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無料 短編ホラー小説『あなた』~山着~第五話・視霊



「煙幕」


 目覚めてすぐに焚火が目の前にあり、先ほどの体験とのフラッシュバックであなたは奇声を上げながら仰け反った。

「どうした?!大丈夫か?」
 突然のことで杜下が驚き、心配そうにこちらを見ている。

「あ”あ”・・・ずい”まぜ・・・」
 声がガラガラではっきりと喋れなくなっていた。喉にまだ熱を感じている。

「なんだか疲れているんだろう、今は休みなさい。僕が見ているから、安心して」

 喉や肺がまだ少し痛いような違和感がして唸らせながら、また現状、現実?を把握していく。
《そうだ、杜下に救出されて、洞窟で・・・松毬が・・・・・・》

 先ほどまで見てた轟々とした炎とは違い杜下が焚いた、ぱちぱちと軽快な音を発て揺らめく火を眺めながら、先ほどの親子のことを考えていた。家族や村などに疎外されても、逞しく、そして愛情を持って暮らしていたのに・・・・・・
 様々な経緯があり、色んな運命と宿命をもってあらゆる死を受け入れる。それが山というものかもしれない。しかし、父は・・・母を殺した?なんで?何のために?まさか、あれが生け贄、人身御供だというのだろうか・・・・・・

 そうだ。
 杜下に聞けばいいじゃないか。あなたはそう思った。

「・・・あ”あ”・・・・・・」
 声がまだうまく出せない。杜下はじっと火を見ている。長めの木の棒で火の中の燃えているものを突きながら火の調節をしていた。

 一旦、落ち着いて水を飲もうと思い背負っていたリュックを探すので自分の周辺を見渡した。すると、さっきの松毬があなたの傍に転がっていてビクつく。杜下がその反応を不思議そうに見ながら
「大丈夫かい?」
 そう言ってあなたの傍の松毬を拾い上げて火の中へ放り込んだ。その一連の所作、光景で思い出す。女郎屋敷のおじいさんが、終わったら”燃やせ”と言っていたことに。
 リュックを慌てて引き寄せ、中にあった松毬を探す。水よりも先に松毬の処分を優先したかった。リュックの底にあった”それ”を掴み、急ぎめに火へ投げ込む。
 ・・・今回は特に何も、場面が変わるような瞬間移動のような変異は起きなかった。

 燃え盛る”あなたの松毬”を眺めていると、同じように燃えている火の材料が目に入る。傘の部分、鱗片と呼ばれる小片がいくつもある物体が、そこには無数に燃えていた。あなたは急いで持っている水を飲んでから
「あ”の・・・ゴホン!あの、これは何を燃やしているの?」
 と、少し震えた声で聞いてみた。

「ああ、これは松ぼっくりだよ。乾燥して傘が開いているから、そこに空気が通ってよく燃えるんだよ?松ぼっくりは。この辺に沢山落ちとうたから、ちょうど良かったよ」

 あなたは困惑した。あの現象、様々な死を見せられ体験させられるのは自分だけなのか・・・そして、”まず”燃やしても大丈夫なのだろうか。そんな心配と、”自分は触っていない”という状況を不謹慎ながら少し安堵もしていた。

 またなにか起きるんじゃないかと気がきでないあなたは、ゆっくりと休憩することなどは出来なくなり、きょろきょろと周囲を見渡したり自分の手や服を確認して、顔や髪を触りながら「これは自分だ」ということを認識し続けていたかった。あんな死の体験はまっぴら御免です。


 風向きが変わったのか、火の煙があなたを襲い激しく咽る。

「ゴホッ!・・・ゲホッ!ゲホッ!・・・ゴホン!」
 煙で目が痛みながら、移動しても煙が追いかけてくる。

「ゲホッ!ゲホッ!・・・ゴホン!」
 咽ているのは自分だけではなかった。対角線上にいる杜下も煙りに撒かれて逃げ惑っている。

「ゴホンッ!ゴホッ!・・・」
「ゲホッ!ゴホゴホッ!・・・」

 すると煙に覆われ視界が不鮮明ながら、洞窟の入口の方から大勢の人がぞろぞろと入ってくるのが見えてくる。洞窟内が煙で覆われハッキリと顔などは見えないが、手にはスコップやピッケルのような掘削に必要そうなものばかりを持って洞窟の奥へとどんどんと進んでいく。

「誰だ!あんたたちは?!」
 杜下が叫んでいる。この大勢の炭坑夫風の人たちが見えているのは自分だけではないことに少し安心した。

 何人いるのだろうか。何十人、もしかすると百人ぐらいは居そうな人数で軍行のようにどんどん奥へと入っていく。その炭坑夫たちの何人かは杜下を気にせず、蹴とばすかのように歩いていくが杜下をすり抜けていき焚火の上も平然と歩いている。この時点で人間ではないことは明らかだった。

