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ライティングとは「説得業」。凡庸な文章があふれる世界を生き抜くための執筆学

作家・佐山一郎さんと出版・編集の未来を語るシリーズ。今回のテーマは「執筆学」。誰もが手軽に文章を発信できるようになったからこそ、より技量が問われるようになっています。「術」や「論」ではない、書くことの本質を佐山さんに問うてみました。

止まらない凡庸テクストの縮小再生産

──前回の記事、❤️(好き)が60を超えました。好調さをこのままキープしていただきたいです。
 
佐山 へえ~、今後の目標は「歳の数ほど」ですね。でもそのうちの10個ぐらいはサクラ説も。だってスマホから押すと、どんどん増えていくんだもん(笑)。この脆弱性、なんとかしないとダメだと思いますね。
 
──オオッ、のっけからまた!
 
 前頭葉機能不全の「暴走老人」と言いたげな顔してますね。
 
──それはさておき、「術」や「論」を超える執筆学の一端をそろそろお願いします。
 
 はい。まあ、簡単にいうと、やっぱり「好きこそものの上手なれ」なんじゃないですかね。好きの熱量が全ての基本かな、と。それと意識高い日常生活の積み重ねがやはりモノを言う。ただ私、この頃よく思うんです。「文房具」のハウツー話ばかりで、事の本質に向かわないみたいな傾向が強くないですか。
 
──その場合の「文房具」は、前回のテーマ、生成AIと同じようにデジタル文化一般を指すわけですか。
 
 正確にはデジタル技術のもろもろなんでしょうけどね。しかしだからと言って自分がアナログ礼賛派というわけでもない。言いたいのは、これからのクリエイター諸兄姉は、紙とデジタルの同等性をより強く意識しましょうということなんです。だけどこの切り盛りがかなり厄介。いかがですか、そのあたりについて。
 
──意識はしていますけど、何も行動に移していない編集者がここに一人います。佐山さんの場合は、このnoteはもちろんのこととして、 FacebookとInstagram投稿を続けていますよね。 X ( 旧Twitter)については不熱心のようだけど、アカウントは持っているようだからバランスは良いほうじゃないですか。
 
「社会調査」という言葉がなかなか便利でね。「同窓会行くのもSNSやるのも、み~んな社会調査です」で括れてしまう。「日記がわりですよ」と言ってる割には、「いいね!」の一桁リアクションで終わるケースをこっそり気にしていたり(笑)。政治ネタよりラーメン真俯瞰ショットのほうが断然数字が出ることはみんな知っていることなんだけど、こんな話も、やっていない人にはチンプンカンプン。使い方は人それぞれでも、PRばかりというのはちょっとね。
 
──ホンネでは、自慢、PR、自慢、PRの連続でSNSなんて消えてなくなれと思っています(笑)。その点、佐山さんのFacebookは良記事の拡散に玄人っぽい一言コメントがついていたりしてスマート。政治ネタのときは明らかに「いいね!」が少ないですが、心の中でいいね! している人は多いのでは。
 
 LINEの扱いにも四苦八苦な同世代の中では少数派だと自覚しています。とりわけFacebookあたりは、今や中高年専用ツール。最近は「夫と死別」とわざわざ自己紹介に書く女の人も多い(笑)。だけどホンネでは、それこそバーチャルリアリティ研究の大家、ジャロン・ラニアーの著作のように『人間はガジェットではない』、『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』——を叫びたいほうだから疲れます。紙からデジタルに向かう大混乱期に中高年時代を生き、やがて朽ち果てるんだなあ、くそ~、ふざけんなよ~! がベーシックな心情(笑)。  

IT革命、ソーシャルメディアがもたらす大きな歪みに警鐘を鳴らしたジャロン・ラニアーの著書『人間はガジェットではない』(ハヤカワ新書・2010)、『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』(亜紀書房・2019)。ラニアーは、行動修正をもくろむ巨大テック企業とまずは半年ほど距離を置くことを勧めている。

──なるほど、暴走老人化に向かう理由がよくわかりました。
 
 あまりいわれないことだけど、デジタル化は高年齢者の自信を奪ったと思う。逆に言うと、今の責任世代はそれによって過信と尊大さを得た。象徴的人物の顔が何人か浮かんで来ませんか。で、さる老人の一人こと佐山が今日もアップルサポートに電話して問題を解決してもらったんだけど、iMacやアップルウォッチでのトラブルを解消してもらうときに「ご安心下さい」って言ってもらえるのがとても嬉しい。ある年齢以上の人にだけ言ってるのかな。
 
