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ノベルセラピーで作った物語⠀【響きあう】

わたしの名前はウルフ。年齢は 17 歳。先住民の女の子。白い裏革のももあたりの丈のチュニックに、ウエストは植物の蔓で編んだ紐で結んでいる。やっぱり裏革で作って赤く染めた靴を時々履くけれど、たいていは裸足。頬は紅のラインを入れていて、手には弓を持っている。

わたし達部族は、宇宙に帰ったカミから預かった「ククルン」という石を密やかに守っている部族だ。時が来たら形を変え、色を変え、空に飛び立つと言われているククルン。その時を守った部族は、大きく繁栄すると言われている。だから、カミの石ククルンを持っていると聞きつけた他の部族に、時折狙われる。

けれどククルンをひとたび持った部族は、殺しあいをしてはいけない。殺し合いをすると、ククルンが割れてしまうのだ。だから、私たち部族は、相手を酩酊状態にする植物や、落とし穴などのトラップを作る技術や、呪術に長けていた。ククルンが空に飛び立つその日まで、部族が根絶やしになるわけにはいかない。

わたしは集落の外れにお母さんと二人で住んでいる。父は、生まれつき片目が潰れて見えなかっ た。けれどとても勇敢で、呪術にも長けていた。戦の時に部族を率いていた。強くて優しくて、みんなに慕われていた。けれど、ある戦いの時に、その特徴的な見た目で狙われた。ちょっとした時 に見せた相手への情けで、呪術が途切れ、大勢の男たちが死んだ。父も死んだ。

おんな子どもは密かに別の地に、先に逃げた。それが、今集落がある場所。ひっそりと寄り集ま って住んでいる。後から、生き残ったわずかな男たちがやってきた。わたしと母は、期待を外した 者の家族、ということで、生き残った人たちの憎悪の対象となった。石を投げられたり、家の外から嫌な言葉を叫ばれたりした。

仕方ないんだよ、と母は言った。みんな、大切な夫や父や息子を亡くしたのだから。
けれど、わたしも父をまた亡くしたし、母は最愛の夫を亡くした。わたしは、石を投げ返したし、言い返した。母と自分を守るために。

わたしは森に行って、弓を作った。毎日密やかに練習した。動物や鳥たちは友達なので、葉をひ らひら上から落として、的にしてくれた。わたしが強くなったら、みんなはわたしとお母さんを見 直すに違いない。みんなにその腕前を見せよう。きっと昔のように仲間に入れてくれるはず。

自信がついた頃、石を投げる人たちの前でわたしは叫んだ。
「ようく、見てごらん!」
そして弓を引いた。あちら、またこちら。楽しくなって作った全部の弓を引いた。石を投げた人たちはパニックになった。自分たちがやられると思ったのだ。そしてみんな散り散りになって、今度は、誰もわたしたちの家に寄り付かなくなった。
目論見が外れたわたしは、がっかりした。失意のまま、森に行った。森で風や木々、夜は星々と歌った。

ある時、森の中に見たこともない素材で出来た、青い扉のようなものがあった。紫色のチューブのようなもので囲まれていて、すべすべしている。少し向こう側の木々が透けて見える。
これは一体なんだろう?誰かが呼んでいる気がする。耳を澄ませると、小さな歌声が聞こえる。

思わず吸い込まれるように、その扉のようなもの、を開けた。
扉の向こうには、灰色で所々きらりと光っている砂漠が広がっていた。その向こうには、金色の光を放つ、ドームのようなものが見えた。ドームは透けていて、高い建物や、植物が茂っている。 街のようだ。声はそちらの方から聞こえた。砂が暑そうだな、革の靴を履いてきてよかった。わた しは砂漠に踏み出した。
ドームの入り口まで辿りつくと、6、7歳の子どもが、目をキラキラさせて立っていた。白くてす べすべしていて、肌にピタッとしているジャンプスーツに、所々赤いラインが入っている。足には赤くてつるつる光るブーツ。なんだかその目に見覚えがあった。毎日見ているような、そんな気がした。