 軍行の列が途切れ、同時に煙も掃けていく。すると足元にはトロッコ用のレールが敷かれている風景が現れて、あなたは焦りあたふたする。しかし以前に見たことがあるように土や枯れ葉などに埋めれたりも錆びていたりもせず、光沢があり枕木に腐食も無い良好な状態だった。

 それを見てあなたは確信した眼差しで
「杜下さん!ここは?!・・・叔父さんが、バラバラに!!」

「???」

「ここは!来たことがあるんです。いや、やっぱりここが”そう”だったんです!ここで、じぶんは叔父さんの遺体を発見して、そして・・・・・・」
 あなたは叔父がバラバラになって死んでた付近を指差しながらも、その先には杜下が焚いた火が我関せずという風に燃え滾っていた。

「どうしたんだい?」

 あなたは混乱している。
「えっと・・・ここで、今はなぜか無いのですが、ここで叔父さんの遺体を発見したんです。そのことを報告もしようと思い下山しようとして、いつのまにか・・・・・・」

 考え事をしているあなたを見つめながら
「落ち着こう、とりあえず、これは何なんだ?急にここは・・・さっきの洞窟のようだけど、なんだか違う。足元にこんなレールや、ほら、あそこ。あんなところに・・・これは、石炭?や、鉄鉱石のような石が積まれている。スコップなども・・・さっきまでこんなのは無かったはずだが・・・・・・」

「ああ、えぇっと・・・じぶんも何度もこのような体験をされられているんです。ここに来て何度も・・・・・・とりあえず、彼らの後を追いましょう」

 杜下は何がなんだか分からない顔をし、あなたの前を懐中電灯で照らしながら奥へと向かいました。


「護霊」


「・・・・・・で、ど、どうなっているんだ?」

「・・・じぶんにも具体的なことは分かりません。言えることはこの山の松毬松ぼっくりに触ると、色んな死を見せられるんです。恐らく今回も・・・でも、今回は少し違います。二人で体験することも初めてですし、今までは主観視点で見せられてきました。今回はお互い認識の俯瞰視点という違いもあります。触れたのではなく松ぼっくりを”燃やした”からでしょうか・・・・・・」

「・・・ちょっと何を言っているのかが分からないんやけど、要するにこれが君たちの言う”神隠し”という体験なのかい?それを今は君と共有し、僕にも起きているということかな」

「神隠し・・・という、今までは意識を失い気がつけば別の現実世界、という展開でしたが・・・もしかすると、意識の覚醒下ではこうなのかもしれません」

「・・・まぁ、君にもよくは分からないってことだね。では、あまり深くは考えないでおこう。僕はなんとなくだが引き返して逃げるべきだと思うんだけど・・・進むんだね?」

「・・・はい。今までの経験上、だれかの死を体験すると”元の世界”へ帰れます」

「そうか・・・・・・」

「・・・あの、杜下さん。聞きたいことがあります」

「なんですか?」

 あなたは固唾をのみ込みながら言い出しました。
「じぶんの父と母はここで、この山で死んだんですね・・・・・・」

「・・・まさか・・・・・・」

「さっき言った、ここでの死の体験。それで見たんです。父が、恐らく母の首を刎ねて、そして自分も・・・・・・」

「・・・・・・」

「なにがあったんですか?杜下さんなら、ここで起こったこと何か知っているんじゃないんですか?!」

「・・・・・・分かった。疑念や不信、そんな中途半端な状態では逆に良くないイメージを持ってしまうかもしれんしね。でも、僕も詳しいことは知らないんだ・・・・・・」

「今まで毎回、良くない事が起こる度に母や父の気配を感じてきました。まさか、この事件や出来事なんかも・・・・・・」

「いや、それは絶対に違う!・・・すまない、僕も詳しいことや細かい事情は聞かなかったんだ。ただ、何かに凄く怯えていた・・・そう、ここに来たときの君のようにね。色々とご夫婦で問題を抱えていて、最後には”君の為”にも必要だと言われて、例の僧侶たちが眠っているとされている石塚、石碑がある場所を案内したんだ。それが・・・本当に申し訳ない。あんなことになるなんて・・・・・・これで君は自由になれる。そう言っていたご両親が命がけでしたことで、また君をこんなことに巻き込むわけがないし、僕も君にはここのこと全てを忘れて欲しかったんだ。だから・・・・・・」

