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第44回読書会レポート:川上未映子『乳と卵』感想・レビュー

(レポートの性質上ネタバレを含みます)

2ヶ月ぶりの読書会は満員御礼キャンセル待ち回となりました!
いつも申し込みしてくださる皆さまに感謝です!!

さらには、このお休みの間に
Twitterのフォロワーが100人を超えました٩(๑´3`๑)۶
本当に嬉しいです!ありがとうございます!


今回は際どい内容だったため、思わずワインを持参しましたよ。
シラフでは語りにくい(;´∀`)
さらに常連さんからも差し入れワインが!
お気遣いありがとー!メンバーに恵まれて本当に幸せ♪
二本をあっという間に空けて、いい気分になりながら進行しました笑。(Oreoの差し入れを失念してしまったのが唯一の心残り~)

参加者の皆さまの感想

・文体の面白さ
・文体が読みづらい
・読みやすい
・巻子は考えを変えたのか?
・巻子は手術をしたのか?
・玉子投げ=カタルシス=計算された小説
・賞味期限切れ
・男性が排除された女性だけの話
・知性が低い
・女になることと大人になることは違う
・本作は『夏物語』に大幅に加筆されて収録されている
・反出生主義


実験的な小説! 読みづらい??? まずはあらすじを押さえましょう。

巻子は娘の緑子と大阪で二人暮らし。場末のホステスとして生活を食いつないでいる生活だ。
●緑子は難しい年頃で、声を出すことをしなくなり、筆談で会話をするようになってしまった。
●巻子はなぜか「豊胸手術」に取り憑かれ、その手術を受けようと東京にいる妹の夏子を頼って上京してきた。
●そんな三人が描かれている二泊三日の物語。


全体を通して幼稚な話しぶりから知性は感じられず、登場人物たちの容姿も貧相で華がありません。

そんな作品ですが、まずは文体について言及する方が多くいました。
大阪弁で書かれた文体が読みづらいというもので、正直私も東京育ちのせいか、軽い拒絶反応が起こりました。

ただし読み進めていくと不幸な三人の様子が大阪弁によって、いい塩梅にほぐされ、最後には微笑ましさすら漂ってくるから不思議です。

記号論から読み解くテーマ

また文体への指摘として、「」(カギカッコ)が省略されている文が多いため、会話と地の文の区別が付きづらく読みにくい、という意見もありました。

このように記号的な試みは随所に散見されます。
他にも例を挙げてみましょう。

○ 卵子というのは卵細胞って名前で呼ぶのがほんとうで、ならばなぜ子、という字がつくのか、っていうのは、精子、という言葉にあわせて子、をつけるだけなのです。

新潮文庫P9

のっけから精子と卵子に「子」がついていることに言及しています。
また登場人物の名前にはすべて「子」がついています。

これは、子に対する形而上のカタルシスが記号的に表現されているのではないでしょうか。

ちなみに「子」は、クライマックスで「玉子」を頭にぶつけて割るという、なんとも壮絶でコミカルに形而下へ昇華されています。

ある意味大変悲しい場面なのですが、だれも傷つけない3人の人の良さが現れているところでもあり、それがまた悲壮感を倍増させました。
もっと悪になっていいのに!と。

さらには「嫌」と「厭」についての言及も記号論として面白いところでしょう。

いや、という漢字には厭と嫌があって厭、のほうが本当にいやな感じがあるので、厭を練習。厭。厭。

新潮文庫P10

女偏のついた「嫌」ではなく、常用外漢字の「厭」のほうを好んで練習する緑子。

女を拒否し、女で在ることを拒んでいるようにも読み取れます。

テーマが女性性に終始し、男性不在の不均衡なままで進行していくことをなぞらえているのかもしれません。

この物語は、生物学的にどこを切り取っても見劣りする肉体に対して「豊胸手術」という男性の視線をまともに意識する女の、男なしでは生きていけない「生き抜くための足掻き」が悲しい物語なのです。

ハズっ(//∇//)  排水口と白いドレッシングの記号的意味合いは?

記号論で読み始めると、さまざまな場面で裏の意味を勘ぐりたくなる私の癖が止まらなくなり、、、
話が盛り上がってきたところで、ワインをがぶ飲みしながら切り出しました。

「排水口に白いドレッシングをドボドボと捨てるシーン。
これはドレッシングを精子に見立てているのではないか?」と。

ところがすかさず
「これは乳だと思いました。題名の乳!」
という意見が飛び出てきてきました。

壮絶なやりとり(笑)

精子か? 乳か? 皆さんはどちらだと思いますか?

