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【ショートショート】ランチタイムは一緒だよ

鈴河涼来すずかわすずきさんって、ゲイかな?
ゲイだよね?ノンケだったら男が作った手料理、食べないよね?
いや食べるか。飯代浮いてラッキー、ってふつうに食べるか。
そもそもはおれが作った弁当、ヒョイとのぞいた涼来すずきさんが「うまそう!」って言ってくれて、一口くれよ!って箸でつまんでいた唐揚げ、おれの箸のまんまで食べて、うんまい!ってピンク色の顔でのけ反っちゃったから「明日もつくりますよ!鈴河すずかわさん、好きな食べ物なんですか?(いや調査済みだけど訊かないと不自然でしょ)」なんて食いついちゃって、いつもテンション関西風薄出汁風味の涼来さんが唐揚げ1個で興奮してくれて、こんなちょろくて良いのかよ「頼むな!」ってかわいい笑顔で言われた時はニョキニョキって半勃起して、えっ?このタイミングで?チンチンに教えられたよ、大好きだって。
それ以来、毎日弁当作っている。おれのきもち届いていますか、それとも便利な弁当調達マシーンになっていますか、手作り弁当貢ぐのが181センチ93キロ、なかなかガタイな野郎じゃ内心引いていますか?
でも。
でも。
愛する人の為に尽くすのって、痛いけどキモチイイ。いやそうじゃなくて、涼来先輩やっぱりゲイだよね。
先輩、同期のセオハヤミさんと話す時だけすっごい笑顔だもん。
セオハヤミ狛芳こまよしさんは小柄で顔も可愛い天使な男子で、おれにないもの全部持っている。あの涼来さんを見ると胸がズキズキする。職場の女性はみんなやさしい。昼休みになると弁当2つ持ったおれに「棉吹わたふきくん、がんばって~」と応援してくれる。涼来さん単品だと、女性のみなさん「人の手料理平気で文句言いそう」「あいつと会話合う?」ってケチョンケチョンだけど、おれがあの人にまとわりつくのは見守りたいみたい。涼来さん目つき悪いからなあ。あの人の悪い目つき色々種類あるけど、機嫌悪いと大体パチンコで大負けしたヤ〇ザ(下っ端の)みたいな目つきだよ。
この前の朝、涼来さんがあの悪い目つきでおれに近づいて来たんだ。それも結構な速さで。お、おれ、何か悪いことした?って怯んだよ。目つき悪いのに全然目合わせないで、おれの胸ポケットに何か入れて立ち去った。去り際に聞えたのは、「………ぽぽぽりん……」
へっ?なに?
胸ポケットには乱雑に突っ込まれた三万円。びっくりした。しかも雑な折れ皺。意味分かんない、あの人心臓に悪いよ~。でも、でも、涼来さんのことで悩むのって、なんか・なんか……しあわせ?そうじゃなくて昼休みの直前やっと分った、今までの弁当代だったんだ!
おれのこと少しは気に留めていたんだ!
裸とか抱いているところとか想像していないのに半勃起からフル勃起のあいだを行ったり来たりして、涼来さんを身近に感じるだけでチンチンがこうなっちゃって、これって、これって……愛なんだなあ。涼来さん、勃起したついでに抱いていいですか?ついでなんて失礼ですね、この三万円は先輩にディナー奢らせていただく時のお代に足します!あ、結婚資金の方がいいの?それはないか。でも結婚したーい!そんなこんなしていたら、今日のお弁当がもう出来た。とろーり餡のかかったミートボール弁当。我ながらおいしそう!いい奥さんになれるぜ!

駅前のバスが発車する直前、涼来さんが駆け込んできた。おねぼうさんなんだよね~~ぬふふ、二人で寝たら起こしてあげますね。
「うっす、ケンタ」
「おはよーございまーす」
もう最近じゃ名前で呼んでくれる(おれも名前呼びしたーい)。おれは車内を見まわしたけど、セオハヤミさんは乗っていなかった。いたら先輩、混雑ぜんぜん無視で「こっまくーん」って奥まで突き進んじゃう (こっちは仇名で呼んでるし)。涼来さんが周りから白い眼で見られるからね、気にして上げたんだ。嘘だよ、涼来さんはおれの側がいいの。
それにしても今日は一段と酒臭いっスね。あ~大欠伸しちゃって。アセトアルデヒドたっぷりの二酸化炭素じゃないですか、そんなんだから女性社員から嫌われるんですよぉ。素知らぬふりで嗅がせていただきまーす。涼来さんがドロンと腐った眼でおれを見る。ばれた?
でもよく見たら、涼来さんが見ているのはおれじゃなくて、その後ろ。まさか好みの男でも乗っているのか?振り返る。適度に混雑した車内。真ん中あたりにあるドアのすぐ後ろの座席に、うちの会社の上役がふたり座っていた。男の方が営業部部長で女の方が広報部部長だ。楽しそうに話して、朝の暗いバスの中、そこだけ明るい。
涼来さんの視線の先はちょうど二人の辺りだった。
先輩、もしかして営業部部長が好みなんですか?あんなオジサン信楽焼のタヌキですよ、あ、でも笑うと意外とかわいい?いやダメだって!そんな熱い目で居酒屋の置物見ないで下さい、おれ見て下さい、おれの方がキレイな太っちょですよ!
そっちを見たまま涼来さんの口がちいさく動く。かすかに聞こえてきたのは、
「……ぽぽりん……ぽぽぽりん……」
ふへっ?なに?