「物心が付いてすぐ・・・ぐらいに、じぶんが幼かった時なので殆ど実の両親の記憶はありません。父方の親戚にその後、引き取られてからは育ての親こそが本当の親だと今でも想っています。だから、もしそうだとしても、杜下さんを恨むようなことはしません。ただじぶんは知って納得がしたいだけなんです。実の父母が悪い人だったとしても、だからじぶんを置き去りにできるような親だったんだと納得するだけです。ただ何某らの意味があり、正しかったんだという理想はもちろんありますが、今では過去に縛られるということはここで死んでいった人たちのようになってしまう。そんな気がしています・・・・・・」

「そうか・・・偉いな、きみは」

「ここに来て何度も、父と母の匂いがするんです。そんな匂いでちょっとした場面なんかも思い出し、そして寂しかったことや悲しかったことといった曖昧なことは思い出して、なんとなくは覚えています。そんな感覚と感情だけの想い出ですが、出来れば良い想い出としてなればいいと願望・・・希望はありますよ」

 洞窟を進むと、分岐が現れた。あなたはなんとなく右を選ぶ。

「そうだね・・・今から話すのは僕の想定、もしかしてという感想なんだけど・・・・・・我々、この村の住人が君のような異変に合わないのはなぜか、という疑問について、僕はずっと考えてきちょったんだ。もしかすると・・・僕たちのご先祖が各々、ずっと個々を『背後霊』のように守ってくれているからなんじゃないかと感じるんだ。外部からやってくる被害者の管理をしてきて、多くの異変報告を目に耳にしてきたけど、なおさら、僕たちがこんなにも何も無いなんてのも変だとずっと思ってきた。もちろん、僕らは無暗やたらにこの禁足地に入らないようにしてきたんだけどね。しかしそんな中、なぜか君とご両親、とくに君のお母様はその、いわゆる守護霊といった『もの』が突如と居なくなった。ご両親と話を聞いたり、相談を受けたりしてるうちにそんな気がしてきとってね。だから君が、その何らかの異変に見舞われていると聞いて驚いたんよ。なぜなら・・・恐らく、君のご両親は”自ら死んで自分達が君の守護霊”になろうとしていた・・・あ、これも、僕は何も聞いてはいなかった。聞いていたらもちろん止めたさ。そんなことができるのかどうかも分からないんやしね。・・・君のお母様も、君と同じく何かを見て、感じて、そう決断したんじゃあないかな。僕らには分からない、体験をしたものなら確信が持てるような、なにかがあるんじゃないかな」

「・・・・・・」

「死後の因縁や関連までは、誰も解らない。どのようなことわりで成り立っているかなんてのは死んでみないと分からないけど、僕の言うこの『背後霊』『守護霊』ってのがあったとしてだよ、その力関係があるのかもしれない。だからもしかして、君が”何度も助かった”のは、ご両親のおかげなのかもしれないよ」

「・・・なるほど」

「まぁ、分からないことは今は考えないでおこう。行動ができなくなってしまうけんね。僕がずっと研究、というかただの考察レベルなんだけど、考え抜いてきたことに当てはめるのなら、そういうことなんじゃないかという個人的な感想だよ」

「『守護霊』・・・か。ありがとうございます・・・・・・」

「あ、気休めだとかそんなんじゃないからね?本当にそう思うんだ。とにかく、ずっと内緒にしてきて本当に申し訳ない。僕なりにご両親の意向を汲んだつもりだったんだ・・・事故死ということにしたのも僕だし、君にはとにかくこの村の因縁や、特にご両親については何も知らない方がいいかと思ったんだ」

 暗くてよく確認できなかったが、杜下が鼻をすする音が聞こえた。

「いえ、本当にありがとうございます。杜下さんのお心遣いに両親も感謝していると思います」

「そうだといいんだが・・・・・・」

 また道が分岐されていて、今度は三方向に分かれている。杜下が言うには分岐が今後も多くなることを見越し、先ずはずっと右を選んで進もうと提案してきた。帰れなくなるようなことがあってはならないためだ。



「杜下さんは、うちの母との面識はあったんですか?」

「ああ、もちろんさ。昔は君の叔父さんよりも親密に・・・仲良くさせてもらっていたよ。だからこそ、我が家の禁止事項すらも破ってご両親をあそこへ入るように手配したのさ。その後、親父にとことん叱られたけどね。しかし、僕も君のご両親も後悔はないよ・・・君がこんなにも大きく育ってくれたんだから」

 またあなたには見えないが、杜下はあなたを我が子のような眼差しで少しだけ見ていただろう。前方を照らすライトが進行方向をしっかりと向けられていなかったのです。


 すると、突き当りまで到着し、そこでは何人かの炭坑夫が洞窟を掘り進めている影のようなものが見えてきた。
 影は各々、ピッケルで壁を砕いていくものたち。砕かれた岩などをスコップで拾い集めるものたち。七人ほどがそこで作業をしていて、何人かの頭にはヘッドライト付きのヘルメットがあり、そこだけは明るかった。他数人は手押し車であなたと杜下の間を行き来し無駄な土砂を掃けていっている。