「やや!なんだかお前を知っている気がする。」
「ぼくはチュピ。未来のきみだよ。きみはぼくで、ぼくはきみだ。」
「なんだそれ。意味が全然分からないな。」
「服の趣味も似ているね。白をベースに赤ってかっこいいよね!」
「うんうん。わたしはこの組み合わせが大好きなんだ。だけれど、それじゃ証拠にならない。お前が未来のわたしだという証拠を見せてくれ。」
「もちろん!街を案内するよ。証拠を探しに行こう。」

二人はドームの中に入っていった。ドームの中は街があって、つるんとした建物や、広くて光っていて動く道があちらこちらに伸びていた。草木も茂り、どこもかしこも、微量の金のこなをまぶしたように、きらきらと光っていた。

前からツヤツヤした毛の生き物がやってきた。「おお、これは馬みたいだ。わたしは馬に乗って 草むらや森を走るのが大好きだ。」
「ぼくもこれに乗ってかけめぐるのが大好き。さあ、一緒に乗ろう。」馬のような乗り物は、二人 を乗せると空に駆け上がった。チュピが叫んだ。
「しっかりつかまって!」

空の上は気持ちが良かった。街並みを下に見た。上には昼なのに、星が輝いていた。「ぼくは星が 大好き。どの星もきらきらと自分の音を歌ってくれる。自分の物語をのせながら。」 わたしも星が大好きだ。草原で星々を眺めながら、カミたちの物語を聞く。そして歌う。わたし達は好きなものが似ている。チュピの瞳を見ると、懐かしい気持ちになる。もしかしたら、チュピは 本当に未来のわたしなのかもしれない。

やがて一本の木のそばに近づいた。黄色い果実がなっている。チュピがもいで渡してくれたので食べてみると、少し酸味のある爽やかな甘い味がした。「ぼく、これが大好物なんだ。」「わたしも、 これに似た味のオレンジが好きだ。」

馬は果実を食べている二人を乗せて、建物の近くでひらり、と空から降りた。
「ここは街の真ん中にあるコントロールセンター。気候や温度、生活のための環境のエネルギー などを管理している。街の宝ものや記念品も保存してあるんだ。」

近づくと扉がスッと開いて、二人は中に入っていった。さらに中心の部屋に、チュピはわたしを連れていった。部屋の真ん中のテーブルの上に黒い石がコロコロと転がり、美しく虹色にかがやく箱があった。

わたしは黒い石を見て嫌な気持ちになった。みんなに投げつけられてきたことを思い出したの だ。
「わたしはこんなもの、好きじゃない。」 石を見るうちに心が苦しくなった。そばにあるのも嫌だった。
チュピが言った。「箱を開けてみて。」
美しい箱だったので、手にとってほっとした。蓋を開けると、中から声が、音が、飛び出してきた。 人を罵る声、蔑む声、自分を責め立てる声、泣き叫ぶ声、感情的にわめく声、疲れ果てたため息、 苦しそうなうめき声、助けを呼ぶ声。ひどい言葉と感情が、箱の中からどんどんあふれてきた。思わず耳を塞いだ。自分が責められているようだった。
「やめてくれ!こんな音は聞きたくない!」
言い終わるか終わらないかのうちに、美しい音が聞こえた。チュピだ。チュピが歌っていた。
聞いたことのない音を。聞いたことのないような声で。じっと黒い石を眺めながら。チュピの声は黒い石の周りを漂った。黒い石が、チカっと光った気がした。チュピは言った。
「きみにもできるよ。いっしょに歌おう。きみはきみの声で。きみの音を。黒い石をしっかり見て。」
わたしは塞いでいた耳から手を話し、立ち上がり、黒い石を見ながら。おそるおそる声を出した。 初めはかぼそく、だんだん力強く。チュピもうたった。二人の声は少し違った。違うまま、やがて美しいハーモニーになった。胸が熱くなり、周りの景色は消えた。

