見出し画像

好きっていうか「好きな人になりたい」

映画『愛がなんだ』と『百円の恋』を立て続けに観た。
どちらも邦画で恋愛ものだが、『愛がなんだ』が完全に恋愛メインの話なのに対し、『百円の恋』は主人公の成長が描かれているので印象はかなり違う。
『百円の恋』は最初、ジトッとした嫌な雰囲気が出ていて苦手な人もいるかもしれない(私がそうだった)。でもちょっとだけ我慢してください! そのうちどんどん引き込まれていくし、終盤は爽やか? なので。デカい肉を食べるシーンと、マジっすか君のとこは笑ってしまう!

※以下、両方の映画のネタバレを含みます。



私はこの2つに共通点を見出した。まぁ共通点なんかたくさんあるのだが、私が注目したのは「好きな人になりたい」という点である。
『愛がなんだ』では主人公(テルコ)がはっきりと、好きな人(マモちゃん)になりたいと言っている。一方『百円の恋』ではそういったセリフはないのだが、主人公(一子)がボクシングを始めた理由がこれだと私は勝手に思った。

なんでボクシングを始めたのか聞かれた一子は、”試合後に肩を叩きあっている姿とかが良かったから”といったことを答えている。それはたしかに重要なポイントだっただろうけど、好きな人(狩野)がボクシングをやっていたからも大きいと思うんだよな〜。
狩野への憧れもあったはず。

その、「好きな人になりたい」という感覚自体は両映画とも一緒なのに、後味が全然違ったのがおもしろい。
『愛がなんだ』のラストシーンでゾワッとした人は多かったと思う。えー! 象の飼育員になっちゃったの〜w それはやばくねwww ってな感じで。
私も、うわぁ〜やりやがったな! サイコパス! って思ったけど、象の飼育員になるのだってそれなりに努力もいったんじゃないか。踏まれて怪我する危険もあるわけで、身を挺して頑張っている。もし、象の飼育員になるために必死に勉強や実習をしている描写があったら、ラストシーンは「テルちゃん頑張ったね!」って思っていたかもしれない。

なんて、なぜかサイコパステルちゃんの肩を持つカタチになっているのは、好きな人になりたいって感覚は私にもわかるからだ。
好きすぎて、いっそのことその人になりたいって思ったことありません?
まさに愛を超えちゃってる。究極、マモちゃんの存在が好きすぎて、マモちゃんの気持ちとかどうでもいい。愛がなんだ。全部知りたい。DNAから知りたい(私はその領域まではいっていない)。


テルコの目的はずっと「マモちゃんになりたい」で、そこで映画は終わってしまったけど、一子は「狩野になりたい」から「一度でいいから何かで勝ちたい」に変わっていくので共感できたし感動があったんですよね。
執着心はどっちの主人公も同じだけど、一子は依存することをやめて、別の熱中できることを見つけた。そうすると今度は、『愛がなんだ』の登場人物、テルコとストーカー同盟を組んでいた(組んでない)仲原に通じてくる。

仲原も映画の途中までは好きな人(葉子)に依存していたけど、離れることを決め、写真に本腰を入れて個展をひらく。これがまた、いっちょ前にアーティストみたいな顔してやがんだ(褒めてる)。そこへ、葉子がやってくる……
『百円の恋』も、一子が狩野に依存することをやめたから、狩野は寄ってきたんじゃなかろうか。
みんな追いかけられるより追いかけたいのね〜。

依存してないですアピールしてるのに追いかけてもらえないテルちゃん。報われないなぁ。
ならば……手に入らないことを潔く受け入れた上でそれでも諦めきれないならば、好きな人の存在に限りなく近づくことしかできないのかもしれない。


「愛がなんだってんだよ!」って言えちゃうテルコが眩しくもある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?