 あなたの身体をまたすり抜けながら、ひたすら作業をしているのであきらかに実在する『もの』ではなかったが、杜下もあなたもこの影たちに恐怖は無かった。淡々とした機械のように無駄なく流れる作業を眺めていた。

 すると、影がおろおろと慌てふためき、全員がこちらを見ているようだった。二人も後ろを振り向くと地震のような振動の後、上部から大量の石や砂利が降ってきてあなたたちと影たち十人ほどが洞窟深部で閉じ込められてしまった。影たちが持っている道具で背後の土砂を掘削していくが、掘っても掘っても上から新たな土砂や石が降ってくるばかり。

 同じ作業が繰り返されるが、やがて全員、息が苦しくなってくる。あなたと杜下もなぜか同じく息苦しい。この空間の空気が少なくなってきたのだ。呼吸が激しくなり頭痛と吐き気がしてくる。眩暈と共に、次々と影や杜下が倒れ、やがてあなたも意識を失った。


「成長」


 気が付くとあなたと杜下は二人で洞窟の入口付近、焚火の傍にいた。元に戻ったかと一瞬思ったが、あなたの手にレールの冷たい感触が伝わりその考えを改めさせられた。杜下も目覚めて同じ感想を言ってきた。
「これは・・・戻ったのか?!」

「いや、どうやら違うみたいです」
 そう言って足元のレールを指さす。杜下はそれを確認すると同時に嗚咽とともに吐き出した。

「・・・最悪の気分だ。君は・・・こんな体験を何度もしてきたのか?」

「まぁ、そうです。これで四度目?ともなると、慣れてくるもんですね」

「・・・僕はもう二度とごめんだよ。逃げよう。もう奥へ行くなんて言うなよ」

 そう言って杜下は洞窟の外へと走り出す。あなたも後に続く。するとライトの光では届かない木々の闇から
 
ガサガサガサッ!・・・キィキィキィ・・・バキバキッ!

 と、あきらかに何かがいるとアピールするかのように、けたたましく草木をかき分けて何かがやってくる。杜下がその方向をライトで照らすと、あなたには少し見覚えがある姿が現れた。そこには大分と大きく成長した、目が四つあり手が三本の異形の子が腰を曲げながら手を広げ雄たけびを上げている。

「キィィィィィィ!シャァーーー!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!」
 杜下は腰を抜かすかのように尻もちをつきながら、怯えた声と表情にて四つん這いでこちらへと帰ってくる。あなたは杜下の反応とは真逆の感情でその異形の子を見上げていた。二メートルは越えるほどに大きく、身体はまるでゴリラかのように筋肉質で逞しかった。一度、母親の母性と愛情を共有し記憶では短時間だったが、感性は何年も共に暮らしたかのようにあなたは成長した我が子を眺めて心は高揚していたのだった。

 そのあなたの姿を戻ってきた杜下が気づき
「何をしているんだ?!」
 と言ってあなたの手を引いて洞窟内へと戻り、焚火の松明をもって異形の子へと火を向けて威嚇をしている。子は動物のように火を怖がり、杜下に追い立てられるかのようにまた闇へと消えていった。


 ボーっとしているあなたの元への帰ってきた杜下があなたの肩を揺さぶり
「おい!どうしたんだ!」
 その声であなたは正気を戻しました。

「なんなんだあの化け物は!くそっ!!」
 杜下はこの場所から逃げ出せない状況で悔しそうにしながら松明を離さないでいる。

「・・・あれも、見ました。見たんです。杜下さん。可愛そうな親子だった・・・無事に大きく育って・・・良かった」

 あなたが実際に見ていた母子の姿や村人たちは、大昔、江戸時代などの着物や出で立ちであり、現代にまであの子が生きている訳はありません。しかし、あなたにはあの時の子のように見えたのです。

「なにを言っているんだ?これじゃ帰れないじゃあないか!」

「まぁ、杜下さん。奥へと進みましょう。きっと、まだ居るんですよ。死んだ人たちが・・・・・・」

 そういってあなたはふらふらと洞窟内へと歩き出します。杜下は異形の子から逃げるように奥へとあなたの後を付けてきました。



 今度は入ってすぐの分岐点で左の道を選び進みました。その先に更なる分岐は無く、長く掘り進められた穴が続き、だんだんと下へとその穴は下り坂で進んでいる。

 深部まで到着するとまた、多くの影が掘削作業をしていました。

 今度は到着するや否やすぐにバタバタと影が倒れていく。凄い勢いで影が順番に倒れ、あなたの目の前の炭坑夫が倒れ、次にあなたもふっと意識を失いました。



「裸人」


 再度、気が付いた場所は洞窟の入口ではなく別の炭坑深部でした。鼻の奥で異質な臭いが残っていて杜下のあなたの二人はその場で嘔吐した。今までに嗅いだことのない臭いで、なにか科学的な臭い、例えばシンナーや硫黄といったガスのような残り香です。先ほどの炭坑では地に埋まり閉じ困ったガスを発掘しそれを吸ってみんな即死していったようでした。

