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野良猫の世界

確か小学生だった頃の話である。
その時代は野良犬や野良猫がわんさかいた。
大抵こっちが何かしなければ走って逃げてくものだが、一匹のまだ小さい野良猫がすり寄ってきた。それが可愛くてたまらなく、弱りきっていたその野良猫はかすかにミャーと鳴いた。
いてもたっていられず、お持ち帰りしてしまったのだ。
とりあえず、ネコと言えば牛乳だ。
皿に牛乳を入れて猫に差し出すとペロペロと飲んでくれた。なんて愛おしいのだ。
子供心に刺さりまくった。
たが問題がある。
まずは、家はボロアパートである。
そして、母はクレイジーなのだ。
これは秘密にしなければいけない。
何気なくお持ち帰りしてしまった…。
ことの重大さを痛感した。
まだ小さな猫を飼う事は不可能なのだ。
当時はあちらこちらに空き地があり、
とりあえず空き地の草が生い茂った所を探しバスタオルを置いて猫を置いた。

明日また来るからね。

と言ってその場を離れた。猫のミャーミャーと鳴く声に胸が締め付けられそうになる。
勘の鋭い母親は、帰ってきてクンクンと嗅ぎ、

お前、何か連れ込んでないだろうね?

と睨んでくる。

いや、何も…あっそうだ、今日野良猫と遊んだんだ。すごく可愛いかったよ。

母親は、ふーんと目を光らせる。

わかった。

と何かふくみのある感じで言って終わった。
危なかったぜ。さすがクレイジーだ。
次の日煮干しを持って空き地に向かうとバスタオルは八つ裂きにされて、みるも無残な状態で置いてあった。慌てて猫を探したが見つからない。
まぁ当然ちゃ当然である。
握りしめていた煮干しを八つ裂きにされたバスタオルに投げつけて帰った。

次の日の朝の出来事である。
母親の悲鳴で飛び起きた。
玄関先にお亡くなりになったスズメが一匹置いてあるのである。

かあちゃんこれなに?

と聞くと、

あんた野良猫と遊んだって言ってたよね?
連れてきたのか?正直に話してみろ。

と言うではないか。
一体このスズメで何がわかったのだ?
なぜ今猫の話になってしまったのだ?
そんな事を考えながらここは正直に話そうと、

連れて帰って牛乳飲ませて、空き地んとこに返しただけだよ。

と告げるとバシッと平手打ちをくらい、目ん玉飛び出るんじゃないかと思った。

なんて事してんだ!お前は!

今度は頭を殴られた。えっ…なに?なにが起こってるの?
夢だったらいいのに…。でも頭も頬もジンジンと熱をもっている。現実だ。

お前は、やってはいけない事をしたんだよ。
むやみに同情をかけるな。野良は野良の生き方があるんだよ。そこに遊び半分で、何も考えずに野良猫を扱うんじゃないよ。

怒鳴り声は多分隣近所にも聞こえてるくらいに激しかった。

違うよ。子猫が今にも死にそうだったから、牛乳をあげて…。

話しの途中で母親は、お前は本当に…とゴツンと何が凶器で殴られた感触がした。
母親のパンプスである。平手打ちとゲンコツで手を痛めたであろう母親は自分の靴をとっさに取って思いっきり頭に突き刺したのだ。
そこで痛がっていたら、また母親の逆鱗に触れてしまう事は暗黙のルール。
母親は、

人間もそうだが、野良猫にだって生きていく為の厳しい世界があるんだよ。
お前みたいな後始末も出来ないヤツが、むやみに手を出してはいけないんだよ。
それには、きちんとした責任が必要なんだ。
生きるのも死ぬのも、それが野良猫の宿命であり、生きる為に必要な連鎖なのさ。
お前は良かれと思った行動だが、野良猫にとっては迷惑な事なんだよ。
わかったか?

歯を食いしばり痛みに耐えながら、

はい。わかりました。ごめんなさい。

と、涙を溢れさせ謝った。
頭からつーっと何かが流れてくる。
母親のパンプスのヒールが突き刺さり血が出てきてしまった。ちりかみで頭を押さえて、血を止めて学校に行った。
野良の世界は厳しいんだなぁと思った。
すると同級生が自慢げに話す声が聞こえた。

あの空き地あるだろ?
あそこに弱ってる子猫と母猫がいてよ、
母猫が威嚇してくんだよ。生意気に。
ムカついたから、石投げても逃げねぇんだよ。
面白くねぇよな。だから、バット持って何回か振り回したら、余計に母猫がうるさくてよ。
思わずやっちまったわ。

耳を疑った。
私は無意識にその同級生に掴みかかっていた。
頭に血がのぼり、今朝のパンプスの傷口が開き血だらけになりながら、同級生に怒鳴る。

遊び半分で野良猫を弄ぶな!
人間と一緒で野良猫の世界があるんだよ。
同じ命なんだ。お前は人殺しと一緒だぞ。
そんな事平気でやるなよ!
やっちゃいけねぇんだよ!
頭の血が全身に行き渡り、同級生の顔からシャツや腕に血が飛び散り、染みていく。
同級生は青ざめていた。

そのまま出血多量でぶっ倒れた。

どうやら救急車で運ばれたらしい。
気がついたら病院のベットにいた。
後から聞いたら大惨事だったらしい。
確かに血まみれの人間が急に怒鳴り狂ってたかと思えば急に倒れたんだもんな。
頭を触るとハゲていた。
パンプスの穴を数針縫って処置されてたのだ。

はぁ…かあちゃんに迷惑かけたなぁ…。
全部自分のせいだ。あの時の軽率な行動が全てを巻き込んでこんな事になってしまった。
なんて事をしてしまったんだ。
泣いて泣いて呼吸困難になるくらい泣いた。
そしたら遠くから走る足音が聞こえた…。
かあちゃんだ…。
やべぇーよ。どうしよう…。
処置室のドアをバンッと開き、息荒くこっちにくる母。
とっさに身構える。
そしたら泣きながら、よかった…よかった…。
と腰抜かしてヘナヘナになって私の頬に手を当て、大丈夫かい?痛かっただろ?ごめんよ…。
と泣いている。
その後、菓子折りを持って、同級生の家に母と謝りに行った。

あの時のスズメの意味を知った。
すり寄ってきた子猫は自分で、威嚇していた母猫は怒鳴り散らしたかあちゃんだ。
そしてあの時の自分は同級生なのだ。

繋がった。

母猫は、迷惑をかけたとスズメを玄関先に置いたのだ。

人間の世界も野良猫の世界も似たようなものなのだ。
むやみに同情や無責任に手を貸すのは、かえって負の連鎖を作り上げてしまう。

自分の愚かさを教えてくれた母親と同級生に心から感謝します。

弱りきった子猫の自分はややしばらく、
てっぺんハゲで学校では危険人物として扱われていたのであった。

たまに野良猫をみかけると当時を思い出し、頭の傷跡がズキッと痛み出す。

何が言いたかったのかわからなくなったが、長々と自分の過ちを告白してしまった事を申し訳なく思います。すみません…。

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