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読書感想#18 【マッキントッシュ】「現代のコートハウス」

 中庭は採光源としての、また私たちを外気や植物に結びつける仲立ちの空間としての役割を担います。そしてこれらの機能の本質的な役割は、プライバシーの確保にあります。プライバシーを確保しながらなお外との繋がりを保つ、これが中庭に課せられた使命なのです。


 私たちは日々、特に昨今は外の自然と繋がることを強く欲する傾向にあります。休みがあれば人混みを離れて余暇を過ごし、あるいは仕事の舞台を自然豊かな場所へと移し、あるいはまたそれを理想とします。私たちの多くはそのようにして、他の人間との距離を置くことを好むのです。むしろその人達にとっての自然への回避は、人間との距離を置くための口実であるとさえいえるかも知れません。現代人にとって人との繋がりはそれほど重荷となっているのです。


 私たちは関わる人間が増えれば増えるほど、必然的に厄介事に巻き込まれる機会も多くなります。また自分の意見もますます通りにくくなり、ひいては地位や名声といったものを嫌でも意識をさせられるようになります。そこでは自分の存在感は目に見えて薄くなって行き、私たちは生き心地を失って行くことでしょう。表舞台に立つことの出来ない人生は、決して私たちに自分の人生を歩ませてはくれません。せめて休日ぐらいは自分の人生を歩いていたい、この欲求が私たちに人間関係からの隔離、そしてその手段として自然への回帰を求めさせるのです。

 しかしただ断ち切れば良いという訳には行きません。例えば本書の著者マッキントッシュは、中庭の持つその隔離性が、本来最もその恩恵を受けるべきであろう引きこもりがちな人々にとっては、却って孤立感を与えてしまうという調査結果を挙げています。人間関係の切り離しは決して人間疲れした人々にとっての万能薬ではないのです。ただ単に人間関係を遮断したり、自然と繋がるだけの中庭では私たちの根本的な解決にはなりません。中庭の真価が発揮されるには外との本質的な結び付きが必要となって来るのです。


 中庭によりもたらされる、私的で、静かで、日当たりがよく、風を遮り、侵入者からも保護されている、このような理想的な暮らしは多くの人間疲れした現代人に満足を与える一方、人間に疲れ果ててしまった人々にとっては追い打ちともなります。過度な切り離しは却ってより大きな問題に繋がるのです。それを防ぐためには中庭といえども、外との本質的な結びつきを忘れてはなりません。日当たりが確保されている、緑を感じられる、というようなだけの薄い繋がりでは全然駄目なのです。


 中庭は物理的、視覚的、心理的にプライバシーを生み出す力を持っています。私たちの空間の中に私の空間を作り出す力を持っています。軽率な思想家はこの力によって個人の自立が促され、そのとき初めて人間が真の意味で社会に参加出来るようになるとも考えますが、私はそれだけで十分であるとは思えません。自己はむしろ他者との関わりのなかで初めて要求されるようになるものだからです。プライバシーを過信せず、ここにはもう少し深く考える余地がありましょう。しかしこれ以上の追求はまたの機会にしましょう。


⬇本記事の著者ブログ

https://sinkyotogakuha.org/

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