 影たちはまたひたすらに掘り続けている。今度の深部は少し開けた場所でした。入り口からのレールはこの場所に繋がっていて、トロッコもここに設置されていた。その穴の高さは十数メートルほどあり、更に裂け目が多くその先は見えないほど深い。広さは小さめのグラウンド程にあり、この穴では何十人と多めの人員を導入して掘削をまた手作業で行っているようだった。一度、掘り出された鉱物が山になっていてトロッコで乗せているものまでいる。

「そうか・・・ここは、そういうことか・・・・・・」
 杜下がなんだか納得した風に言い出した。

「僕ら村のものは例の石碑の部分を担当していた。他の箇所は役所、警察、が監視していてここはそのうちの一つなんだ。この山にこういった炭坑があったという話は聞いていたよ。しかしそこはそのどちらかが担当していて、当然のように他の者にとっては禁足地なんで現在なにがあるかは僕も知らなかった。僕が聞いているのはこの炭坑部分と僕の石碑、そして君が最初に神隠しにあったという墓地側と三か所に分かれているんだ。あ、いや、山頂部分にも管轄があるから正確には四か所か。その炭坑が、まさかここってことなのかも?」

「その可能性がありますね。じぶんは恐らく、その現在の炭坑跡地にて叔父さんの遺体を見つけたんです。そしてここは・・・・・・」

「ここは・・・その昔、当時の風景を見せられている、という訳かい?ははっ・・・誰が、何のために?」

「今はまだ分かりません・・・もう少し、ここの話を知っているなら教えてください」

「ええっと・・・確か第一次世界大戦中、日本は戦火、激戦地区では無かったために多くの物資を同盟国に売っていたんだ。その時に必要だったのが鉄や鉛、錫といった炭鉱物さ。武器や火薬の材料とかだろうね。その後に先進国へと大いに発展していくきっかけだったと言ってもいい。そのように世界は戦争をどこかがしてくれて、その援助という名目で商売をする。そこがその後の繁栄と勝者となる。そんな歴史が日本だけでなく各国で続いているだろう?その時に多くの外国人捕虜や生活に困窮している人たちを集めて様々な鉱物を掘らしていた。その時の炭坑がここだとは聞いているが・・・僕が聞いているのはそこまでさ。まさか、ここで・・・・・・」

 杜下の話を聞いていると、突然、この広い空洞で各所に明かりとしていた松明を入れたかがり火を、一人の影が倒してしまいそこから火がどんどんと石炭へと燃え移っていきました。大勢の影が火の鎮火に勤しんでいて、火の広がりと消火活動は徐々に火が優勢となっていく。一時間ほど格闘が続き、影たちはリレー形式のようにどこからか水を汲んでは運んでを繰り返し鎮火作業を必死に行っている。すると

ドカンッ!ドカンッ!

 と二回連続で爆発音と共に地鳴りが響くと、レールが続いている穴の出入口から大量の水が押し寄せてきた。影たちはその水から逃げるように何人も逃げては押し流され、数人かが激流に呑まれ溺れていく。燃え滾っていた石炭は大量の煙と共に一斉に鎮火はしたものの、水が来ない穴の上部へと逃げ伸びた何十人という影はこの穴に閉じ込められた結果となった。

「これは・・・この山の資源が全て燃え尽きる前に、どこかの水脈へ続く水源を爆破したな。まだ作業員が残っていることも知った上で・・・・・・」

「最低ですね・・・・・・」

 残された影たちは大きな岩の上や積み上げた砂利山のてっ辺へ、浮いた大木に捕まっていたりとバラバラにされどうしたものかとうろうろとしている。


 一定時間を経過するが、ここは最初に生き埋めになったグループのように窒息はしなかった。石炭があんなにも燃えたにも関わらず苦しくならないのは広い空間だからだけではなく、上部のひび割れ部分がどこか外部へと繋がっていて空気の出入りが出来ていることになる。影たちは肩を寄せ合いながら外からの助けを待つしかなかった。

 松明も何もかも水で消され、洞窟内部はどんどんと寒くなってきた。あなたも杜下もガタガタと震えだす。この世界ではどうやら真冬で極寒の時期みたく、影たちも首を縮めて寒そうにしている。上部から冷たい空気が入ってきて、濡れた炭坑夫たちは一夜で命に関わりそうだった。

