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すぐそこにある地獄(SS;2,000文字)

「ただいまあ、おやつある? あ、おばあちゃん、お客さん?」

あらまあ、お孫さん? お邪魔してますう。まあ、お利口そうなお子さんね、ユウタくんっていうの? 何年生?

「5年生です。おばさんは? ── おばあちゃんの友だち?」

そうよう、今日公民館で知り合ったばかりだけど。ボク、どう、学校は? 困ってることとかある? 勉強がうまくいかないとか、学校に行きたくないとか、お友だちとの仲で悩んでるとか? ……お父さんお母さんとはどう? よく叱られたりする?

「おばさん、面白い人だね」

あら、そうかしら……。

「だって、『困ったことがある』『勉強がうまくいかない』『学校に行きたくない』 ── なんだか、不幸の匂いを嗅ぎつけようとしているみたい」

え? ……あらあら、そんなことないわよ……変な言い方しないでね。おばさんはただ……。

「あ、これ何? きれいな石だね」

それはね、おげ様からお預かりしている、とても貴重な石なのよ。神さまの御名前を唱えながら撫でると幸せになるの。

「へえ……すごいね! たったそれだけで幸せになれるんだ!」

そうよう。今、ユウタくんのおばあさんにご紹介しているところなの。おばあさん、寒くなると膝が痛いっておっしゃるの。だから、この石をお膝にあてるといいのよって、お勧めしているところなの。

「ふうん。じゃあ、おばさん、この石をおばあちゃんにあげるために来たんだね?」

言ったでしょ、とても貴重だって。神さまのことを信じる人だけにお渡しできるの

「お渡しって、あげるってことじゃないの?」

神さまを信じるあかし ── つまり、証拠として、お告げ様に寄進していただくことになっているの。お告げ様っていうのはね、神さまのお言葉を私たちに伝えてくださるとても立派な人なのよ。

「へえ、じゃ、お金が要るの? いくら?」

寄進だからお気持ちだけ。……でもね、本当に神さまのことを信じて神さまにおすがりするのなら、やはりね、それなりのね……ユウタくんのおばあちゃんも、若い頃働いてたってお聞きしたから、貯金もあるみたいだし、あとはご相談ね。

「ふうん。おばさんはこうやっていろんな人に石を売って歩いているんだね?」

売ってるんじゃないったら! さっきから話してるでしょ、神さまを信じる人だけにお渡ししてるの。

「へえ。でもさ、神さまなんか信じない、そんな石いらないよ、って言う人もいるでしょ?」

そんな人間は神様に救われないの。だから、地獄に落ちるわね ── 間違いなく。

じごく? それ、どんな所?

怖ろしいところよ。そこに落ちた人はずううううーっと苦しむの。鬼に殴られたり、大きな釜でグツグツゆでられたり、それがずっと続くの。ユウタくんもおばあちゃんがそんな所に行くの、いやよね?

「そうだね。でもおばさん、地獄がそういうところだって、どうして知ってるの? 行ったことあるの?」

あるわけないでしょ! 地獄って、そういうところなの!

「行ったことのある人から聞いたのかな? 誰も行ったことがないのなら、どんなところかわからないはずだよね? 誰から聞いたの?」

誰って言われても……あ、そうだ、お告げ様がそうおっしゃってたわ。寄進しない人は地獄に落ちて、永遠に苦しむんだって。

「じゃあ、お告げ様は、地獄に行ったことあるんだ!」

うーん。どうかしらね。神さまのお使いのような方だから、神さまと一緒にご視察に行かれたことがあるのかもしれないわね。

「じゃあ、その時、地獄で苦しんでる人にもその石、買うように勧めたんだね、きっと」

さすがに、それはないわ、やっぱり、生きてるうちに石を手に入れなきゃ。

「そうかなあ? いつか地獄に落ちるかもしれない、と想像させて脅すよりも、実際に地獄で苦しんでる人にこそ、効果があると思うな。言い値で売れるよ。そのお告げ様って人、商売上手みたいだから、きっと地獄でセールスしてるよ。間違いないよ!」

そ、そうかしらね……。

「そうだよ! そのお告げ様だけじゃなくって、おばさんも仲間もみーんなで、視察団を組んで地獄に行ったらどうかな! 苦しんでる人たちに手分けしてその石を売りまくったらいいんだよ!」

売るんじゃないったら!

「こうやって、不幸な人を探したり、素直すぎる人の不安をあおって石を売りつけるのって、効率悪いじゃないですか?

そりゃ……ま、そうねえ……いや、売りつけるって、そんなんじゃ……。

「そんなことしてるより、地獄に行けば、間違いなく『不幸のどん底』状態のお客さんが、集団でいるんだもん! ウチのおばあちゃんの貯金なんかをチマチマ狙うより、おばさんたち、全員そろって地獄に行った方がいいよ!

『全員そろって地獄に行った方がいい』? その言い方……いやな感じなんだけど……。

「地獄に行きなよ! もうかるよ、きっと!」

あ、もうこんな時間……どうも、お邪魔しました。いえ、もうここには来ません! ぜったいに!

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