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星が降る夜なのに

 帰ってきてしまった。星が降る夜なのに。
 
 夜の海は僕の腑から畏怖を引きずり出す。絶対に敵わない黒色の海は、思考や、想像力や、叡智なんかを軽々と圧倒する。視界の全てをそういった黒で覆ったあとで耐えきれずに空(とおぼしき方向)に目を向けると、今夜は、いや「今夜」という時間の認識が不適切なほどの夜空には視界に収まりきらないほどの星が。

「天の光はすべて星」という小説のタイトルがこれほどまでに実感できたときは無い。盲た目がはじめて見る世界のように、生まれた子が網膜に焼き付ける光のように、己の実存がその光に依って立つかのような星々。そのか細い星の光が、夜の昏い海に取り込まれる僕を証明する。僕の肉体を、思考を、輪郭を、虚さを。

 塗りつぶされようとする実存を象るのは星だ。昏い空なくしては輝かぬ光だ。黒い波の音をくしゃくしゃに丸めて、コンビニで煙草をひと箱買い、灯した火の先を、遠ざかる街灯を、国道を飛ばして走り去るトラックのヘッドライトを、僕の家の玄関の明かりを、何も残さないで天から捨てて。すべての光を消して、

 帰ってきてしまった。星が降る夜なのに。

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