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げせない。

さかのぼる事、小学校2年生の秋。

公園で、よく話しかけてくる子がいた。

当時は、警戒心もなく誰でも仲良くしてた。

その子は年上で、とても積極的。
それぐらいしか、知らなかったのに。

自転車で遠くに行こう。

そう言われ、私は自転車なんて、
持ってなかったし、乗れなかった。

だが、その子は二人乗りすれば、
いいよ、ここに座ってれば大丈夫だから。

言われるがままに、
その子の自転車の後ろに座ると、
勢いよく自転車を漕いで爆走したのだ。

信号無視だし、車や人がいても、
お構いなしで、突き進んでいく。

なんなら、罵声を浴びせて、
びびっている人や、轢かれそうになっている、
人達を楽しそうに、嬉しそうにして笑ってる。

私はかなり怖い気持ちになりながら、
ひたすら落ちまいと自転車にしがみつく。

その子は、
隣り町まで、自転車を走り出して止まった。

そこには、
今で言う雑貨屋さんみたいな店があり、
若い女性達で賑わっていた。

その子は、記念に何か買おう!と、
なぜかプラスチックで出来た、
指輪の模造品を私に買ってくれた。

お揃いの指輪をその子も買っていて、
これで、記念になるね。

そう言いながら、笑っていた。

それ以来、その子がいる時は、
必ずその指輪を付けてと、半ば強引に、
指輪をつける事を私に命じた。

私も何も考えず、それに従って指輪を、
常にポケットに入れて、その子がいたら、
すぐに指輪を付けて、その子と会っていた。

そのうち、
その子が現れなくなる。

なんだか…げせない。

私は、
その指輪は持ち歩く事もなくなり、
引き出しの中に入れたまま。

私が中学3年生になった秋。

その子は突然現れ、
久しぶりだね、覚えてる?と
面白そうな顔をして、声をかけられた。

残念な事に、私はすっかり忘れてて、
その子の事が思い出せなかったのだ。

その子は、
あの時の出来事を話し、
ほら、自転車乗って、隣り町まで行って、
記念に一緒にお揃いの指輪買ったんだよ。

それから、会う時は、
必ずその指輪を付ける約束したんだよ。

私の記憶の向こうに、恐怖と共に、
その記憶が蘇り、はっきり思い出していた。

だが、あまり関わりたくなく、
あくまでも、思い出せないと言う。

そんな私を、みかねたのか、
その子が急に怒り、怒鳴り始めたのだ。

私は、やべ…なんか怒ってるよ…。
それでも、そこまで怒るのがわからず、
とても不思議で目をパチクリさせていた。

すると、
その子はガクッとうなだれ、ボソボソと、

だと思ったんだ…。わかってた…。
君が悪いんだからね…いけない子。
だから…忘れない様にしてあげる。
ほら、ちょっと手を出して。

と私の手をとると、
カジっと動けなくし、ポケットから、
墨汁を手に数滴、垂らすと、針が突き出た、
安全ピンらしき物で、私の指の一つに、
何度も針をブッ刺してきた。

流石に、なにしてんだよ!
と手を引っ込もうとしても、
その力は強く、なおも、
地面に私をおさえつける。

安全ピンの針をその指だけに、
集中して、小刻みにブッ刺して、
そこに何度も墨汁を垂らしていくのだ。

痛みもあったが、
どうしてもこの状況が飲み込めない。

何をされてんのかが、理解できずに、
押さえつけられたが、もう身を任せ、
ひたすら、現状を把握しようと考えてた。

私は、
誰に何をされているかとか、
どうでもよくて、なんとも思わないのだ。
たとえ、痛めつけられても、気にしない。

だが、その意味がわからないと困惑して、
ついつい、その事ばかり考えてしまう。

その子が執拗に針をブッ刺して、
どのくらいの時間が経ったのだろう。

早く終わらないかな…。
なんかの儀式なのかな…。

辺りがやや暗くなってきた。

その子は、やっと解放させてくれ、
これで、嫌でも忘れない…と言うと、
自分の手を見せてきた。

そこには、日暮れでも、
わかるぐらい、指にくっきりと、
明らかに、指輪の入れ墨の様なモノが、
私と同じ指の所に、入れられていたのだ。

やっと、事態を把握できたおバカな私。

墨汁で真っ黒な手に、
ある指だけ、少し腫れてて、
その存在感をジンジンと主張していた。

その子は、なんの悪びれる事もなく、
笑顔で、またお揃いになったね!
忘れない、いい記念になった!

