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月桂冠の魔法少女 #2 淡い記憶の続き continuatio de tenui memoria (前編)

注意点

・以下に登場する人名、地名、団体などは実在のものと一切関係がありません。
・作者の経験不足により、魔法少女よりも特撮のノリになる恐れがあります。
・歴史上の人物をモチーフにしたようなキャラクターが出てきますが、独自解釈や作者の意図などで性格が歪められている可能性があります。

前回までのあらすじ

 日々を無感情に過ごしていた少年、阿具里晴人(あぐりはると)は突如として暴漢に襲われた。そこに現れたのは月桂冠をつけた魔法少女、オクタウィアナ。彼女は晴人の記憶の中の恩人、ユリハラ・カエサと似ているような、似ていないような。
 カエサさんとの約束を果たそうとした晴人は暴漢に襲われ、目が覚めた彼は気力をすべて失っていた。再び件の少女と出会い、妙薬によって気力を回復した彼のもとに、かつての友人、カズヤがやってくる。彼はあの暴漢と同じように、黒いオーラをまとっていた。天使の翼をはばたかせたウィアナにかかえられ、街の上空を駆け抜け、晴人は旧友から逃げる。
 そんなところで第二話! スタート!

#2 淡い記憶の続き continuatio de tenui memoria (前編)

 前回の続きの一日前、晴人が暴漢に襲われた日のこと。

 「シャッター街」と揶揄される割には活気の残る商店街、リゲル通り。そんな通りも、少し外れれば、軒を連ねる店の明かりとは対照的な、薄暗い路地裏に続く。そんな夜のこと。
「俺たちと遊ぼうぜー、姉ちゃん。」
「ヤベェです!小川さん、パネェです!」
制服らしきものを着ているので、どこかの学生だろうか。ブレザーを着たガタイの良い男と、学ランを着た小柄な男が二人、一人の女に押しかけている。
「あなたは…、私の王になってくれる人?」
黒いヴェールの向こう側、女はガタイのいい方を見上げる。
「商〇女風情が、俺に訊くんじゃねぇ!」
黒いドレスに、後ろで団子にまとめた長髪。そういう仕事をしているように見えなくもない。
その女の大きめな胸を男は乱暴につかんだ。
「マジパネェです!小川さん!」
「・・・。」
二人の興奮をよそに、女は声一つ出さない。
「はぁー…。女を惚れさせる言葉の一つも持たないのね。」
「何だとぉ――!」
「こいつ生意気ですよ!やっちまいましょうです!」
大柄な男が拳を振り上げる。
「ウフッ。かわいい猫ちゃん。」
「・・・、へ?」
小柄な男はすぐに異変に気が付いた。小川、という男の動きが止まったのだ。
「動け…ない」
二人とも、何が起こったのかわからない。
バタッ
「お、小川さん!」
「大鳥、お前だけでも、逃げろ…。」
「・・・お、小川さんに、何をしたんですか!」
女の方を向き、得体のしれない恐怖を振り切り、叫ぶ。
「フフ。女はミステリアスな方が光るものよ。」
「こ、答えになってないです!」
「…美しいバラにはトゲがある、もっと美しい女には、毒がある、ただそれだけのことよ。」
女は笑みを浮かべ、しゃがんで大鳥に顔を近づける。
「弱い犬ほどよく吠える、と言うけれど、あなたの匹夫の勇、気に入ったわ。名前は何て言うの?」
「お、大鳥、雄舞(ゆうま)…です。」
「ユウマ…、男らしい名前ね。私はナナ。」
ナナと名乗る女は、大鳥のあごを引き寄せる。ヴェールが雄舞の顔をこする。
「ねぇ、私の犬にならない…?かわいいワンちゃん…♡」
チュッ
「んんっ…」
男子しかいない学校に通っている雄舞には刺激が強すぎる。だけど…
「許さないです…。」
「あら?」
ナナをにらみつける。
「小川さんをこんなにして、俺は許さないです!」
ハァ、ハァ、興奮に息を切らす。
「まぁ、それは悪いことをしたわね。」
ナナは立ち上がり、倒れたままの大男の前に立つ。
「俺を、どうするんだ…」
「あなたも…まぁ、私のネコとして飼ってあげる。私を楽しませて。」
ナナは胸の谷間から、何かを取り出す、というより、何かがパッと出現したようだった。
横向きの洋封筒に見える。
「これは招待状。受け取って。」
動けなくなっていた小川の口に、「招待状」が差し込まれる。有無を言わさず押し付けているのに近い。
「ウ、ウガァァァァ!」
急に元気になったかと思えば、黒いオーラを身にまとい、正気であるようには思えない。
「男の暴走は時に頼もしいのだけれど…これではエサの切れたネコね。」
小川は近くに停めていた自分の自転車に乗り、リゲル通りを爆走する。
雄舞は、ナナの興味が小川に移ったように思い、安堵と共に恐怖がよみがえる。空の月だけがまぶしく光る路地裏の中、ただ茫然と、友人の暴走を眺めていた。

