思います。

・更衣室のカーテンを半分開いた状態
・カウンター天板はメープル材。建物とともに経年変化し味が出る
・集まりの中心を演出する真鍮製のペンダント照明

カタチは対話からうまれる

店舗デザインとはデザイナー一人の頭の中で完結するものでないことは周知のことです。
いかにしてクライアントとの対話の中からヒントを読み取り、カタチにしていくべきか、というところに注力することが大事です。もう少し言うと、自分が店主になって日々お店を切り盛りするシーンをどれだけ自分ごとにできるか、というところが良いデザインができるかどうかの分かれ目になるのではないでしょうか。

カウンターに収納された生地見本のブックたち

はじめましてからお店のオープンまでは、ここに書いたこと以上に多くのやりとりが発生します。
だからこそ、プロジェクトの初期段階でどれだけ深い対話ができるかどうかが、出来上がる空間のあらゆる面でのクオリティに影響します。
デザイナーに店舗設計を依頼するときは、こういった対話をどれだけ大切にしている人かどうかが一つの判断軸になるでしょう。

全ての事業主さんが、良き空間を手に入れられますように。

船場ビスポークさんのご紹介

この記事でご紹介したお店のウェブサイトのリンクはこちらです。
店名の通り対話を第一におかれているテーラーさんです。
私もスーツをオーダーしましたが、生地選びから楽しく注文ができて、仕上がりは体にスッとフィットする着心地。
普段はスーツを着ない仕事ではありますが「ここぞ」という時に心がキリッとするよき相棒を作っていただきました。是非サイトを訪問してください。


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