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読書の秋2021「のび太」という生き方 を読んで 〜太宰治『人間失格』の主人公にはない力

のび太の武器は
「共感性」と「成功体験」


何をやってもダメなのび太が、何でもできる出木杉に勝てるところ。
それは、「心の知能指数」。

つまり、「相手の感情を読み取り、配慮できる思いやりや優しさ」、共感性と、この本の作者、横山泰行氏は分析しています。

そして、のび太はドラえもんとひみつ道具のおかげで多くの「成功体験」を重ねた結果、

「自分自身を客観的かつ総合的にみる力が得意」

「自分の能力をかなり正確に把握し、自分の長所や欠点を、ドラえもんだけでなく、周りの友だちにまでかなり正直に伝え、何か助けてもらえるときは、本当に必要とするものが得られる」、

とも書いています。

私はこの「共感性」と「成功体験」こそが、のび太の生きる上での武器だと感じました。

今から24年前の1997年、司馬理英子氏が、不注意行動が多い人は「のび太症候群」、衝動性が高い行動をとる人は「ジャイアン症候群」と造語を作りました。
「のび太」という生き方は、発達障害で困っている人たちの生きづらさを代弁するものでした。

ところが、いま、のび太の地位は高くなる一方だというのです。
どういうことなのでしょうか?

この本を手に取り、私がいつも読書の最初に開く「おわりに」を読むと、作者の見解が掲載されていました。

のび太の地位が高くなった原因は、大震災により、日本人の多くは、ガツガツと未来にチャレンジするのではなく、自分の身の丈に合ったのんびりと前向きで優しい日々を送ることの大切さをかみしめたから、それがのび太的な生き方だから、というものでした。
さらに、作者はのび太の地位向上を願っていると締めくくっています。

その生き方は、確かに私の目指すものでもありました。身の丈に合った、無理のない穏やかな毎日こそ、幸せな生き方だなあと日々感じています。
私は興味深く、この本を読み始めました。

「のび太の共感性」


しずかちゃんとの結婚前夜、しずかちゃんのお父さんが
「あの青年は幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね。」
とのび太のことを肯定しています。このシーンのことを、発達障害のASD(自閉症スペクトラム)の特徴を持つ主人に聞いていました。すると、

「すごいことだと思う。気持ちを共有できることは素晴らしいことだ。憧れるなぁ。」

「自分はそこまでできない。お葬式に出れば、悲しいだろうと同情することはできる。」

と話してくれました。ASDの特徴から、他人の気持ちを想像しにくい夫にとって、のび太のこの力は、とても魅力的なようでした。

『人間失格』の主人公

 

このシーンを、もっと強烈な羨望の眼差しで見つめるだろうと想像できる人がいます。それは、太宰治の『人間失格』に出てくる主人公「自分」です。
彼は、
「家族の者たちに対してさえ、彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに耐えることが出来ず、既に道化の上手になっていました。」

「隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかない」

と告白しています。これらは典型的なASDの人の特徴です。

彼は、他人への共感性を持つことができず、生きづらさを感じていました。他人の気持ちを察することができないせいで、

「イやな事を、イヤと言えず、また、好きな事も、おずおずと盗むように、極めてにがく味い、そうして言い知れぬ恐怖感にもだえる」

「すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖に脅かされている」

というのです。
彼の心を想像してみます。

一緒に暮らす家族が何を感じているのか、感じ取ることができない。けれど、相手は自分の気持ちを察してくれている。自分だけがわかっていない。この事実を知られてはいけない。わかっている演技をするしかない。
誘いを断ることで、一生消えない溝が相手との間にできてしまうから、断れない。人といることが怖い。生きていて辛く苦しい。

 そうして彼は、うつになり、アルコール中毒、麻薬中毒になっていきました。
 そんな彼に、しずかちゃんのお父さんのことばを聞かせることは、酷なことです。

息子にこの彼のことを話すと、

「悲しいし辛いだろうね」

と共感して、話してくれました。

自分の心のままに


横山氏は

「のび太は日常生活において、自分を誇示したり、ホラを吹いたり、処世術に長けた振る舞いをすることが比較的少ない男の子です。ありのままの姿で、日々の生活を過ごしているのです。」

と書いています。

のび太は、安心して自分の心のままに暮らせているのです。それは、のび太の「心の知能指数」が高く、他人の喜怒哀楽を感じ取り、気持ちを共有することができるからだといえます。そして、それこそが、しずかちゃんを射止めた魅力です。

道化になる?!


ASDの特徴のある主人に、
「あなたは、のび太と『彼』の間のどの辺りだと思う?」
と尋ねると
「ちょうど真ん中くらいかな。どっちの気持ちもわかるよ。のび太に憧れるけど。」
と答えてくれました。主人は

「『彼』の生きづらさはわかるし、道化になって演技するのも自分もやってみたから理解できる。ただ、自分は長続きしなかったし、諦めたよ。もうできないんだって。それが自分の特徴なんだとわかってから、受け入れるようにしているよ。」

と話してくれました。主人にとって、自分の特徴を知ることで生きることが少し楽になっているのかなと嬉しくなりました。「彼」にもASDの特徴のこと、一人だけではないこと、教えてあげたかったなと思います。

