しゅうぞうマン

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エロティシズムと筋トレ

エロティシズムは、私たちが日常で感じる性的魅力や愛情だけではなく、生と死の間にある深い人間の欲求に根ざした現象である。具体的に、私たちが「死」という非永遠性と直接対峙し、襲ってくる不安から永遠性を求めようとした時、本能的に感じる「欲望」である。例えば、愛する人との生殖行為は人間が本来もつ欲望の一つである。生殖行為は無常からの脱却を目指す運動であり、その影響で、自己の肉体を永遠化させようとする為に最も好ましい人間を愛し、行為に至るのである。 この概念を「死から身を守るもの」と

    • 火星で起こった”そよ風”が、町のうどん屋が繁盛するきっかけになっているだろう。

      この類を感ずる時、私は、練り職人、天ぷら職人、レジ、注文員、清掃員、駐車場の警備員、何にだって、効果的に成れると思う。

      • 思考できなくなった時にやる事

         本記事で取り上げる思考とは、自らの身体や環境的不遇を一切感じず、一つの物事を一点集中して考えられることが継続的にできる「状況」を指す。  例えば、この様な事であろうか。 👉所属する組織の改革をしたい 👉綺麗なソースコードを書きたい 👉旅行中、現地の構造を把握したい 👉最適なデートプランを考えたい などである。 これらは、文字の特徴から推測するに、自分たちの理想の局地を切り開くために行う行為とも言え、至高でもある。しかしながら、こうした状況に介入する悪魔的なサビは、私たち

        • 本当に役立つ物ほど気づかない・空気と同然であると思う。

          この意見は大変主観的な意見だと思う。 以前はバイトもせず卒業研究にもフルコミットせずふらふらと日々を歩くだけであった。そんな中、私は日々空想にふけながら、たまに哲学の本や動画に没頭し、それを日々の景色に融合させて紐解いてゆくと言う生活を送っていた。私が見る対象は私の危機を脅かしたり、刺激的な物では無く、街や私と直接的な関係のない人々、レストランのメニュー、本屋の本などであった。そのような“優しい”オブジェは私たちの日々を静かに支えていて、そう感じさせる物でもあった。 そう

        エロティシズムと筋トレ

          初投稿

          本日は2023年1月27日。 以前は文章を書く時は、ScrapBoxというWikiツールを使っていた。メモの様なであったが、気軽に思いついたことを書けるので、便利であった。 しかしながら、その「思いついたこと」というのは大衆的でなく、例えば今電車に乗っているが、電車というのはピアノと似ているな、と急に思いついて書きだす様なものであるから。この表現は書けば書くほど自分の思想として固定化していき、人と話すときに自然とそのサビが顔を表す。「思う」ことや「考える」ことは、その行動自