ロッカールームは涼来さんと2人だけだった。
おれ、今頃気がついた。涼来さん、広報部部長の方を見ていたのかも。それじゃあ、………やっぱり女が良いのかぁ。部長今日のスーツ、ポールスチュアートですよね、かっこよかったですよ……。ごめんなさい、おれの体重みたいに重苦しい沈黙かもして。
「おい、ケンタ」
涼来さんが沈黙を破る。
「メピュロピュポポポリンって知ってるか?」
「メ、メピュ……?」
「メピュシュロキポポポポポピュロン」
「も、もう一回」
「ペピュロキポポポポーション!」
言うたび違うし!
「って、そのポポポ…がどうしたんですか?」
「お前一回も言えてねえだろ!」
言えるか!
「まあ、そのメピュロピュポポポリンってのはな(シレッと本題に入りますね)、世界に一つしかない大変貴重な精密機械なんだ」
「どこにあるんですか」
「おれの心の中」
もう!
「そのメピュロキポポポポプリンは、オリファルコンという全宇宙で未だ100キロしか採掘されていない特殊な金属で出来ている」
「その金属も鈴河さんの心の中にあるんですか?」
「オリファルコンはメピュロキポポポポプリンの1万枚の歯を構成している(ん、無視?)。鮫の中でも一番獰猛と言われるホオジロザメをモデルとしながらそれを遥かに超えた高性能・超強度は設計者の神秘的頭脳のなせる業、サグラダファミリアを彷彿とさせるがあっちよりはるかに複雑巧緻贅沢ゴージャスな全容のメピュロピュポポポプリンの本体は頂上に人口皮膚で作られた鮫型投入口、即ち1万5千枚のオリファルコンの歯が7列にも8列にも並ぶ投入口が、常時暗黒の虚空に向けて開かれている。おれはそこに突き落とすのだ」
「何を?」
「人間を」
ひっ?
「さっきバスにうっせえジジイとババアが乗ってただろ?なんだアレ?乗ってから降りるまでぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ車内は静かにしろよな~ああいう薄らぎたねえバカもんを野放しにしちゃなんねえから睨みつけてやったんだよ」
あ、あの、それ、わが社の部長と部長。
「そしたらババアの方は、いっけな~い静かにしなくちゃって一旦黙って、ジジイの方はどれだけ偉いのか知らねえけど『俺様は偉いんじゃあ!』って俺の方チラチラ見やがるくせに黙りもしねえで大量のツバ飛ばしやがるからババアも尻馬に乗り腐ってキャパキャパ騒いで、埒が明かねえからメピュロシュポポポポーションにぶち込んで、ぎったんぎったんに噛み切ってぐっちょんぐっちょんに擂り潰して、絞り口からミンチ肉をにゅーちょん、にゅーちょん、って絞り出して肉団子にして、池の近く通った時に池にぶち込んで鯉に喰わせてやった」
え~と、あの~~あの~~。
「あ、思いついた」
なんか、妙に純粋な目。
「今日の弁当、もしかしてミートボール?」
「は、はあ」
「やったあ!おれ大好き!ミートボールってきんたまみたいで可愛くね?きんたまコロコロ舌の上で転がすの堪んねえよなあ腰から下ががっくんがっくんになっちゃうからコノヤロアリガトネっておれもコロコロやりかえしちゃう!あとあと、ちんこ、ちんこお口に含むとキュプッて膨らんだほっぺがどんなイタズラしよ~かな~って企む小悪魔顔になっちゃうのあれグッとくるな~今度やってみようっありがとなミートボール!」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………あ、あのぅ………………………………………………。
………………………………………………………。
「ケンタ、お前って良い奴だな」
「へ?」
「おれがきんたまの話しても、避けねえじゃん」
それは、あの………おれに下心があるから…っていうか「あった」からで……それに……避けてない訳じゃなく、出来れば今日の涼来さんは避けたいかなっていうか……っていうか………いつもこんな人だったの?
「だからお前に相談するんだけど」
「な、何スか」
うわあ、聞きたくねえ。
「おれ来月で30なんだけど、この先生きても碌でもないジジイにしかならねえし、いつか本気でメピュロピュポポポポーリン造り出したらやべえし、こういう輩はさっさと死んだ方がいいのかなって思ってんだけど、どう思う?」
途端に鼻を覆いたいくらいの酒臭さ、おれの方に息吐かないで下さいよ。風呂に入っていない臭いもするし、あ~あ髪の分け目におっきなフケ、目脂もボロクソ着いている。今までさんざん涼来さんの悪い目つき見てきたけど、この目つきはある意味、一番恐い。うちのオカンが丸一年洗っていなかった排水口の黒黴のような黒目、そこに何も映っていない。しかも1枚だけの段ボールみたいに薄っぺらく立っていて、指一本で押し倒せそうじゃないですか、こんな情けないアナタ初めて見ますよ。フン、だ。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
………でも。
………でも。
なんか、そのぅ…………ニョキニョキって………。
……………………………………ちんぽ君、キミ半勃起………だよね?
えっとぉ、そのぉ。
「と、とりあえず、半、じゃなくて…、こ、今晩、飯行きません?」
おれバカ!
言うこと違うでしょ!







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[あとがき]
この小説に登場する鈴河涼来とセオハヤミ狛芳は、実はいぜん別の話にも出ていました。
「給湯室で待っていて」です。あれは鈴河涼来の一人称小説でした。棉吹ケンタは、今回が初登場です。

世の中便利になって、大昔の人たちに比べたら衣食住を手に入れるのもグッと簡単になって、空いている時間もうんと出来て、いろんな場面で自分の好き嫌いばかりに拘れるようになると、そういう世の中じゃ残るのはセックスと暴力だけだなあ、と思います。救いのないことを言っていますね。まあそういう時代の男子のモヤモヤとムラムラのお話です。ケンタ君がんばってね。
二人の続きは☟





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