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自宅のリビング 本棚 悼む|三題噺

シャツ姿の男は、リビングでテレビを観ていた。

母親がアシスタントディレクターとしてテレビ局で働いているところを見た芸人のリアクションを、ひな壇芸人が観てコメントするバラエティ番組だ。
芸人は打ち合わせの相手が母親なのに気づくと、母ちゃんじゃん…とボソボソと喋るが突っ込むこともできず、かといって使われる側の芸人が母親だからとタメ口を聞くわけにもいかない。
「はい。そうですね、はい。ギャグですか?今こで?」
自身の母親の前で渾身のギャグを披露させられる。芸人は完全に滑ったが、ワイプでは笑いが起きている。

「ハハッ。気まずー」
男もビールを飲みながら、テレビを楽しんでいた。
一旦CMを挟んで、コーナーが切り替わる。男はジャケットとネクタイを仏間のハンガーにかけると、帰りに新しい缶ビールをとって定位置に戻った。

―――プシュ。

テレビの向こうに男の自宅のリビングが映った。
開けたばかりのビールを今まさにコップに移し替える男が、テレビに映っていた。
男の時間が止まる。今さっきまで他人の気まずい瞬間を笑ってた自分を思い出して、これも誰かに見られて笑われているのかと冷や汗が噴き出した。
平静を装いビールを注いだが、泡だらけだ。一応口をつけるが、さっきまであんなに進んでいたのが嘘のようにビールは全く減らなかった。アナウンサーが丁寧に実況し、ワイプの女が高い声で笑った。
男はテレビをじっと見つめながら、ブルブルと震える手でビールを置くと、本棚に隠されたカメラを掴んだ。投げつけようにもコードが絡まって上手くいかず、ブチブチとコードを引き抜いた。
テレビ画面はスタジオに戻り、笑いが起きていた。さっき騙されていた側の芸人が「壊したカメラの弁償とか、どうなるんですかね〜」と人の不幸を楽しんでいた。


男が呆然とテレビを見つめていると玄関のチャイムがなった。
「どうも。すみませんね…ああ、大丈夫ですよ。まだあれは放送はされてないんです。素人へのドッキリで生なんて、ありえないでしょう?スタジオの人間も仕掛け人です」
ディレクターと名乗る大男はドアが開くと同時にベラベラと話し始め、「カメラの弁償は大丈夫」なんていいながら不躾に家に上がりソファに深く座った。
男が口をモゴモゴとさせながらジッと大男を見つめているうちに、男の母親と思われる白髪混じりの女とカメラマンが家に入ってきた。

「なんねあんた怖い顔ばして…そんな怒っとるとね?妹の願いば叶えてあげられたとよ、喜ばんといかん」
母親は訛りの強い早口で喋ると、男の妹が番組に出した手紙を男に渡した。
手紙には、兄と一緒によく観ているバラエティ番組に出たいこと、自分が難病であること、出られるならどういうドッキリをしたいかが詳しく書いてあった。ドッキリの元の計画は妹も一緒にリビングで撮られ、妹が男にネタばらしをする流れだったようだ。
手紙は、幼い頃から兄には意地悪ばかりされているので、ひと泡ふかせてやりたいです。と締めくくられている。

カメラマンは手紙を読み涙を流す男を撮っているが、ディレクターの大男は「成功して良かったです。今も撮らせてもらってますけどね、放送するかしないかは、お兄さんに任せます。驚かせてすみません」とすぐに家を出ていった。

男はシャツで涙をぐっと拭うと、仏間の遺影に手を合わせた。母親が「この子は全然悼ませてくれんね」と男の背に声を掛けると
「あんま兄ちゃんば困らせるんじゃなか」と笑った。泣きそうな顔で笑った男の顔は、遺影の写真とそっくりだった。

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