「ひみつ道具」はいいところを伸ばすきっかけ作り


 横山氏によると、ひみつ道具は、「あくまでも『自分のいいところ』を伸ばしたり、ちょっと足りない何かを後押ししたり、潜在意識の中で眠っているのび太の優しい心を呼び覚ましたりする、きっかけのような存在」だそうです。
 のび太は、本来、ぼんやりした不注意の発達障害の特徴があるので、どうしても失敗が多くなってしまいます。私の長男もそうでした。
それでも、のび太はひみつ道具のおかげで、自分のいいところが引き出され、成功体験を重ねることができています。それが、自分を客観的に正しく認識する「自己認識」の能力開花へつながっていくのだと思いました。

私の長男には、ひみつ道具はありません。
けれど、親の言葉がけや愛情、放課後等デイサービス、先生方の理解、主治医のサポートなどが、ひみつ道具になるんだ!と気づきました。

ドラえもんは、子育てロボット。
私は子育て真っ只中。

そう思うと、私の役割は重要です。あのひみつ道具にならなくてはいけないのですから!

「ひみつ道具」は私!?

息子が発達障害だと診断される前、私は息子をよく𠮟っていました。のび太のお母さんのあの「ガミガミ」です。
それは日々、悩みながらのことでした。

こんなに叱っていいのかな?
意味あるのかな?
褒めて伸ばす方がいいんじゃないかな?
でもどうやって?
やっぱりこのままじゃ、本人が大人になって困るから…

こんな考えがグルグルぐるぐるしていました。

今から4年前、息子が発達障害だと診断されて、私は心底安心したのを覚えています。これで、息子のサポートの仕方が勉強できる。そう思うと、心は軽くなりました。長いトンネルの出口が見えたような気分でした。
それから、息子にはどのような特徴があるのか、どのようなサポートが受けられるのか、必死で情報収集し、学び、でかけていきました。その結果、様々な機関があることがわかり、多くの人に出会うことができました。
その中で、ひとつひとつのご縁を生かしながら、息子に合ったサポートを探し当てられるようになっていきました。放課後等デイサービスの先生は、息子に小さな目標を立て、それをいくつも乗り越えていく中で、多くの「成功体験」をして、自信をつけていけるよう支援しますとおっしゃってくださいました。私はご縁を頂く度に、自分が変わっていくのを感じていました。

私のガミガミは治まり、息子にどんな「成功体験」ができるか、日々の生活の中で考えるようになりました。それはとても楽しい作業でした。

「ひみつ道具」と「成功体験」

 

横山氏は、
「もしも、ドラえもんと出会わず、ひみつ道具の助けを借りることがなかったら、のび太の将来は悲惨そのもの。」

と言っています。私もそう思います。
もし、のび太が小さいころから達成感や成功体験を積み重ねることができず、低い評価を受け続け、マイナス思考になりやすく、二次障害のうつ病を発症してしまっていたら。その将来は辛く苦しいと思います。
それは、私の息子が、発達障害の何のサポートも受けられなず、成功体験を味わうことができない状況のことを指すのだと思います。

悪口は空気を汚す
 

かつての「のび太症候群」に分類される息子は、のび太と同じようにどんな相手に対しても心底から憎んだり、存在そのものを全否定するような言動は取りません。動植物も愛する、心の優しい子です。悪口をいうことで、マイナスのエネルギーを発生させることなく、人のすごいところは素直に肯定しています。
 私が小学生の頃、祖母から言われて、今でも守っていることがあります。それは、
「人の悪口を言ってはいけないよ。他の人が、お友達の悪口を言っていたとしても、それをお友達に伝えてはいけないよ」
という約束事です。
「悪口を言うと、この世界に汚いものがひとつ生まれてしまうんだよ。自分の口で、世の中の空気を汚してはいけないよ。」

私はこの言葉をこどもたちにもよく話しています。
長男は、もともとの優しい性格もあって、この約束を守ってくれています。この祖母の教えが、マイナス思考を辞めさせ、生きるエネルギーを生み出していたことに感謝しています。

愛情があれば、立ち直れる


 「きみはこれから何度もつまずく。でもそのたびに立ち直る強さももらってるんだよ」

大人になったのび太が、こどもののび太に語りかけることばです。その根底には、「愛情」があります。

何もかもイヤになって、落ち込んだのび太は、過去にタイムスリップします。自分が愛されて望まれて誕生し、期待されているとはっきり認識したのび太は、「ぼくのしょうらいをあんなに楽しみにしてたのか」、と立ち直り、勉強に打ち込むことができました。
また、ドラえもんへの愛のおかげで、自身が持っている潜在的な力を発揮することができ、見事、ジャイアンに根負けさせることもできました。
 私は、そんなのび太の姿から、息子がどんな時でもしっかり愛情を注いでいこうと決心しました。ひみつ道具と、立ち直る強さの基。これからも、息子を応援していきたいと思います。
 この本を読んで、のび太の多くの魅力に気づくことができました。息子を褒めるきっかけにもなりそうです。ますます、のび太の地位が向上することを、私も願っています。

発達障害は本人の生きづらさだけではなく、周りの人にも大きな影響があります。夫と息子が発達障害と診断され、気持ちがスッキリしました。発達障害の特徴を理解し、自分の性格を知り、感謝の気持ちを持つことで、前に進むことができています。一人でも多くの方に、私の経験が役立てますように。