 あなた自身も寒さで意識が朦朧としてきた。酷寒で眠くなるというのを実感しながら、事の行く先を眺めていると影たちは突然、服を脱ぎだした。なぜそんなことをしているのか一瞬だけ分からなかったが、あなたはすぐに分かった。あなたもどんどんと今度は身体が熱くなっていく。手足などの末端は凍傷状態で感覚はなかったが、細胞や毛細血管の体液が凍り付き、外気よりも冷たくなると身体の内側からは体感温度として熱くなりすぎ、影たちと同じく服を脱ぎたくなってくるほどだった。雪山の遭難者が凍死する場合、全裸に近い姿で発見されるのもそういうことかということまで身をもって理解した。

 そうして、眠る様に意識が遠のいていった・・・・・・




 次にはまた炭坑夫たちの影が『溺れ死』に、そして次は『身が焼け焦げて』いく臭いを感じ、『生き埋』まり、発破掘削の『爆発』に巻き込まれ、『窒息』し、地中から噴出した『ガスで中毒死』、下半身が『大岩の下敷き』になり骨が軋み砕けていく痛みで死んでいく・・・・・・


「おいで」「お出で」「御いで」「御出」「御出」「御出」・・・・・・


 無数の様々な声があなたを死へと呼ぶ。繰り返される死の恐怖と痛みを、もう何度も味わってきた。精神疲労がもう限界を越えている。
 炭坑夫同士のもめ事があったのだろう、大柄の炭坑夫の影にスコップで顔面を殴られ、死にゆく影の意識を共有している最中、あなたの飛び出した目玉がここでは異物である松毬を見つける。必死に手を伸ばし、さっきまでは恐怖でしかない松毬が今では一つの希望になっている。今のこの無限とも思える死と痛みの連鎖から逃れられるのならと思い、最後の気力を振り絞って松毬を掌から血が滴るほどに握りしめた。


「鬼神」


 場面は野外。どうやら炭坑の地獄からは逃れられたようだった。が、今あなたの手元には長い槍を持っていた。周囲を見渡すとそこは戦場。現状を把握するや否や、あなたは血の気が引いた。
 ここではまた何十人、いや何千人という死者が誕生するのだろうか・・・・・・

 しかし、場所は山ではなく平原での合戦である。これはどうなるのだろうか。あなたは不安になりながら行く末を見守る。敵も味方も分からないまま、この男は槍を人に突き立てるわけもなく、ただの威嚇にそれを使っていた。

 突然、一人で森へと走り逃亡を図った。敵か味方か分らない者が一人あなたの後を追いかけてくる。農民なども戦に駆り出されているようで本当に見分けがつかず、とにかく勢いよく振り返り追ってくる者の腹部に槍を突き刺した。
 相手は素手で武器といった獲物は持っていなく、同じように逃げ出した自分と同じ動機の人のようでした。あなたは矛先から人間の臓器の感触を味わい、恐れ慄き、怯え、槍を突き刺したままに手放して、見捨て、また逃げ出していった。



 ひたすら走り、歩き、山を二つほど越えて小さな集落を見つけるも村には入って行かなかった。敵前逃亡をした者の行く末も理解しているようで、敵だけではなく味方ですら安全ではない。自分の里に戻りでもすれば女房と子供も共々、処罰、結果的に「村八分」となり必然的な処刑へとなるしかない。この男は目前の村を後にしてそのまま次の山に向かっていった。


 その道中、ひとりの女とあなたは出会った。岩を切り崩したような祭壇に寝かされて、数々の果物や作物と一緒に並べられている。男は眠っている女などは目もくれず、がっつくように食べ物に襲い掛かり次々と平らげる。男はもう三日間なにも食べていなかった。

 女が目覚め気が付き、あなたを見ては怯えてる。まるで化け物でも見るような目だ。
 すると後ろで何らかの気配がして男が振り返ると、そこには”本物の化け物”がいた。大きな猿のような、猪のような、しかし二本足で立っていて下顎から大きな牙が生え、まさに鬼という印象の化け物でした。あなたは咄嗟に持っていた果物を投げると、たまたま鬼の目に当たり化け物は怯んだ。その瞬間を逃さずに草木に身を隠した。

 女も後方へと逃げていった。

 どうやらここも人身御供の習慣がある山のようで、運が良かったのか悪かったのか、その場面に出合したようだった。

 鬼は祭壇の僅かに残された食物を手に付け、直ぐにどこかへと消えていった。



 川の上流にて澄んで綺麗な水流から、喉がカラカラだったあなたは水分補給をしていた。するとそこで先ほどの人身御供の女と出会った。なにやら会話をし、行動を共にすることに決めたようだ。
 二人でこの川と山の資源を使い、何とか慎ましく暮らしてく・・・・・・




