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私と15人の奇妙な住人たち〜金田一以上東野圭吾未満物語〜

宿はいつもの安宿だ。
そこに躊躇はなかったが、私に割り当てられた部屋がまさかのパンドラの箱だったことには完全に躊躇した。

私は旅慣れていて、不衛生なところでなければ大体どんなところにでも寝泊まりできる。なので、安価だけが取り柄のこのオーストラリアの宿も、かかってこいや〜精神で乗り込んだ。

が、部屋の扉を開けた瞬間、箱は開かれた……。

初めての大人数16人部屋(二段ベッド×8台)であったこと。その部屋の宿泊者全員が男であったこと。入った瞬間の部活部屋感がハンパなかったこと。彼らの目つきが、ジロリと白い目だけが浮く、暗闇の中にいるインド人のような独特の目つきであったこと。などの特殊条件が相まって、お、おおぅ、、となってしまった次第である。(インド人は悪くない)

老若男男、いろんな国の人たちがいた。そこにぶち込まれたアジア系30代の女こと、私。

そんな私のベッドは、部屋の真ん中あたりにある二段ベッドの上段。

上段って、上り下りがいちいち面倒で苦手な人が多いのだけど、私は上段がけっこう好き。下段よりプライベート感がある。上にいると下で起こっているいろいろが見えてしまうけど、下から上はなかなか見上げないからね。

という、私の持論を完璧に把握しきってます的なこの部屋の旅人たちは、自身のTシャツやらタオルやらをベッドのまわりにぐるりと巻いて、基地のようなプライベート空間を作り出していた。

長期滞在をしている人が多そうだし、旅人と言うよりも”住人”と呼ぶほうがふさわしそうだ。

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4、5人部屋とかであれば、なんとなくお互いに気を遣って話しかけたりもするのだけど、16人もいると逆にそれぞれがそれぞれで過ごしていて、軽い挨拶以外、会話をすることはなかった。

私も人と距離を縮めるのが得意なタイプではないので、そういう雰囲気の方が過ごしやすかった。

ただ、16人もいる圧迫感のある部屋に、窓ひとつないのが唯一の不満だった。私は、光の差さない窓のない部屋がキライだ。

宿に到着したのは夜だったので、その日はそのまま寝ることにした。私は深く深い眠りについた。

目覚ましが鳴ることもなく目が覚めたときには、まだ部屋は暗いまま。窓がないから朝なのか夜中なのか分からない。携帯で時間を見ない限り、分から、、、な、、、ない!?

ない!!!

携帯が、、、ない。

ここは安宿 in オーストラリア。
部屋に窓もなければ、コンセントスペースだって一箇所しかない。みんなが同時に使えるよう、たこ足配線が置いてある。

充電しながら眠りにつきたかった私は、携帯を自分の枕元ではなく、そのタコ足に差しっぱなしで寝た。

寝ぼけまなこをどれだけ擦って見てみても、他の人の携帯は繋がれているのに、私の携帯はない。

ぬ、盗まれた!?!?

これはとんでもないことになった。まだみんな寝ているし、なす術はない。

とにかく盗まれた携帯のことを考えると、お金の保管もしっかりしなければ。この調子だとお金も盗まれかね、、、

な、、、い〜〜〜!?!?

お財布に入れていた7万円が、そっくりそのまま、ない!!

携帯と大金が盗まれたかもしれないという絶望の縁に立っている最中、少しづつまわりの住人たちが目を覚まし始めた。

私は起きてきた人たちそれぞれに、声をかけることくらいしかできない。

「グ、、グモーニン(完全にgoodじゃないが)。ねえ、ここで充電してた私のiPhone知らない? 昨日の夜ここに繋いで寝たんだけど、朝起きたらなかったんだ」

「うーん、ソーリー、僕は知らないなあ」

「グ、、グモーニン(完全にgoodじゃないが)。ねえ、ここで充電してた私のiPhone知らない? 昨日の夜ここに繋いで寝たんだけど、、」

「うわーそうなんだ! 俺も知らないけどそれはまじでかわいそうだね」

「グ、、グモーニン、(以下同文)」

「え〜!? それは警察に届けた方がいいね。なんか困ったらいつでも声かけてな」

お、

おまいら、、、。怒

ここは安宿 in オーストラリア。
といえども、もちろん部屋の扉の鍵はかかる。部屋の内側から鍵を閉めれば(自動で閉まる)、たちまち外からこの鍵を開けることは出来ない。そう、この部屋に宿泊し、この部屋の鍵を持っている人間以外は、な。