ただ、音そのものになっていた。

黒い石は、二人に見つめられ、音が漂い、どんどん光が増して行った。まるで黒いダイヤモンドの ように輝きを放った。とても美しかった。
チュピがわたしに目くばせをした。チュピの瞳を見ていると、湖に映る自分を見ているような気 持ちになった。二人で虹色の箱を見つめながら、歌った。ひどい言葉たちは叫び続けていたけれど、 やがて静かになった。歌声に聞き入っているかのようだった。

チュピとわたしの声は、ハーモニー になり、どこまでも広がっていった。黒い石は、すっかり黒くかがやくダイヤモンドそのものとな っていた。
やがて、虹色の箱の中からきらきらとした粒子が上がっていった。そして、美しい声と音が流れ 始めた。笑い声のような音や、愛のささやきのように聞こえた。それは、わたしとチュピのハーモニーに更なるハーモニーを追加して、空に上って広がっていった。わたしは自分の森の空を眺めな がら歌っているような気持ちになっていた。なんと美しい音なのだろう。わたしは歌うのをやめて 聞き入った。

わかった、わかったよ。わたしときみは少し違う。わたしは森のそばの集落に住んでいて、きみはこの時代のつるつるの建物に住んでいる。わたしの服はざらざらで、きみの服はつるつるだ。歌声も、少しだけ違う。それは、わたしという個性ときみという個性の違いだ。けれどたくさん好きなものが同じだし、瞳もどうやら同じような気がする。今に生きるわたしと未来を今として生きるチュピ。わたしはわたしだけれどきみで。きみはきみだけれど、わたし。
黒いダイヤも、虹色の箱の中身も、わたしにとって大切なものとなった。

そしてわたしは気づいた。平和のために戦う必要はないのだと。ただよろこびとともに歌い、語る ことですべてはかがやく。わたしは、ただ音になる。自然に誰かや何かが気づき、共鳴のハーモニ ーが起こる。

わたしは、ただ、響きあいたいのだ。

そんなわたしを見て、チュピはただ微笑んでいた。チュピはただ知っていたのだ。わたしがそう気付くことを。チュピはわたしで、わたしはチュピなのだ。

「ありがとう、チュピ。きみが未来のわたしだということが、よく分かった。いつどこにいても、 わたしはわたしだということも。」
「ありがとう、ウルフ。ずっときみのことを感じていたよ。勇気を出して会いに来てくれて、あ りがとう。大好きだし、いつも見守っている。いつでもきみはぼくの一部で、ぼくそのものだ。」
チュピは黒いダイヤモンドを一つ持たせてくれた。そして砂漠の入り口まで送ってくれた。わたしは一度だけ、振り返って手を振って、真っ直ぐドアまで歩き、ぱたんと閉めた。

集落に戻り、わたしは弓を植物のツルや葉と花で装飾し、ドアの飾りにした。そして森だけでなく、家の周りでもいつでも、歌った。動物たちが集まってきて、一緒に歌った。彼らは、森の木の実や花を持ってきてくれた。家の周りが豊かになった。
やがて集落の人たちも、一人、また一人と訪ねてきて、楽器を持ってきたり、一緒に歌うようになった。

その様子を見て、みんな、だんだん自分がやりたいことをやるようになってきた。
畑作業を終えると、あるものは絵を描き、あるものは革で素敵な服を作った。あるものは、美味しいおやつを作った。みんな、一人一人、自分の得意で好きなことをはじめ、集落は豊かになった。 ある時、誰かが気づいた。ククルンがなくなっていることに。言い伝えでは、調和の虹の橋がかかる時、ククルンは、天に還るという。ククルンは天に還ったのだ。

慌てるかと思いきや、みんなほっとした。
もうククルンを守らなくていい。守らなくていいんだ。

周りの集落から、この集落の人たちの作品や美味しいものを求めて、人が集まるようになった。 わたしや仲間たちの音を聞き、一緒にハーモニーを奏でる。彼らも自分たちの集落で、歌うだろう。ククルンを狙う人は、もういない。争いもない。

チュピに会ったのは夢だったのだろうか。けれど手元に、あの黒いダイヤモンドのような石はあり、吹く風に、太陽に、木々のざわめきに、チュピの歌を感じることがある。

わたしは今、しあわせだ。

おしまい

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