とにもかくにも、白い液体を出して流し込むサイクルにより哺乳類は成り立っているなぁと、無機質な視点で生命の営みを傍観する自分がいることに気付かされました。

排水口に白いドレッシングを捨てる場面は、強いメッセージ性を感じずにはいられません。

子・精子・卵子・乳・卵・女・排水口・・・

伝統に反する設定

ちょっと視点を変えて、日本の文壇という大局からこの作品を見てみましょう。

日本の文壇は完全なる男社会です。

たしかに古には紫式部や和泉式部などが活躍した時代もありましたが、それは何千年前のお話でしょうか?

明治以降に活躍した文豪たちは軒並み男性であり、彼らが紡ぎ出す作品は、ブルジョア階級の主人公が身分違いの美しい娘と恋に落ち、七転八倒するという作品が目立ちます。

本作品はそんな"日本の伝統"に反して、醜く貧しく知性のない女しか出てきません。

女性の魅力が一切排除された女性たち。
でも、生理があり、妊娠できる身体は持ち合わせています。

そこで起死回生の策として、巻子が無い知恵を振り絞ってたどり着いた答えが、豊胸手術でした。

ライトな印象を受ける物語ですが、日本の文壇に殴り込みをかけているかのような設定である上に、そこを深堀しようとすればするほど、闇の深さにゾッとする、そんな作品です。


「反出生主義(アンチナタリズム)」

くるしい、くるしい、こんなんは、生まれてこなんだら、よかったんとちやうんか、みんな生まれてこやんかったら何もないねんから、何もないねんから、

新潮文庫P99-100

今回男性の参加者さんの発言で「反出生主義」という言葉を初めて知ることになり、大変勉強になりました。

反出生主義とは、「自分は生まれてこないほうがよかった(誕生の否定)」と「人間は生まれない方が良いので生まない方がよい(出産の否定)」について考える思想です。

随分と悲しく衝撃的な考え方です。

しかしながら、誰もが一度はこうした考えになったことはあるのではないでしょうか?

ただし、その考えに至ったきっかけや深度が肝心です。

女性の方がより深刻に産む意味を問う機会が多いように思います。


反出生主義という言葉で、私の漠然としたフェミニズムっぽい感覚が一気に明確になり、「私には反出生主義のほうがしっくりくる!!」と頭の中でなにかがパンっと弾けてふわっと明るくなりました。

私はフェミニズム、というよりむしろ反出生主義だったようです。

生きていると、周囲を気にしたり極端な比較競争にさらされたりして、自分責めに陥りやすいものです。
そんな状況下で反出生主義という感覚が湧いてくるのは不思議なことではないでしょう。

異性の顔色を伺いながら、立ち居振る舞わなければならない場面にも遭遇します。

例えば女性は男性に取り入ることでしか生活を改善できない、と思い込んでいる男性や女性は未だに皆無ではないのです。


”そんなことを考えちゃう自分”を咎めるのではなく、その個性をアクセサリーへと昇華させちゃえ説!

他の参加者さんからもっと気になる情報を得て愕然としました。

それは川上未映子氏ご本人は、容姿端麗、ご結婚もされ出産もされているとのことで、この作品の設定とは真逆の人生を送っているとのことでした。

(え?え?え?Σ(゚д゚lll)結局あんたもそっち側だったんかい!!)


この矛盾はなんなのでしょうか?
うーん。なんだか裏切られた気分です。


私は作家論はとらないのですが、それにしても作品と作家の生き様が過度に対照的で面食らってしまいました。

なぜこんな作品が書けるのか?
金のためか?
単なるテクニック自慢の承認欲求なのか?
なぜこのような作品を書くのか?

ここで視点を変えて、言語化することへの意義について、思いを馳せてみました。

私は、今回の読書会で自分の言語化できなかった重い感情が、反出生主義という言葉に置き換えられることで、正体得たりと自分の思考が扱いやすくなりました。

つまり言語化は思考を軽くするのです。

川上未映子さんも、ご自身の中で渦巻く得体のしれないものを執筆を通して軽くしているのかもしれない……。執筆作業を通してアクセサリーのように自分の偏屈な思想を浅瀬で扱えるようになれば、それはそれで人生の楽しみ方として成功なのかもしれない……。

川上氏ご本人の真意は分かりかねますが、”そんなことを考えちゃう自分”を咎めるのではなく、かわいい個性として、小さくきらめくアクセサリー感覚へと昇華させればハッピーなんじゃん? という結論に達しました。



兎にも角にも、私が得体のしれない重苦しさから開放されたのは、本作を通して読書会に参加してくださった皆さんから様々な知見を得たおかげです。

一人ではここまでの感覚にたどり着けませんでした。
読書会最高!
みんなありがとーー!

これからも様々な重いテーマを少しでも軽くし、身動きが取れやすくしていければと思います^^


(2023年10月1日日曜日開催)

二次会の〆はもちろんTKG


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