この部屋で声をかけたメンツ、誰しもが眉毛をハの字にして残念がってくれ、誰しもが優しかった。すごい良い人ばっかじゃん、みんな。全員が全員私に寄り添ったコメントくれてさ。
ね、この中に偽りの優しさを完璧に演じて接してきてるヤツがひとりだけ存在するけど、な。怒

オーストラリア出身なのに、なぜか同じオーストラリアのここに3ヶ月以上滞在してる70代くらいのおじいさんとか、太りすぎているのに二段ベッドの上段に滞在していて毎回上り下りが苦しそうな中東系のおじさんとか、常に無表情で全く誰とも会話しないけど俊敏そうな黒人さんとか、その他にも多種多様で独特なオーラを放ちまくる15人の奇人たちが、この部屋には密集していた。

犯人は絶対この中にいる。この住人の中に……。

他の宿に移る気持ちにはならなかった。かかってこいや精神が勝ってしまった。私と、犯人を含む奇妙な15人の住人たちとの、5日間に渡る共同生活がついにここから始まった。

とにかく私は少しでも気持ちを回復させようと近所のポリスに出向き、かくかくしかじかで、、と、帰国後の保険金ゲットのために勤しんだ。海外旅行傷害保険の加入をここでリコメンドしておきます。

ちなみに私はそのとき、盗まれた携帯とは別にもうひとつ携帯を持っていた。それだけが奇跡だった。新しい携帯に変えた直後で、何かと必要だったために2つ持ってきた。自分のグッジョブ感を讃えざるを得ない瞬間だった。

とにかく帰国後に諸々のお金が戻ってきてくれることを信じるしかなく、少しモヤモヤしながらもシドニーの街を楽しむことにした。

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楽しいな、いい街だな、空気もいいし最高だぜ。と思いながらも、夕方になると、そろそろあの宿に帰宅する時間か……チッ! と心の舌打ちをしながら軽く気合を入れた。

部屋の扉を開けると安定の閉ざされた空気感。話しかけた時はそれなりに優しかった住人たちも、やはり独特の距離感があって接近・干渉してこない。

なんだろうこの雰囲気。こうなってくるとどいつもこいつもが犯人に見えてきてしょうがない。

そんな矢先、この部屋で最も長い滞在をしていると思われるおじいさんが話しかけてきた。

「携帯見つかったかい?」

いや、見つかんないだ。という返事を、悲しそうな表情全開で、心持ちみんなに見えるように私は表した。犯人に見えるように。
お前か? それともお前か? という気持ちは裏に隠して。

そんな流れから、そこにいた住人たちがこの話題に参入してきた。

スペイン系サッカー選手風のイケメンが、「俺もさ、ここに来たばかりのとき携帯盗まれたんだよねー」と話してきた。かと思えば、清く正しく真面目そうな韓流男子が、「僕はここに到着してすぐに3万円盗まれたよ」と話してきた。

本当に? 君らもやられたのかい? うう、辛いね。
と私は大きく相槌を打って見せた。じゃあ君たち2人は犯人じゃないよね。ね、そうだよね? 犯人があえての被害者の振りをしてるわけじゃないよね? という気持ちは裏に隠して。

そんなところに部屋の扉が開き、帰ってきた住人、、は女子! 女の子いたんかい!

今まで偶然会わなかっただけなのか、化粧っ気がまったくなく地味なズボン姿だったから気づかなかったのか。私はその女の子を、一目で完全に中国人だと思っていたのだが、「携帯盗まれたの?」とまさかの日本語で話しかけてきたので、日本人やったんかい! と目から鱗が出まくった。

「『アナと雪の女王』のね、”女王”のほうなんだよね、私。それでね、東京で311の地震が前あったでしょ? あれね、私が東京にいたから地震が起きちゃったんだよね。だから日本にいるとまた引き起こしてしまうから危ないと思って、オーストラリアに来たの」と、本気と書いてマジと読む表情で私に力説してきた女の子の名は、ユキちゃんといった。顔も話し方も、ほっしゃんに似ている。