「サジッタ・アングリカエ!」
天使の矢が放たれた。
途中にある男子学生の妨害も受けながらも、月桂冠の魔法少女は小川を仕留める。
「やっぱり、所詮はかわいらしいネコね。」
野次馬の後ろでつぶやく。雄舞は手を引かれ、ナナについてきてしまったのだ。
「どう…なったんですか…」
「ウフッ。」
ナナは再びしゃがみこみ、耳元でささやく。
「あのネコちゃんより、かっこいい男のところに、連れてって♡」
ペロッ。彼女は雄舞の耳の付け根をなめる。
「んんっ…」
女への恐怖か、官能か、全身に刺激が走る。訳も分からず混乱したまま、言われるがまま、彼はナナと夜の闇に消えた。

・・・

 日がうららかに照っている週末の昼下がり、親が運転する車の窓からいつも見ていた景色。遠くにそびえる名前の知らない山々の新緑がきれいで…。眠気でぼんやりとした、そんな記憶を晴人は思い起こす。
 で、彼は今、その山々のどこかにいるわけで。

「何でこんなに逃げるんですか!ここは一体どこなんですか!」
 急に襲ってきた旧友から逃げ、二人はかなり遠くまで来た。
「晴人くん…で合ってるよね。じゃ、私はちょっと行ってくるから。迎えに来るまで宿題でもして待ってて。」
 小学生の親かよ…、心の中で思う。

「ひとつ、質問、いいですか。」
ウィアナが翼を広げ、今にも飛び立とうとしたそのとき、晴人は言う。
「…、なるべく手短に。」
「あの人は、あの、俺を襲った男は、あの後どうなったんですか。」
ウィアナに飛びながらおぶられ、カエサさんと、彼女との約束を思い出したのだ。
「…、さっきのあなたと同じ。心の『秩序』を失って…、考えにまとまりがつかなくなって、気力がなくなって。傷つくこともできなくなってるから…だから、傷つけてはいない。」
「・・・、それは、ウィアナさんの、本心ですか…。」
晴人はあの男に同情するとともに、ウィアナの、何かを隠すような、言い訳するような、そんな物言いが気になる。
「私は…カエサのようには、なれないから…。」
ウィアナはさっきよりも静かに、空へと飛び立った。
(これで、もう彼には邪魔されない、ね…。)
何かを押さえつけるように、彼女は考えた。

(このままだと、カズヤも…)
そう考えるものの、この山から下りる方法がわからない…。周りには木と草しかなく、舗装された道も見当たらない。下手に動けば遭難、動かなくても…まぁ、遭難中なのだが。おまけに日は傾きはじめ、夜の森は獣がコワイ。ああ、近所でイノシシが出没したんだっけ。自分には関係ないと思ってたな…。
「…君のトモダチを、助けたいか。」
諦めかけた矢先、どこかから声がする。太めの女声。ついに俺にも幻聴が…。まぁ、幻聴でも、何かもういいや。
「助けたい、けど、どうすれば…。」
「私が下山の案内をすると言ったら?」
「…、それなら、勝機があるかもしれない…。」
「うむ。わかった。オクタウィアナにはいざというときの見張りをしろとだけ言われていたが、案内してやろう。」
「あなたは…一体?」
声だけの存在を怪しむ、というよりもうこれが現実なのかと怪しんでいた。
「私か、私は、上院セナ(じょういんせな)だ。まぁ、『すべての道がローマに通ずる』なら、おそらくいずれ会うことになるだろう。今日は見せてやろう。『秩序』の力をな。」
瞬間、あたり一面がピカッと光る。カメラのストロボを強くしたような光だ。
光が消え、目が慣れるまで少しかかる。視界が定まると、そこに道ができていた。
「君のために登山道を作った。といっても、仮のものだからすぐに消えてしまうがな。」
「ありがとう…ございます。」
一礼して、晴人は駆けだす。
「トモダチを…、そして、ウィアナを助けてやってくれ。」
既に遠く、晴人には聞こえなかった。

