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【詩】絶海の囚人

目醒めれば 絶海の囚人であった
樹々はなく 草もなく
屋根もない 荒れた岩肌だけの孤島に
置き去りにされていた

見上げれば 微動だにしない太陽
夜は来ず 月もなく星もない
空と海とが 青々とした口を開く
灼熱のいがみ合いに 延々と眼を焼いた

千万年と続く青と青との争いに
放り込まれる刑罰なのか
両手で顔を覆い 岩肌に縮こまっても
目裏に押し付けられるのは 真青なる焼鏝やきごて

聞き覚えのない声が 番号を発し
それが僕のことのようだと 目を開けば
絶海を背にして 真っ白なキャンバスとイーゼル
岩の上には 箱入りの絵の具

蓋を開ければ 青の絵の具ばかりが72本
箱の中で3段に 聖職者の行進のような整列を
青しかないこの世界で四六時中 青を凝視し
青ばかりを想え という刑罰なのか

すでに 気は狂っていたのだろう
絵の具を岩に叩きつければ 青の水柱が
目裏で飛沫を散らし キャンバスを蹴り倒せば
青い波濤に 削り取られる脳が視えた

手のひらを噛んでいた
血をキャンバスに滴らせていた(美しい歯型だ)
身体はこんなにも鮮明に色を絞り出せるではないか
鍵穴の形に染み込んだ一色を触媒に
幾色もの虹が立ち上がる
爬虫類のきめ細やかな滑りで閃く舌先は 桃紅とうこう
草いきれを嗅ぎながら貪り合った瞳孔は 暗緑色
鹹い汗を覚えつつ唾液を這わせた皮膚は 褐色
永久に届かぬ希みの速度で掛けた体液は 白濁
荒れた後の呼吸が鎖骨に降りかかる夜は 漆黒
さは・されど・赤は・赤は・

我に返ればキャンバスには 幾つもの真青なる手のひらの跡
あの男から絞り出した血は いつでも溢れ出せるよう
骨髄に脳髄に精巣に 閉じ込めておいたはずなのに
海へキャンバスを投げ棄てれば 視界が急回転した

崖から棄てられたのは この身体の方だった
肉と骨は数秒先の未来を 体験していた
身体が岩肌に 打ち付けられる衝撃を
潮風に揉まれながら 受け止めていた

その鈍い音が 聴こえる前に苦笑いを
眼を閉じた、なんて熱い色だろう
眼を瞑っても 僕はまだ
絶海の囚人であった


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