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日常の普遍的価値を守ろう――日本のイメージをつくるもの

 青森県の八戸市を中心とする県南部で広く読まれている地元紙「デーリー東北」。同紙の人気コラムで複数の寄稿者が執筆する『私見創見』を2020年から約2カ月に1度のペースで書いています。
 第7回は、2021年4月19日付から。旅先のイランで感じた『おしん』ほかジャパンコンテンツに内在している、日本人の日常が有する価値の普遍性について考えました。
(※掲載時の内容から一部、変更・修正している場合があります)

イランを初めて訪れた約30年も前の1991年11月。中国からパキスタンを経てイラン東部の国境都市・ザヘダンに陸路で入り、そこからバスを乗り継いで古都イスファハンにようやく着いた。

16世紀末〜18世紀前半にサファヴィー朝ペルシアの首都として繁栄を極め、「世界の半分」と呼ばれたイスファハン。壮麗なモスクを観光した後、川沿いを歩いていると、少年たちが「アチョー、アチャー!」と叫んで近づき、チョップやキックを浴びせようとする。

ブルース・リーの真似事で、こちらを中国人だと思っているらしかった。「ノー、日本人だ」とにらみ返すと、今度は「おー、オシン!」と皆が目を見開き、急に「オシーン、オシーン♫」と歌い出したのだ。

日本で1983~84年に放送されたNHKの連続テレビ小説『おしん』は、年間平均50%超の視聴率を得た大人気作品だ。後に世界の約70カ国・地域に輸出され、各地で大旋風を巻き起こした。

その一つがイランだ。日本の朝ドラに主題歌はないが、イランでは『家を離れて幾年月』という題で放送され、独自の主題歌があったのだ。

おしんを書いた作家・脚本家の橋田壽賀子さんが2021年4月4日に亡くなったとの訃報を聞き、当時を思い出した。おしんは幼少期に奉公先で苦労し、大人になると関東大震災で家と商売を失い、戦争で夫と息子を亡くす。何度となく艱難辛苦に遭うが、ひたむきに生きて逆境を乗り越えていく。

それがイランで1986年に放送された。戦死者20万人以上ともいわれるイラクとの戦争(1980~88年)で苦難にあえいでいたイラン国民は、おしんの強さや生きざまに激しく共感。テレビ放送の視聴率は90%を超えたという。

※上記記事の一部を以下に抄訳:
“イラン各地の市場には古着やイラン製のシャツなどを格安で売るタナクラ・バザールがある。ペルシア語では一般に「タナクラ」と呼ばれる。イランではどこにでもある名前だが、タナクラはもともと日本語である。しかし、日本では比較的珍しい苗字であり、ペルシャ語の古着という意味はどこにもない。なぜタナクラはイランで一般的になったのだろうか?
 答えは1980年代にイランの国営放送で放映された日本の人気テレビ番組『おしん』にある。田倉たのくらしんという日本の田舎から出てきた少女の物語だ。”

Tanakura Bazaar: The Iranian Legacy of Beloved Japanese Soap Opera Oshin

海外の人々が持つ日本のイメージというのは、こうしたコンテンツから広まり定着していく。おしんなら「受難を忍びつつ耐え、復興へ希望をつなぐ日本人」や「日本女性の強さ」だっただろう。身近に日本の話題がない中東世界で、日本人の生きざまを強く印象付けるインパクトを残した。

『ドラえもん』『ドラゴンボール』『スラムダンク』『ONE PIECE』―― 。戦後の昭和から平成にかけて、マンガやアニメ、映画のような視覚的なコンテンツが数多く海外でも注目され、高い人気を獲得してきた。

令和になっても『鬼滅の刃』の新作映画(無限列車編)が2021年4月9日までにアジアや米国、南アフリカなど16カ国・地域で公開された。各地で日本アニメ映画として興行収入記録を塗り替えた例も出ている。

2024年3月1日に『ドラゴンボール』『Dr.スランプ』などの作者だった漫画家の鳥山明とりやまあきら氏が亡くなると、世界中のファンがその死を惜しみ追悼した。

日本発の大人気コンテンツを多く製作している集英社の漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」。そのヒット作りの三大原則は「友情・努力・勝利」だといわれる。これも日本人だけでなく世界中の人に受け入れられる普遍的な価値観であるからこそ、各地で人気を集めるのだ。

世界的にみて経済力が落ちたとはいえ、ほとんどの日本人が学校での生活、また社会に出てからの生活で、極めて普通に思いやりや努力、友情、尊敬、謙遜などを重んじる日常を送れている。

2000年代から“金持ち”になった中国だが、学校で部活動などがないため、日本のマンガが描く「友情・努力・勝利」にあこがれる若者は多いという。

男子ゴルフのメジャー大会で世界最高峰の「マスターズ・トーナメント」。2021年4月11日には松山英樹選手が日本人・アジア人として初めて制覇した。その偉業とともに世界の注目を集めたのが、松山選手のキャディだった早藤将太氏がが試合後に「ゴルフコースに一礼」した映像だった。

SNSで拡散され、「This is Japan!(これぞ日本!)」というコメントが多く集まった。だが日本に長く住む私たちにしてみれば、部活動の締めくくりにグラウンドや体育館(コートなど)に一礼するのと同じ感覚だろう。

当たり前の日常を切り取り編集すると世界に響く優良なコンテンツになることが多い日本は、幸運と思わねばなるまい。その日常が持つ普遍的な価値を若い世代がいつまでも享受できるように、私たちは気概を持って懸命に働かねばならないな、と思ったりする。


(初出:デーリー東北紙『私見創見』2021年4月19日付、社会状況については掲載時点でのものです。『おしん』の英字記事の抄訳t、鳥山明氏の死去については本稿の公開時に追記しました)

(了)

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