「やっぱりここか。」
晴人は下山し、帰宅する。
「待っていたぞ、晴人ォ!」
自宅の屋根の上にカズヤが座っていた。屋根から降り、スタッと着地する。
「すまなかった。あの時のことは謝る、お前が許してくれるまで、何度も!」
「だから優等生ぶってんじゃねぇ!」
カズヤから再び黒いオーラを感じる。殴り上げるために振りかぶる。
(来るか…)
そのときだった。
「サジッタ・アングリカエ!」
グサッ。二人の間、家の庭の地面に、一本の矢が刺さる。上からだ。
「…自力で下山してきたんだ。それでもごめんね晴人くん。アウグルの占いがなかなか上手くいかなくて。でも、何とか間に合ったようだね。」
 ウィアナは肩に乗せた鷲の方を少し見やった。なるほど、あの鷲が攻撃対象の場所を占っているのか。
 ウィアナにそんな能力が何かしら備わっていることを、晴人は想定していた。なぜ、まだ大した騒ぎになっていなかったリゲル通りの暴漢を察知できたのか。偶然にしては妙だった。しかしそんな能力があるとしても、晴人には、ウィアナよりも先にカズヤを見つけ出す勝算があったのだ。
 小学校時代の友人とは、よく互いの家に行ってゲームをしたものだ。そんな仲だったカズヤなら、晴人の家を覚えているであろう。カズヤが晴人を狙っているなら、確実に会えるのは、晴人の家だ。晴人の学校、二番目に確実に会えそうな場所、の近くまで来ていたのは、カズヤの気持ちがはやっていたのだろう。
 勝算といっても、ウィアナの能力の精度が高ければ負けていたのだけれど…、それでも勝算に賭け、辛うじて勝利した。
「テメー!さっきはよくも晴人を逃がしてくれたな!先にお前をぶっ〇してやる!」
カズヤはもう一度下へ振りかぶる。
「させないよ。」
ウィアナは弓を引く。
「待て!」
晴人だ。カズヤではなく、ウィアナの方を向いている。
「これは俺らの問題だ。助けてくれたのはありがたいが、これ以上首を突っ込まないでほしい。」
「…あなた、本気で言ってるの…。」
「ああ、俺は、カエサさんとの、約束を果たさなきゃならない。」
「…そう、勝手にすれば。」
晴人はカズヤの方を向く。
「じゃあ、少し場所を変えよう。」

「懐かしいな。ここで日が暮れるまで遊んで、お互い親に叱られたっけか。」
互いの家に近い公園にやってきた。遊具や樹木もないわけではないが、所々はげた、だだっ広い芝生ばかりが目立つ。
「余計な御託はいい…あの時の、仕返しだ!」
「まだ、怒ってたんだな…。あのときはすまなかった!」
何度でも頭を下げる。
「あの時は、お前の気持ちを全く考えてなかった!ただルールさえ守ってればいいと思ってたんだ…傷つけてしまったこと、全部謝る!」
「・・・。」
沈黙が続く。しばらくして見上げると、驚きと共に、失望した表情を、カズヤは浮かべていた。
「そればっかりだな…。やっぱりお前は…もう、あの時のお前じゃないんだな…。」
カズヤは後ろに振り返り、トボトボ踵を返す。
「…、待ってくれ…カズヤ!」
追いかけようとしても、追いかけられない。走れば絶対に追いつく。無理やりにでも手を引くことだってできる。でも、その気になれない。
 離れてゆく背中。これが、俺とアイツの、今の心の距離なのかも、しれない。

 次回 淡い記憶の続き continuatio de tenui memoria (後編)

サムネイラスト PAKUTASO
https://www.pakutaso.com/20200721195post-28003.html#google_vignette

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