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【詩】海風へ、生まれる。

抱卵の姿勢なら
燕 卵の上に水平にその身を置いて
それは 抱くというより
水平線の水平を 文字通り卵上に保ち
この季節は だから
燕は 一艘の船となる
おのが卵の中にも 海が眠ると
海をわたった燕は 知っている

吊革の下が一時の アサイラム
わたることが出来ない 空の為
地下鉄のトンネルの闇は
車窓をたよりない鏡にかえて
人ごみを歩くのが苦手なのに
人ごみを歩くのは得意そうな 顔
映し出さないのは 虚/実
どちら
身体の中を 光が 走り抜け

昔むかし 豊蘆原瑞穂国の葦の群
翠のガラス質は ぶつかり合うほどに霞み 
もっとも柔らかなはだえに
複雑なこころを植えつける
たましいの奥処は 燕の空へと続くけれど 
古代人が初めて造った 宗教的建造物は
地下へと降りていく入口だとの 言い伝え
仄かに明るい惟が延びて
人間を 二種類に 分岐させる傾斜

身体の中を 光が 貫けて次々と
半透明の瞬膜に置換された窓ガラスは
眠りに厭きたぼくの暇つぶしと
眠りを必要としないLEDの使役を
おのが上に同時に存在させ
一方だけが流れ去る
他人の言葉を拾い続け 病を纏ってしまう者
他人へ言葉を投げつけ 病を寄せつけない者
消え続けていく光は キミ だったのですか

鏡よ
靄を買収した鏡よ
おまえなんか
十年前の言葉すら 映し出せないのだね
きみに会う以前の僕が めぐりめぐって
深夜 きみを躓かせる石ころに
なっていないとは 言い切れない
昔むかし 豊蘆原瑞穂の国
葦の海の失せるたび 人の膚に宿らせたのは
アヲい刃だったとの 言い伝え
あの日から/どの日から 
独りで生きてきたつもりなのに
知らぬまに 風は翠と翠をぶつけ合い

いつか病が君を手ばなす時
卵上の燕は 微かな揺らぎにまぶたを開く
海のさざめきに導かれ
地上へ出れば 見つけるだろう
互いを映し合う二つの青をへだてる
一本の水平線は
君を守ってもいた殻だったと
古代人が初めて造った 役に立たない物は
鳥を模した飛べない翼だったとの 言い伝え
風の鮮度を頬で知る
君ならば 言えるだろう
初めて本当に役立った物のまちがいだと





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