 二人の間に子も授かり幸せな暮らしをしていると、ある日、村人らしき人物に見つかってしまう。直ぐさま何人かの村人がぞろぞろとやってきてあなたと問答をしていると、一人の村人が弓矢を射ってきた。それを契機に

「その女はにえとして捧げられた!なぜ?生きている?!」

「村が襲われた!鬼に何人も殺された!お前たちのせいだ!!」

「三人ともを捧げるしかない!!」

 口々に野次と矢が飛んでくる中、三人は山を登り逃げていく。



 男は猪を捕まえるために掘っていた穴に二人を匿い、自分はわざと村人たちに見つかるようにして山を登り切り、そして反対側へと降りて行く。男の心は家族への愛に満ち溢れている。

 山の中腹、ほぼ下山に近い逃亡道中に大きな洞窟があったのでそこで休もうとした。足に一本、背中には二本の矢が刺さっており、逃げ惑うのにも限界がきたのであった。

 あなたにはもうこの洞窟が例の炭坑の洞窟と同じだと、すぐに分かるほど見てきたので気が付いた。元々自然にできていた洞窟をあの炭坑夫たちは更に掘り進めたのだということもこのときに理解した。


 男が洞窟の少し奥で休んでこの後どうしようか考えていると、奥から異臭がしてきた。間違いなく何かがいる雰囲気を感じ取っている。男は奥を警戒しながらゆっくり、静かに後ずさりし出口へと向かう。

 洞窟の奥ばかりを警戒していて背後の外へは無関心だったために、一人の村人に見つかり後ろから羽交い絞めにされ捕まった。背中の矢が後ろの男の身体に当たり激痛の中、抵抗して暴れていると洞窟の奥からその何かの姿を現した。

 そこに現れたのは生け贄の祭壇で現れたあの『鬼』だった。この洞窟は鬼の住処のようで、目が合ったあなたと後ろで羽交い絞めにしていた村人は唖然とした。昼間に見る鬼の姿は圧巻で、目が血走り下あごの牙がむき出し、体長はあなたの何倍も大きく毛深い身体は熊や牛のように奥の筋肉の隆起をさらに感じさせる。

牛頭鬼・・・・・・》
 この男の声が頭の中でそう呼んだ。

 二人は鬼の両手に片方ずつ、あなた達の首根っこをまるで猫を掴むかのように捉え、あなたを先ず見つめた。鼻息が顔に吹きかけられ血肉の臭いが立ち込めて全身の血の気が引いた。こいつは間違いなく人間を食っていてじぶんは今から食われるんだと死を覚悟した。

 傷だらけのあなたはいつでも殺して食えると判断したのだろう、あなたは洞窟の奥へと放り投げられて吹っ飛ぶ。地面への衝突で、その拍子に背中の矢が深部まで食い込み肺まで到達したのだろう、口から血を勢いよく噴出した。

 洞窟の出口、鬼たちの方を見ると逆光で見える大きな鬼の影と、それと比較すると子供のように小さな村人の影を鬼は両手で軽々と掴み上げ、頭を鷲掴みにし
「たすけてくれぇ!お願いだ・・・あ”っ!・・・・・・」

 猟師が簡単に魚を締めるように、狩人が鳥を簡単に屠殺するように、村人の息の根を一瞬で仕留め四肢と胴、頭を素手で八つ裂きにし洞窟の壁に立てかけていく。まるで血抜きをしているようにドクドクと血が滴り、一瞬で血だまりが出来て行く。

 するとあなたの背後、洞窟の奥から三人の子供が無残となった村人の胴体へと、血の臭いを求めるかのようにあなたを追い越し掛けていく。その子たちは三者三様、異形の姿、形は様々だった。

「おいで」「おいで」「おいで」「おいで」・・・・・・

 両手を前に出し、まるで子供が母親に抱きしめられに来るように、すぐさまあなたも鬼達に捕まり首の骨がひしゃげる音が内部から耳にけたたましく響く。身体は一切動かなくなり視覚、聴覚などは残り、鬼も獣たちと同じく獲物の腹と内臓から先に鬼たちに食われていく。自分の姿を見下ろしながら、血が脳へと徐々に廻らなくなってくるように、意識も徐々に”亡くなった”。


「視霊」


 次に気が付くとあなたは歩いていた。普通の山道だ。自分の意思ではない動きなので、また誰かの中の意識で見せられている。

 うんざりした気持ちでひたすら眺めさせられている。目を瞑ろうとしてもそれすらあなたの意思ではできず、また新たなこの男に”瞬きすら”全てを委ねられていく。
 何かを、誰かを探しているように草木をかき分け、岩や倒木の裏を散策している様子だった。


 すると、生い茂った雑草で視界が手前しか見えず、奥が一メートルもない崖と斜面になっているのにこの男は気が付かず、右足を踏み込んでしまい体幹がズレて大きく右前方へと転倒していく。

