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編集者も見た目が9割、いやそれ以上!? だった件


出版社で書籍編集をやっている、マルチーズ竹下と申します。最近、気づいたことがあります。私、確実に、オジ化しています! 考え方が、とか仕草が、ではなく、見た目、が。

というのも、先日、見てしまったんです、駅構内を歩いていて、巨大な鏡に映った我が姿を。そこに映るのは、まぎれもなく、幼い私を谷津遊園に連れて行ってくれた祖父の姿でした。なぜに父を通り越し、祖父なのか・・・・。

それがきっかけで、数年ぶりに「見た目」について考え込んでしまいました。今回は、編集者にとっての見た目問題について、書こうと思います。

 『人は見た目が9割』(新潮新書)が出版されてから18年。100万部を超える大ヒットとなり、続刊『やっぱり見た目が9割』『漫画版 人は見た目が9割』が発売され、猫も杓子もSNSで連日日常写真をアップするこんにち、この(一見)身もふたもないタイトルに大声で反論する人は少ないかと思います。見た目、といっても、本書は生まれ持った容貌だけではなく、顔つきや仕草、目つき、匂い、色、温度、距離等々、〝言葉〟以外の膨大な情報が持つ意味を考察し、「非言語コミュニケーション」という概念について語っています。

そう、この本はコミュニケーションについての本なのだけど(私はそう受け取りました)、そこに身もふたもないタイトルをつけて(でも内容との齟齬はない)大成功させた例です。うまいなあ!

 編集者も、椅子に座り、パソコン作業や書類仕事(ラフ作成も含む)が多い職種ですが、実務以上にコミュ力が問われる仕事です。私が20代の頃は、先輩から「編集者なんて実態の分からん職業を名乗るな。君の仕事の8割は〝手配師〟だ」とよく言われました。気持ちのよい言葉ではないけれど、長年働いてきて、たしかにな・・・・との実感があります。担当する本の数だけチームを組み、各メンバーがそれぞれに気持ちよく、効率よく、最大の力を発揮できるようにスケジュールやお金や気持ちを手配するのが日々の業務といっても過言ではないからです。

デジタル化の急激な浸透とコロナ禍を経て、もはや本は、リアルに対面せずとも作れるようになりました。メール、SNS、zoom、宅配便、万が一の時の電話――があれば、わざわざ移動時間を割いてリアルに「会う」必要はないのかもしれません。「会いにいくのは贅沢行為。メールでトラブったときのための保険」と言い切る同業者もいます。

となると、見た目など関係ないじゃん? むしろチャットやメールで簡潔に要点をまとめて伝える作文能力を磨く方が大事では?? と考えがちです。

でも、だからこそ、もしもリアルで会ったときに「あ、オジ・・・・」とガッカリさせたくないと思いませんか? いやべつに、美人と思われたい、イケてると思わせたい、わけではないのです。ふつうに、平常心で、見た目などスルーして仕事の話ができる空気に持ち込みたいのです。で、できれば話しているうちに「見た目はアレだけど、このひと楽しい中年さんだな」「見た目はアレだけど、このひとと仕事したいな」と思っていただければ幸せと思うのは欲張りなのでしょうか・・・・!

目標は、先輩編集者のRさんです。

入社当初、研修ルームがたまたま女性ファッション誌フロアの一角にあったので、某女性ファッション誌デスクのRさんとは、何度か廊下やトイレで顔を合わせていました。当時、我が社には見た目も仕事の実績もイケイケのHさんとYさんという女性編集者がいて、ふたりが冨永愛ならば、Rさんは黒木華タイプ。丸っこいお顔に金髪のロングヘア、文化屋雑貨店にありそうなチープなアクセや古着を上手に重ね使いするなど心からおしゃれを楽しんでいるオーラがちっちゃい体から立ちのぼってくるような人。クセも主張も上昇志向も強い同期に囲まれ過呼吸気味の私にとって、Rさんウオッチングはごほうびのような時間でした。

そんなRさんが、ときどき、モノトーンのブランドのスーツをがちっと身にまとう日がありました。青のボーダーカットソーに黒のミニスカを合わせたRさんのファンだった私からすると、ナゾの着こなし。いつもはアタマのてっぺんでくるっとまとめたお団子ヘアも、この日はおろして巻いているのもナゾ。正直、Rさんらしくない。むしろださい。このだささのナゾは何?

とRさんに聞いてみるとーー

「安定したおしゃれで立ち止まっている編集者とは見られたくない。たとえ似合っていなくても、トライ&エラーをくり返す、振り幅の大きい編集者として見られたいから」がナゾ解きの答えでした。

「ファッション誌編集者にとって服とかメイクは、〝どう見られたいか〟をつくるツール。服は戦闘服、メイクは鎧」と話すRさんの言葉は、「服はナメられない黒、メイクは日焼け止め一択」の私にズキズキ突き刺さり、小柄なRさんがグッと大きく、貫禄すら感じて見えたのです。

Rさんも私もあれから年を重ね、もはやチープなアクセは似合わないどころか肌荒れの原因となる年齢になりました。◯◯マーニのスーツや◯◯ルソンのワンピは姪っ子さんにゆずり、いまRさんのトレンドは台湾の若手デザイナーが手がける自然素材の服だそうです。もう誰かにどう見られるかより、自分の気分がアガるほうに身も心も寄せると決めたーーと話すRさんは、ときどき冒険していた頃と同じように私に眼福を与え、いっしょにいると楽しい気持ちにさせてくれます。

やっぱり、見た目は大事だ! そして、見た目を作るのは試行錯誤した時間
だ! と、Rさんを見てると思うのですよね・・・・。

ならば私は、自分のオジ化を、この先どう受け止めていけばよいのでしょう? いま持っている答えは、中身をオジでもオバでもない、「SF(すこし・ふしぎ)中年」にするよう心がけること。やがてその積み重ねが、見た目をオジでもオバでもないものに仕上げてくれると信じて!

でもやっぱり、とりあえず現時点のオジ化も止めたくて、帰りにマツキヨで田中みな実愛用コスメを買って帰ろうと思います・・・・。

 文/マルチーズ竹下

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