名前がユキだから、”雪”とかけて自分のことを女王と言ってるのか? とか、東京で地震を起こしてしまったからこっちに来たと言ったけど、その場合オーストラリアの安全性はスルーかい、などとツッコミどころは満載だったが、本人は微塵も冗談ではなく至って真面目に話をしていたので、私も本人の気持ちをリスペクト(する努力を)しながら聞いていた。

その後も、前世では福山雅治が恋人で、今彼は東京にいるけど、世の中で地震の問題が解決する頃にはもう一度巡り合うことになっている。などと言ってきたので、さすがに福山は使っちゃダメっしょ、とツッコミたかったけど、我慢をしてリスペクト(する努力を)しながら聞いていた。

そんなユキちゃんは独特すぎて、ずっと話を聞いていると正直疲れたけど、私が部屋に戻っては話しかけてきてくれるので無下にはできなかった。

ユキちゃんは「私がみんなに、携帯のこと知らないか聞いてあげようか?」と言ってきた。いや、あの、私、もう一通りみんなに聞いたん、、だ

「ドゥーユーのう?アイフォんシックス?」

!!!!!

なななんか、す、すごい英語だ!!
いや、英語なのか!?

ウルトラミラクル超絶日本語っぽい英語の発音、且つ、2倍速”減”のスーパースローな話し方で質問していたので、住人たちは、大きなハテナマークを頭に浮かべなからそれぞれ回答していた。

ゆ、ユキちゃん、、ありがとう、、優しいな、とは思ったけど、もうそのユキちゃんのキャラとか、なんかいろいろ今私の目に映るすべての出来事が、時空の歪んだ不思議空間のようにしか映ってこない。

この部屋、とんでもねえ、、、

犯人が同室にいることを差し置いても、ユキちゃんの存在だけで、そのとんでもなさが倍増してしまっていた。

ユキちゃんは頑張って聞いてくれたけど、結局誰も私の携帯の行方を知らなかった(当たり前だが)。しかしユキちゃんは言葉を続けた。

「私、あの人が絶対犯人だと思う。ねえ、この部屋に1人だけ黒人の人がいるでしょ。絶対アイツが犯人だよ」
「え? なんでわかるの?」
「いや、私にはわかる。いつも夜中にいないし、怪しい」

と言ってきた。

いや、ユキちゃん。夜中いないのは他にも数人いるし、なんならそれ”黒人さんだから”という完全に偏ったイメージで言ってるやろ笑。と、またもやユキちゃんの判断にツッコミどころが満載だったのだけれど、そう言われると気づかぬうちにその黒人さんをマークしてしまう私もいたのであった。

もう、この部屋で起こるすべてのことが、嘘と誠のせめぎ合いでどうしよう。

とにかく、ここ数日の調査で私にはわかったことがあった。
①犯人はこの部屋の住人であること
②夜中に犯行に及ぶこと
③新人(新しい入居者)が狙われること

そのタイミングで新しい入居者がこの奇妙な館のこの一室にやってきた。またもや男。

ウエルカム to  このお部屋……。何も知らずにやってきおって。キミのような新人くんが来る日を私はずっと待っていたよ。

今宵、キミは何かしら盗まれる可能性が高い。しかし安心しろ、私はキミの味方だ。アンパンだけ持ってきてくれ。

私は完全に張り込み上等の刑事モードに入った。

深夜0時をまわったころ、まだ帰宅していない数人を除いて、みんな寝静まった。ついに待ちに待ったこの時がやってきたのだ。私は、今日、犯人を見つける!

そんな思いを強く抱き、二段ベッドの上段で、息を潜めて完全に寝たフリをきめた。誰も私が起きてるだなんて思わない。完璧な寝たフリ緊チョーるだ。

チッチッチッチッチ、、、、

あるはずもない時計の針が、
頭の中で時を刻むほどに、
時間が、

経たない!
これはまさかの事態だ!

30分、1時間、、と、犯人が動き出すところを逃すまいと集中すればするほど時間が経たない! 眠い。眠すぎる。睡眠に負けてしまうのか……と、ひとり葛藤をしていたその瞬間、ついにこの時がやってきた。

ガチャ、、、、

部屋のドアが開いた!

まさか、犯人は今帰宅したコイツか!

