ものづくりとデザインは、どこに向かうか

ここ数日、そのことについて、いろいろと頭を巡らしているのだけれど、よくわからなくて、書き出せない。

家具とか器とか、暮らしに寄り添う日用品のデザインについて、ずっと考えてきて、それらを産み出す産地のつくり手をみてきて、これから、どうなったらいいのか。どうしていきたいのか。

産業革命、近代化、工業化、そして、都市化。日本の場合は、明治維新以降の西欧化の波。そうしたものに、流されるように、ものづくりは、変化してきた。 
戦後の高度成長期は、たくさんのものを輸出して、外貨を稼いできて、お金持ちの国の仲間入りをして、不動産や株を買いあさって、バブルがはじけた。
いつのまにか、大量生産の拠点は、人件費の安いアジアに移り、日本のものづくりは、西欧の国と同じように、なくなっていくように見えた。

バブルがはじけて、平成の30年間で、日本のものづくりは、どんどん少なくなった。情報化の時代になって、モノのデザインよりも、コトのデザインが大事だと言われるようになってきた。モノよりもサービスのデザイン。
UI、UXのデザインがすごい勢いで、広がっていき、DXという名前のデジタルの並が世の中を、覆い尽くそうとしているように感じる。

ぼく自身は、とてもアナログで、機械音痴。テクノロジーの波に溺れそうになりながら、なんとか生きている。

●なんだか、話がそれてきた。

2005年から2015年くらいまで、日本のプロダクトデザインを、海外に紹介する展覧会に関わって、多くの日本産の製品といっしょに、アメリカ、イギリス、フランス、ポーランド、中国、韓国などで、講演会をしてきた。

そこで、あらためて感じたのは、日本のものづくりとデザインの特殊性だった。木理の細かい精緻なものづくりと、暮らしの文化からくるデザインの方向性。それらは、どこの国に行っても驚かれた。

これだけインターネットが発達して、いながらにして、世界の情報を受け取れていると考えていると、それは大間違いで、現地に行って話してみないとわからないことだらけだし、現物を手に取ってみない限り感じられないことは多い。

●あれ?また、話がそれてきた。

世界をまわって、日本のプロダクトデザインを紹介するのと同時に、旭川、美濃、高岡など、日本国内のものづくりの産地に通って、デザイナーといっしょにものづくりに関わってきた。

そして、つくったもの売るための販路を求めて、東京の見本市はもちろん、フランスやロシアの見本市に出向いた。そこでも、日本でデザインして、日本でつくったものの魅力を受けとめてもらえた。

モノをつくって売る。という一連の流れをどうするかも、デザインの大事な仕事であり、モノのかたちをデザインするとともに、ブランドをつくる必要性が認識されるようになっていく。

ともすれば、モノのデザインがほっとかれて、それっぽいブランドだけの空虚で、安っぽいデザインも広がっていくようにさえ思えた。

●あれ?またまた、違う方に話がそれている。

ここ10年くらい、日本のものづくりとデザインを見てきて感じるのは、ものづくりの重さと、デザインの軽さ。手を使って工場や工房でつくられる実感できるモノと、頭を使ってつくられる手にとれない情報のあやういデザイン。

リスクをとってまで、モノをつくってる人たちと、リスクを取らずに偉そうにしているデザイナーやプロデューサーと呼ばれる人たち(自分もこっち側の人)。
どんどん、ものづくりの人たちにひかれていく。デザイナーやプロデューサーといった人たちを嫌いになっていく自分がいる。自己否定。

●わあ。ますます、変な方向に話が進んでいる。まとまらない。

平成の30年間で、日本のものづくりがどうなってきて、これから30年でどうなっていくのか。特に、日本に500以上もあると言われているものづくりの産地の今後が気になっている。

産地の危機感と、同時に、産地の可能性を感じている。
小さなつくり手同士がつながって、使い手ともつながって、ものづくりの喜びを感じながら平和に幸せに暮らす産地の人たち。
そこに、デザインは必要なのか。必要であるのなら、それは、どんなデザインで、それをどう活用すればいいのか。

工業化と都市化で分業化された、ものづくりとデザイン、つくる人とつかう人、つくる場所と暮らす場所。
そうそう、目指すのは、それらの再統合。
そして、資本と労働の再編集。
さらには、創造的なものづくりの産地へ。

ぼくの中に、どうしたらいいかの答えは、ありません。正解のないのがデザイン。正解のないのが人生。

自分たちの暮らしをどうしていきたいのか。そのために、何をすべきなのか。ものづくりの産地に関わる人たちが自分たちで考え、活動できるヒントをまとめていきたい。

自分たちの産地だけだと見えなくなってくる。他の産地の人たちと交流することで、自分たちの立ち位置がわかってくる。目指している方向性が見えてくる。

●わあ。まったくまとまりません。ごめんなさい。
まだまだ、いろんな人と話がしたいです。

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