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世界のインパクト投資家は 何を考えているか

■ シリーズ:  ESGの一歩先へ 社会的インパクト投資の現場から ■

「受託者責任」の解釈が話題になる理由

大手の金融機関や機関投資家によるESG投資※1やインパクト投資への取り組みが進む中で、必ずと言っていいほど話題にされるのが、「受託者責任」の解釈です。これについて近頃、世界的なインパクト投資の現場で議論の潮目が変わった、と感じることが何度かありました。

そもそも受託者責任(Fiduciary duty)とは、一般的に受託者(アセットオーナー※2から資産の運用を受託する者)が受益者の利益にのためだけに職務を遂行する義務のことを指します。そこで生まれたのが、インパクト投資やESG投資のように経済的な利益以外の要素を投資判断の軸に持つ投資を行うのは、「委託者の利益だけを求める受託者責任に反するのではないか」という懸念です。

これまでESG投資を擁護する典型的なロジックは、ESG投資は長期的にリスクリターンを改善する、だから受託者責任に反しない、というものでした。実際、アメリカでは2015年、従業員退職所得保障法(エリサ法)※3の解釈で、ESG要因を考慮することは受託者責任に反しないと取れる通達を出しました。国連責任投資原則(PRI)※4などが出した報告書『21世紀の受託者責任』では、ESG要因を考慮しないことの方が逆に「受託者責任に反する」と踏み込んだ見解を示しています。要するに、ESGを考慮することはアセットオーナーの利益最大化に貢献する、ということが徐々に市民権を得てきたのだと思います。

自分の子孫に恥ずかしくない投資先を選ぶこと

議論の流れが変わったと強く感じたのは2018年10月にインド・ニューデリーで行われたGSGインパクトサミット2018※5でのこと。参加した数あるセッションの中で、最も印象に残ったのはスイスのある投資家の語った「自分の子孫に恥ずかしくなく語れる投資先に資金を運用することこそが受託者責任である」という発言でした。

しつこく受託者責任のよくある問いを投げかけるモデレーターに対し、彼は「最終的にはこれはアセットオーナーとしてのモラルコミットメントだ」と答えました。「受益者の利益」という概念がもはや投資が生み出す利益を超えた「価値観」を包含しつつあるのです。こういったナイーブとも受け止められがちな発言が堂々と語られるようになっていることに、すっかり衝撃を受けたのでした。

また別の機会には、ある年金基金の運用関係者が「欧州では誰も受託者責任を語らなくなっている。この問題を持ち出すのは今はアメリカと日本だけだ」とコメントしていました。欧州の年金基金ではESG投資は「やって当たり前」と言えるほどアセットオーナー(年金を支払っている市民)の社会的合意が取れていると解釈されているようです。多くのアセットオーナーは「武器の製造にかかわる企業には投資してほしくない」「選択肢があるなら社会的企業に投資する」ことを望んでいるという調査結果も発表されています。

「ESGを考慮するとリスクリターンが改善する」、だから「受託者責任に反しない」というロジックで語られてきた受託者責任。世界では議論のフェーズが変わってきているのを肌で感じることができました。

インパクト投資に関心が高いミレニアル世代

モルガン・スタンレーが設立したサステナビリティ投資研究機関の調査※6によると、ミレニアル世代の86%が「インパクト投資に関心がある」と回答しています。自分たちの資金を、目先の利益だけをみてネガティブな事業に投資してほしくないということ。私もミレニアル世代ですが、日本でも若者の意識が変わりつつあるのを感じます。

社会的投資推進財団(SIIF)を立上げてからこれまで、3名のインターンを受け入れましたが、全員が外資系コンサルティング会社や大手の金融機関に就職が内定した学生でした。にも関わらず、いつかはインパクト投資に関わりたいと希望を持っていました。社会的意義のある仕事をしたいという彼らのような若者が、これから日本の「アセットオーナー」になっていく。そうなるともう、短期的に儲かる企業への投資ではなく、より持続可能で幸せな社会の実現に貢献する企業に投資をしてほしいという「モラルコミットメント」はますます高まるのではないでしょうか。

経済活動全体がインパクト化していく

GSGでは最近、「インパクトエコノミー」という言葉がよく使われます。インパクト投資はあくまで金融システムの中で社会的な価値を持った企業に投資していくというお金の流れにフォーカスしていますが、「インパクトエコノミー」は経済活動全体がインパクト化していくということ。今回のGSGインパクトサミットには、これまで「インパクト投資業界」とは距離の遠かったタタ・グループやユニリーバのような社会的価値創出を標榜している大企業の参加もありました。インパクト投資の現場でも、確実に新しい潮流が生まれています。モラルコミットメントが包含された経済が当たり前になる日も遠くはない、と期待が膨らんでいる今日この頃です。

※ 写真は2018年10月8日~9日、インド・ニューデリーで行われたGSGインパクトサミット。アル・ゴア元米副大統領を始め世界各国からGSGネットワーク関係者が参加しました。

■用語解説■
※1 ESG投資
環境(environment)、社会(social)、企業統治(governance)に配慮している企業を重視・選別して行う投資

※2 アセットオーナー
年金基金など資産(アセット)を保有する者。個人投資家や機関投資家、公的年金の支払いをしている市民などもこれに含まれる

※3 従業員退職所得保障法(エリサ法)
米国で1974年に制定された連邦法。企業年金制度や福利厚生制度に関する規制について包括的に定めた法律

※4 国連責任投資原則(PRI)
2006年4月にアナン国連事務総長(当時)が提唱。機関投資家の意思決定プロセスにESG課題を受託者責任の範囲内で反映させるべきとしたガイドライン的な世界共通の原則。法的拘束力はないが、2000社を超える機関が署名している

※5 GSGインパクトサミット2018
GSGとはGlobal Social Impact Investment Steering Groupeの略。2013年のG8先進国首脳会議で設置された「社会的インパクト投資の促進」を国際的に推進していこうという枠組み。毎年、世界的規模でインパクト投資の発展を目指して開催されるフォーラム

※6 出典
https://www.morganstanley.com/pub/content/dam/msdotcom/ideas/sustainable-signals/pdf/Sustainable_Signals_Whitepaper.pdf