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コロッケパン

昔こんな事があった。
中学校には給食がなかった。生徒たちは親からもらった小銭でパンや牛乳を買って昼食としていた。あるいは親が作る弁当を食べていた。「弁当を見せて」と言うと早くも弁当のフタが取られ、中からおかずが現れるのなら良かったのだが、フタに塩鮭がくっついて持ち上がったその瞬間に鮭が床にペタッと落ちた。弁当には白いご飯だけが残っていた。予想外の結果にいたずらっ子はパニックになった。それは私だった。

また別の思い出がある。
私の隣の席に毎日弁当を持ってくる子がいた。見るとおかずは、うずら豆。毎日そうだった。
ある時、私のコロッケパンを見て「コロッケをくれ」と言った。私は即座に「いやだよ」と答えた。会話はそれきりだった。あとで何故コロッケをあげなかったのかと悔やまれた。
翌日の昼時に、隣の子に「コロッケを食べる?」と聞いた。すると「いらない」と予想外の答えが返ってきた。意外だった。私の見え透いた同情に彼のプライドが許さなかったのだろうか。私が我慢して食べずにくれようとするのをかえって気の毒に思ったからだろうか。少年たちの心は微妙に揺れ動いていた。

それから数年して、駅前通りを歩いていたら、笑いながら挨拶してくる彼がいた。手には赤ん坊が抱かれていて、隣には奥さんらしい人が立っていた。「可愛らしいね。結婚したの」そんな短い会話を交わした記憶がある。中学校を卒業して、あっという間に社会人になって所帯を持って、私より何年も先を歩いていた。夏も盛りを過ぎた夕方のことだったと記憶している。

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