 何度も人の死を見て体験してきたあなただからこそ分かることがある。この男もこの瞬間に死んだということを。運悪く坂で転げ落ちていきながら途中の岩に頭を強く打ち付けた。頭部は裂傷するほどではなく外傷もないので血も出ていない。しかし脳の内部では出血をしていて頭蓋内出血による、今までに比べて今回は”比較的に簡単な死”のようだったので、あなたは内心ホッとした。

 うすれゆく意識の中、坂道で転がり続け最終地点では頭が下に、身体が上の状態で倒れているのでこの男の身体が少し見える。今まで妊婦のお腹が見えてきたように、先ほど首の関節が外されて腹と内臓が鬼たちに食われ死んでいったように、紺色で薄手のガウンジャケット、ジーパン姿が今じぶんの目下に見えている。
 これは、この身体は先ほどの杜下の服装と全く同じだということに気が付いた。

《そうか。杜下さんも死んでいたんだ・・・・・・》

 可哀そうな気分になりながら意識が消える。その間際、杜下があなたのことを心配している感情だけが心に通じた・・・・・・


 最後に。

 あなたは今までの『もの』たちの背後に立っていく。

 『敵前逃亡した侍の子の背後に、侍の男として』
 『祭壇に立たされ、生け贄となっていく者たちの背後に、様々な想いで』
 『異形の子の背後に、母親として』
 『あなた自身の背後に、母親と父親として』

 そして・・・・・・

 あなたの目の前には叔母とその子供たちが住む家がある。

 甥と姪がかわいい寝顔で眠っている。

 叔母は疲れた表情で洗い物をしている。その、後ろ姿が見える。

 これからあなたがやるべきこととは、決して億劫がってはいけないことだった。やるべきこととは平凡で同じことの繰り返しだ。しかし、見守るということを止めてしまうと、今度はまたこの人たちが”御呼ばれ”されてしまうのだから・・・・・・・


 あなたはこれで満足していた。叔父の変わりにじぶんが、今度はこの子たちを守っていく番だった。使命ができてなんだか喜んだ。なにも無い流れるがままの敷かれたレールにトロッコで乗っていくような、空虚な弱者ではなく列記とした目的ができた。叔母にも誰にでも罪悪感を抱かずに真っ当に顔向けができる。

 父と母がどうやってじぶんを守ってくれてきたのか、それらも今やっと実感をした。あの時、父と母も”使命を全うした”んだ。バスに乗って、あれが成仏というものだろうか。きっとあなたにはそういったビジョンだったのだと思われる。最後に”落ち着け”と言うためにあそこで出てきてくれたのだろう。

《ありがとう・・・・・・》



 この世界ではあなたの周辺に多くの『もの』の気配がします。同じような『もの』となったあなたには、今までよりも明確に、実態感の存在として。
 異形のものたち。異国のものたち。悔やまれ死んでいった兵士や農民。捨てられていった年寄りや子供たち。捧げられ食われたものたちや、自死を選ぶものたち。そして多くの炭鉱夫たち、などなど・・・・・・

 あなた自身の|所縁《ゆかり》も感じました。あなたはどうやらあの戦の時に逃げ出し、この山で生け贄となった女性との間に生まれた子の子孫であり、生まれ変わりのような『もの』のようですね。

御出おいで

 食い損ねた『もの』たちの思念のような因縁が、ずっと憑きまとっていたのだろう。多くの餓死者を引き連れて・・・・・・
 この故郷に居てる間に、どんどんと様々な『怨』所縁ゆかりを蓄積し集めてしまっていた。

 父と母は、だからあなたをこの地から遠ざけてくれた。
 あなたは『貢ぎ”もの”』だったはずの血と肉。因果が紡ぎ、繋がるはずがなかった子種。
 その他、多くの”捧げられてきた”『もの』達からも僻み、嫉み、そして恨まれてきた血筋だった。

 《ごめんね・・・・・・》

 父と母の努力や想いを無駄にしてしまったかもしれない。でも、あなたはこれがいいと、心の中で両親へ手向けた。父と母の運命を辿り、やっと一緒になれた気がする。同じ宿命を受けて最後まで全うすれば、いつかきっと・・・・・・
 幼き頃のように、バスを追いかけたように、置いていかれるだけじゃなく今はゴールが見えてきた気がする。同じバスに、あの赤いバスに乗って行けば・・・・・・



 しかし、あなたは『視霊』となってもまだ「視線」を感じています。周囲の『物の怪』たちや「嫉みの視線」ではありません。温かく好意の眼差しです。あなたはまだ見守られています。これからもずっと。


 『あなた』が”これ”を開き、読んでく度に・・・・・・


~山着~ END



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