と言うと、
私を無理やり公園の、
水飲み場まで、連れていく。

墨汁だらけの手を、
強引にこすって、洗い流そうとしている。
その顔が狂気的で、うっすら笑ってる。

それでも、
秋の日暮れの水道水は冷たく、
墨汁はなかなかとれなくて、
だんだんその子は、苛立っていた。

私は、
わかった!
もうやめろ!
後で洗剤つけて洗えばいいんだろ?

何が良かったのか、
全然知らねーが、満足か?
そこまで、こだわる意味がわかんねー。

もう…しゃーない。お揃いだな!
おかげで、忘れたくても忘れねーわ!

その子は、
また狂気的に大笑いして、
今度会う時は、ちゃんと専門の彫り師に、
本物みたいな指輪の入れ墨を記念に、
入れてもらおう!楽しみだなー!
それまで、お互いに我慢しよう!

と、自分の手と私の手を、
かすかにうす暗い空に、かざして、
とても喜んで笑っているのである。

やはり…げせない。

なにより、私の危機管理と言うか、
警戒心のなさ加減が招いた出来事。

その子とは、それ以来会ってない。

もし、会ってたら、無理やり、
彫り師に連れてかれ、指輪の入れ墨が、
私の指に彫られいたかもしれない。

いや、その前に、逃げるな。

そこまで、
学習能力低くないわ。
やられるとわかってて、
ほいほいバカみたいについて行くか!

だが、指に残った指輪っぽい入れ墨の跡。

雑で、粗くて、
あの狂気が、青く指に根を張っている。

それ以降、
学習した私は、初対面の人には、
警戒心を持ってしまって、なかなか、
心を開かないし、積極的な人ほど、
逃げ腰になる、ひねるれた人間になる。

あー、げせないね。

今は、タトゥーなんて、当たり前の
世の中になっていたが、どんな気持ちで、
どんな思いで、入れようとしてるんだろう。

軽い気持ちで、何も考えてないのかも。

私には、分からないから、知りたい。

そんな事があった後。
中学校3年生の間は、
絆創膏の消費量がぐんと増えた。

24時間ずっとその指には、
絆創膏で、封印していたのだ。

絆創膏を付け替える時に、
ふやけた入れ墨が入った指が、
あの時のあの子の指の入れ墨の、
指にみえて、嫌で、すぐ絆創膏を貼った。

高校入ったら、もう絆創膏もやめたし、
誰かに聞かれたら、まぁ…若気の至り?
なんて、誤魔化していたのだ。

社会人になると、
本物の分厚い指輪を付けて、
隠さなければならない時期もあったし、
面倒くさくて、たまらなかった。

指じゃなかったら、逆に彫り師に、
もっと綺麗に違う模様に彫ってもらって、
あの忌まわしき思い出を消し去って、
塗りかえられたかもしれないな。

そんな人もいるのかもしれない。

私には、そんな勇気ないけど。

秋になると、
この跡が炎症を起こして、痒くなり、
嫌でも、あの時のあの子を思い出す。

今年は特に、ひどい。

今まで、しぶとく指に絡まってたのに、
今さら主張してくんなよ…。

こりゃ…絆創膏買ってきた方がいいな。
また、ふやけた指に逆戻りだ…。

うむ…げせない。

そう言えば、
入院してた時の新人看護師、
その子の様に、採血の針を何度も、
ブッ刺してきて、距離感なく馴れ馴れしく、
関わってきてて、ある意味怖かったな…。

もちろん、心は閉ざして警戒してました。

通院している病院で、
もう新人ではないが、あの看護師と、
まさかの遭遇をしてしまったのだ。

病棟の看護師だったが、
医者見習いとデキ婚して、でかい腹で、
今は外来の看護師に移動して、
産前休暇まで働いているそうだ。

聞いてもいないのに…。

お、おーそうか、
身重な身体、無理しないで、
大事に元気な子を産むんだぞ!

そう、言うと、
キャー!
以外なお言葉ありがとうございまーす!
お腹触ってもいいですよー!
今すごく動くんです!

はは…では…。
とはぐらかして、逃げた。

あいつ…いつの間に…。
しかも、やっぱり馴れ馴れしいんだよ!

やはり積極的な人間は…。

げせない…。


秋の夜長、眠れなくて長々と、
下さない事を書いてしまった…。

あの子…指輪の入れ墨入れたのかな…。

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