芋虫みたいに布団にくるまった私は、今が勝負どころや! と寝たフリ緊チョーる全開、ミクロも動かず目線だけをドアの方に向け、様子を伺った。

え!!

私のベッドに、近づいてきた!!

ヒーーーー!!

なんとその人間は、私のベッドの下段に滞在している、ただ帰宅しただけの男だった。
なんだよ、犯人じゃないのかよ。ずっと狙ってた私の気持ちにもなってよ。タイミング悪すぎるんだよ。

この男がまた独特な雰囲気を持っていた。
私と上下でベッドを共有しているし、同じアジアなのに、親近感も全く見せない。顔も雰囲気もフルーツポンチの村上に似てて、それでいてロン毛。別にいいけど。

とんだジャマが入ったが張り込み再始動だ、と気合いを入れ直していると、

ん、、、?

んん、、、、???

私の枕の下、もとい、枕を突き抜けてもっと下↓、下段のベッドから何かがかすかに聞こえてくる。

「ふ〜ふふふ〜ふふ、、、」

下の男、イヤフォンで何か音楽を聴いている模様。若干漏れてきているその音を、刑事モード全開の私は聞き逃さなかった。

ふ〜ふふふ〜ふふふっふっふふ〜ん、そーれがきーみの、、、

タイミング〜〜〜〜!!!
(@ブラックビスケッツ!!!)

まじかー! いつの時代だよー! もう20年も前の歌じゃんよー! フルポン村上がブラビの”タイミング”聴いてるやん! ってか自分、”タイミング”聴いてる場合じゃないよ。デカやってる私が張り込みしてる張り詰めたシーンの中、犯人でもないキミの登場したタイミングどんだけやねん! やし、自分、日本人やったんかいっていうツッコミ、私今どこにやったらいいか教えてくれー!

もうなんか、いいや笑。と思い、そのまま私は寝床についてしまった。
夜中のフルポン村上の秘密時間を覗き聞きできただけで満足してしまった私がいた。その男、朝起きたらもういなかったし。睡眠時間短過ぎやろ。

寝ても覚めてもツッコミどころが満載だった。ここの住人たるもの、期待を裏切らない。

そんな朝がスタートし、この宿での滞在も折り返し地点がやってきた。

お昼間は相変わらずシドニーの街を楽しんだ。夕方になって宿へ戻るころに、あの宿に戻る時間か……チッ! とは思わなくなっていた。

夕食を作ろうと思い、宿に備えられた共同キッチンへ行くとユキちゃんがいた。

今日はどこどこへ行って、図書館の方ぐるーっとまわって、あの通りまで行って、一日中たくさん歩いて帰ってきたんだ、と教えてくれた。それは歩き過ぎたね、と私が言うと、「ダイエットしてるから」と返してきたユキちゃんは、卵1パック、全部で12個分の卵を使った巨大スクランブルエッグを作っていた。もうわけがわからなかった。わけがわからなかったが面白かった。私がユキちゃんという人間を受け入れた瞬間でもあった。

問題の犯人は未だ見つからない。だけど、このスマホ事件をきっかけに、ほぼ全ての住人とよく会話をするようになった。私がオーストラリアのガイド本を見ていると、日本語が珍しいのか近寄って話しかけてきたりした。

みんなと仲良くなった。みんないい人に見えた。最後までユキちゃんに怪しまれていた黒人の彼とブラビのアイツだけは一生私に話しかけてこなかったが、それもそれでキャラ立ちしていた。私は、犯人が誰なのかどうでもよくなっていた。旅を、楽しんでいた。

私と、犯人を含む15人の奇妙な住人たちとの共同生活はこうして終わった。
旅先であんなにたくさんの写真を撮る私が、日々に夢中で、肝心な彼らの写真を撮ることさえも忘れていた。そんなふうに、彼らが跡に残らない謎めいた存在になったというのも、結果的にオツだと思っている。

ユキちゃん。今となっては行方知らずだが、地震が起こるところにユキちゃんはいるのか。

私が開けたパンドラの箱はその名の通り、開けたらたちまち数多くの災いが溢れ出し、急いで閉じた箱の中には希望だけが残った。 窓のないこの部屋にも、一筋の光が差しているように思えた。それが旅というものだ。

今日もゆくゆくどこへゆく。
私たちは、私たちの未来は。
どんな出来事が起きようとも、すべてはそれがキミのタイミング。

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