ブラフ プロローグ
近づいてきた巨漢の拳がボロボロの椅子に座らされたアジア系の男の頬に打ちつけられた。堪らずに椅子から転げ落ちた男の胸倉を巨漢が掴んで無理矢理立たせる。
「どういうつもりなのかと聞いてる。難しい質問じゃないだろう?」
椅子の向かい側、ウィスキー樽に腰かけるのは背広姿にハットを被った小柄な男だ。その青い目は暴力を映し出してもなお冷たく輝いている。どこかの醸造所の熟成庫の壁は黒カビに覆われている。その静寂の空間に男の声が響く。
「取引がしたいだけだ……」
口から血を流す男が強がる眼差しを投げかける。ハットを被った男の瞳が隣の樽に立てかけられた絵画に向けられる。
「うまいウィスキーは長い年月をかけて熟成される。湿度は高く、だからここはカビが生えている。カビがあるかどうかは良い熟成庫かどうかを判断するポイントになる」
アジア系の男が巨漢に椅子に叩きつけられるように座らされる。その顔の惨状はこれまでの苛烈な扱いを物語っている。ハットの男は何事もなかったように先を続けた。
「つまり、ここは絵にとって最も相性の悪い環境だといえる」
何の前触れもなく、彼の手に握られたナイフが絵画のど真ん中に突き立てられる。
「ああ……!」
巨漢に首の後ろを押さえつけられたままの囚われの男が絶望の声を上げる。
「私の目をごまかせると思うな」
「なんてことを……」
打ちひしがれる男は突然足を蹴り上げて、そばに立つ巨漢の鼻っ柱をへし折った。巨漢の手をすり抜けて、男は駆け出して熟成庫の出口を目指す。足音がグワングワンと反響しながら遠ざかっていく。顔を上げる巨漢は鼻血を噴き出させて舌打ちをした。
「奴が逃げたぞ、ジェフ」
ハットの男が告げると、ジェフと呼ばれた巨漢が懐から拳銃を取り出して逃げた男の後を追った。
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