「新聞記者」を観た。

エンドマークが出たとき、思わず拍手してしまった。

この映画の感想としてよく言われていることだけど、本当によく作ったと思う。

自分は古い映画が好きなので、実際の事件を扱った「帝銀事件 死刑囚」(‘64)や「日本列島」(’65)、「日本の熱い日々 冤罪」(’81)といった熊井啓監督の作品も観ているが、現政権が関わっている、しかも現在進行中の事件を題材にした映画は、この日本では初めてのはずだ。

そして、そういうホットな「事実」を扱っているというだけでなく、サスペンスとしても一流の作品だと思う。

この映画で扱われているのは、まず「加計学園問題」。当時TBSワシントン支局長だった山口敬之による「伊藤詩織さんレイプ事件」(折しも現在、詩織さんを原告とする裁判が進行中)。そして、加計学園問題を暴いたひとりである、元・文部科学省官房総括審議官・前川喜平さんの「出会い系バー問題」。それぞれアレンジはされているものの、これらの事件があったことを知っている人、つまり日本に住む多くの人なら、「ああ、あれね」とわかるはずだ。

ざっくりいえば、それらの事件を、原作者である東京新聞の望月衣塑子さんをモデルとした新聞記者が取材し、記事にしていくという話だが、その主人公・吉岡エリカは、演じるシム・ウンギョンが韓国の女優ということで、望月さんのプロフィールとは変えられている。また、吉岡に関わる内閣情報調査室(内調)の官僚・杉原拓海(松坂桃李)は完全な創作のキャラクターだろう。

細かいストーリーについてはネタバレになるので控えるが、まずは制作者たちの勇気と知恵を讃えたい。そもそも、これらの事件は現在の安倍政権以外では起こり得なかった事件だ。政治家の汚職は昔から山ほどあるが、そのほとんどは政治家側が金銭的な利益を得るために行ったものである。対して、加計も山口も、安倍晋三首相やその妻・昭恵の親しい人間というだけで優遇され、犯罪をもみ消されている。安倍晋三には金銭的な利益は、少しはあるだろうが、法を犯してまで関わることではない。そこが、マスコミが追及し記事にしづらい要因の一つでもある。金絡みならば、追求する側も報道する側も世論を味方に付けやすいからだ。

この映画も、その部分をどうするかは苦労したと思う。結果、どうなったかは実際に観ていただくとして、それも十分に「ありえる」、リアリティのある筋書きとなっている。

リアリティということでは、吉岡エリカの新聞記者という仕事についても成功していると思う。実際に東京新聞社屋を借りて撮影したということもそうだが、吉岡が書いた記事を上司がチェックし、関係者の証言などもっとディティールを詰めてこいとダメ出しするやり方も、おそらく実際の作業に近いはずだ。

杉原のいる内調も、本当にああいう暗い部屋でスーツ着た官僚たちが黙々とネット工作しているかどうかはともかく、手口としてはおおむね、ああいうものだろう。劇中にも「ネットサポーターに指示しろ」というセリフがあったが、実際自民党には「自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC)」があり、TwitterなどのSNSで政権与党の意に沿わない組織や個人に対し、デマや中傷攻撃などのネット工作を展開していることはよく知られている(なので、杉原の上司である憎まれ役の人物も、「あれは世耕か、荻生田か、平井卓也か」と思いながら観ていた)。劇中で描かれている、伊藤詩織さんをモデルとした女性の人間関係を捏造してその相関図(チャート)をネットで拡散する、というのは、実際に詩織さんに対して行われていたそうで、そのことは、劇中、吉岡や杉原が見ている「ネット討論番組」のなかで、当事者である望月さん、前川さんたちが明らかにしている。

ただ、前川さんや元・経済産業省の古賀茂明さんが語っているところによれば、杉原のような「疑問を持つ」官僚に対するプレッシャーはもっともっと強いらしい。官僚の場合、出世しなければただの人。上司に歯向かえばもちろん出世はできないし、定年後の天下り先もない。家族も路頭に迷う。何よりも自分だけでなく組織を守るために行動せざるを得ないように仕向けられる。逆に、国税庁長官にまで昇りつめた佐川宣寿やノンキャリアからイタリア大使館の1等書記官に栄転した谷査恵子のように、政権を守った人間は優遇される。そして、歯向かった前川さんや古賀さんは、官僚を辞めてからもさまざまな攻撃を仕掛けられている。

劇中、内調の上司は杉原に言う。「この国の民主主義は、形だけでいいんだ」

実際の安倍政権の閣僚たちも、同じことを思っているだろう。

だからこそ、我々民衆は、常に政権を監視し、批判し、行動しなくてはいけない。

選挙で投票するのは、民主主義を「形だけ」のものにしないための、庶民の最大の武器なのだと思う。

それにしても、松坂桃李はよくこのオファーを引き受け、見事に演じきったと思う。

同じくオファーを受けたが断ったという宮﨑あおい、満島ひかり。本人が断ったのか事務所判断なのかはわからないが、出ていれば松坂桃李と同じく代表作の一本になったはずだ(どちらかといえば宮﨑あおいよりも満島ひかり向きだと思うが)

自分が観たのは土曜の初回、午前中だったが、満員だった。予約していなければ観られなかったと思う。

大ヒットしているのですぐには終わらないだろうが、安倍政権の圧力で早期に終了する可能性もある。

お早めに!

https://shimbunkisha.jp/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?