──もしかしてAIオペレーターだったのでは…。
 
 それは受け付けだけで、ちゃんと担当者の名前を言ってくれますよ。今日はこの機会を活かして「ワープロ機能付き原稿用紙」であるところの縦書き文書作成ソフトについて語り合いたいんです。よくよく考えると、あまりその種の会話をしたことがない。以前はegword Universal 2を使っていて、そこそこ気に入っていました。ところが買い替えた最新iMacへの移行がうまく行かなかった。8千円のアプリ代払うのも馬鹿馬鹿しいということで、今は無料の縦書きワープロ&レイアウト機能があるアップルのPages (ページ)を使うときがあります。アワジマさんはどんな文書作成環境ですか。Mac一筋の私は原稿用紙機能があるとはいえ、Microsoft Wordが嫌いで、毎月3千円以上のサブスクのお金だけ払っている状態。しかしこれも同等性の人としてクリアすべきテーマだから、なんだかもうデジタル修行僧(笑)。ヨコ組に押され気味のタテ組の世界が予想以上に強靭なのは嬉しい誤算だったんですけどね。それにつけてもこの種の話題が盛り上がらないのはなんでなのかな。文房具程度の話には自ずと限界があるってことですかね。検索、検索で陰気に解決というのが当たり前になっていますね。
 
──タテ組って、もはや本と新聞と短冊ぐらいですよね。デザイナーは昔からMacが主流ですけど、Mac使いの編集者は非主流派のイメージです。
 
 でも今は Windowsとの互換性も得られているから巻き返しのイメージがあるけどね。問題は校正ですよ。タテ組育ちだからヨコ組だと校正で拾いきれない感覚があるんです。……こんな調子で装備について自慢できる話はまるでないけど、アフターコロナ時代のテレワークで気になるのが、室内環境。女優ライト(リングライト)がお役立ちアイテムなのはよく分かります。でも欧米のニュース番組を見ていると、リモートでコメントしてる人の部屋の背景が日本の登場者より格段に洒落てるんだよね。観葉植物の大きさはもとより、本棚や額縁に飾っている絵画や写真からしてかなりのドーダがある(笑)。まあ、それだって工夫次第なんだけど、壁の文化の遅れは、ちょっと悔しいじゃないの。
 
──言われてみればそうですね。それより、佐山さんの口から「女優ライト」が出てくるのが意外でした。心なしか肌艶がいつもよりよく見えるのは気のせいでしょうか。
 
 最近はお迎えジミ仲間に勧められて、小林製薬のケシミンクリームを塗ってます(笑)。最初に言った「好きこそものの上手なれ」について話すと、writingやeditorshipというのは、とどのつまり説得業だと思うんです。誰でも書ける凡庸なテクストばかりが罷り通っていてその縮小再生産トレンドにはびっくりするばかりなんだけど、やはり並の人とは格段に違う表現と出会いたいですよね。80年代のタームで言えば、「差異化」ということに尽きるのかな。で、そのためには日常的な努力や工夫が当然必要になってくる。ただしその場合の前提は、やはり文学やジャーナリズムが真底から好きであること。そうじゃないと、そもそもくたびれてしょうがないんじゃないかな。
 
──なるほど。次回は是非、個人情報を気にせずにその日常的な努力や工夫について語ってもらいたいです。
 
「とにかく8時間は寝よう!」程度の話でいいのなら(笑)。好きが高じて書き出して、雑誌や新聞に連載がもらえたり自分で創刊したりして好評を博し、その次に単行本化が実現して、書評が出るわ、取材が殺到するわで本がまた札束刷るみたいによく売れて文庫になり、いつしか先生、先生と呼ばれるようになって、講演のお呼びがかかるわモテまくるわでというミサイルの放物線がいくつも描かれて、気がついたら家が建っていましたというのが、デジタル化以前の大成功モデル。でも誰もが自己表出できる今日の時代環境にあってはそのオーラもすっかり大消滅。今はなんだか不況カルテルで凌いでいる感じです(笑)。文彩や行文(こうぶん)流麗に気をつかう書き手や編集者も減りました。でも例外はあると思うし、逆にいえば、例外者じゃないとどうしょうもない。結論から言うと、出版界だけはいまだに原稿用紙と手紙やハガキでも問題のない場所だと私は思っている。アワジマさんのような人なら、鉛筆で原稿用紙に書いてくるというかそれしか出来ない人でも包摂できるでしょう。もちろん才能がなかったら、ただの迷惑な奴にしか過ぎないんだけど。
 
──佐山さんが強調した「同等性」のあたりで言うと、縦書きソフトでの原稿と、原稿用紙に直筆の両方への対応力が必要かもしれないですね。
 
 おっと、そう来ましたか。でもあながち間違いではないです。誰がそうだとは言いませんが、由緒ある文学館にコンパクトディスクが一枚ポンじゃあ、なんだか雰囲気ぶち壊しですからね。

<つづく>

文/佐山一郎(さやま・いちろう)
作家・編集者。1953 年 東京生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒業。オリコンのチャートエディター、『スタジオボイス』編集長を経てフリーに。2014年よりサッカー本大賞選考委員。最近のクレイジーアバウトに、新庄エスコン・ファイターズの2年連続ほぼ全試合テレビ観戦と山梨県内のワイナリー巡り(現在、16箇所達成)。

編/アワジマ(ン)
迷える編集者。淡路島生まれ。陸(おか)サーファー歴22年のベテラン。

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