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エーゲ海クルーズの船内にて

エーゲ海の紺碧の色に魅せられたことがあった。そして、一度だけ短いエーゲ海クルーズをしたことがあった。もう数十年も前のことだからほとんどが忘却の彼方にあるのだが、行ったという思い出を形に残したい。何のために、初めての異国の地がギリシャだったから、新婚旅行だったから、そんな理由からだ。

それは、エギナ島、ポラス島、イドラ島の3つの島を巡る小さなクルーズだった。エギナ島ではギリシャ神殿の遺跡を見学した。ポラス島には観光土産店が並んでいて、店主がレースの上着を手に取って、盛んにハンドメイドだと妻に着せたがっていた。イドラ島ではセーターを買い、ロバに乗ったことが手帳にメモ書きがされているが本当は全く覚えていない。

そんな昔のクルーズだったが、ひとつだけはっきり覚えていることがある。

クルーズ船内では妻と立ち続けていた。傍にいるフランス人らしき二人の婦人が丸いテーブルにナッツを出して食べながら立ち話をしている。そして、ときどき私の方を向いてナッツを食べろという仕草をする。そしてペチャクチャと話をしては、ナッツを食べている。しばらくするとまた私にナッツを食べろという手振りをする。そういうことが何度か繰り返されるうちに、とうとう私の手がテーブルの上に伸びてナッツを取って食べていた。食べた私を見て妻が笑っている。婦人は食べても、もっと食べろという仕草をする。ただそれだけの思い出なのだが、これが日本人しかいない中での国内旅行と日本人がいない海外旅行の違いなのかと思った。同じ食べ物を食べれば同郷の仲間入りという文化があるが、フランス婦人に仲間入りした気持ちにはなれなかった。それより袖振り合うも多生の縁という考えが宗教を越えて人類共通の考え方だと思われた。同じ船に乗り、そこに居合わせた一期一会の出会いだったのだが、言葉の通じない私は、それ以上に縁を深めることはなかった。


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