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『つけびの村』読んだ。

▶テーマ:読書

2013年に山口県の限界集落で起きた連続殺人放火事件。フリーライターの筆者が現場を歩いたドキュメントが『つけびの村』(高橋ユキ著・晶文社刊)です。

実際に起きた事件を取材したノンフィクションは枚挙にいとまがありません。なかでもとくに僕が『つけびの村』に引かれたのは、この事件の犯人に自分と同じ匂いを感じたからかもしれません。自分も彼のように周囲から孤立し疎外されつつあるのではないかと……。

はじめに本書を手にしたとき、ブックデザインがライトで洗練された印象を感じました。事件もののドキュメント本っておどろおどろしい装幀が多いですが、これはオシャレでちょっと持ち歩きたくなります。内容に反して(笑)。

文章もフットワークが軽くテキパキして、なおかつ村の雰囲気や取材相手をいきいきと描き出しています。

序盤、本書の取材のきっかけとなった日本古来の風習「夜這い」についての説明が続いたあと、章が変わって現代の工業地帯となった山口県周南市の姿が描かれる、このカメラがパッと切り替わる感じがゾクゾクさせ、読み手を本の中へ引きこみます。

事件が起きた集落へ向かう道の途中にはなぜかあやしいUFOのオブジェ。まさに異世界への入口を示すよう。廃墟となった犯人のあばら家をはじめ、村の風景、出会う村人、それらが徹底して筆者の目線で描き出され、読み手の目にも浮かんでくるようです。たんに事件の過程を追っただけでなく、取材して歩く作者の五感が伝わってくる生々しい手記という印象です。

「いい人間ばっかし思ったらダメよ……」「田舎には娯楽はないんだ、田舎には娯楽はないんだ。ただ悪口しかない」「お父さん、お母さん、ごめん。お姉ちゃん、お姉ちゃん、ごめんね」

犯行後に犯人が持っていたICレコーダーには遺書ともとれる言葉が残されていました。

事件前、犯人が東京に暮らしていたころの知人は取材を受けてひと言、もらします。「ホミちゃん、ありがとう」

これらのエピソードから事件はただ陰惨なだけではなく、別の印象が立ち上がってきます。

犯人は根っからの極悪人ではなく、年老いた親の面倒を見るため、さびれゆく集落を活性化させるために故郷へ戻ってきたそうです。しかし土地の人間たちと信頼関係が築けず孤立してしまう。

村の人々にとって信頼を得る手段は、自治会や村の行事へ半強制的に参加することで、それってイナカのけっこう嫌がられるポイントだったりします。けれどもそこを通過しなければ彼の村おこしの輝かしい理想も実現できないのです。人との信頼関係って何だろうと思わず我が身を振り返ってしまいます。

この事件が注目をあびたのは僕らが忌み嫌い、目をそむけてきた古いムラ社会の陰湿さがさらけだされたからでしょう。犯人のつけた火は、静かな村にひそむ悪意をあぶりだしたのです。

僕の住んでいる東京郊外の町もずいぶん空き家が増えました。人口が減り続け、やがて「限界郊外」になってしまう日がくるかもしれません。そんな郊外で孤立する人々は、本書に出てくる村人たちと同じような心の闇を隠し持っているのではないでしょうか。

著者の高橋さんには、次回はそんな僕たちに身近な郊外にひそむ問題をテーマにした著作を期待しています。


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