狂気の歴史:外因・内因・心因の三つ巴とその循環 〜狂気の統治は誰のものだったか〜 古代編

Peter Conrad / Joseph W. Schneider "Deviance and Medicalization"(邦題:『逸脱と医療化』)というむちゃくちゃ面白い本があります。1992年の社会学の本ですが、今なお激烈に面白いです。興味を持たれた方はぜひ読んでください。日本語版は絶版のようでインターネットでは買えないので図書館などで、英語版ならAmazonで購入可能です。

この記事は、第3章 "Medical Model of Madness: The Emergence of Mental Illness"を全面的に参考にしています。


狂気はどこからやってくるのか

現代の精神医学では、「操作的診断基準(=DSM)」と「伝統的診断基準」が診断における主な方法論として採用されています。

そのうち、「伝統的診断基準」では精神疾患の病因論として「外因・内因・心因」の3つの大分類があります。対して操作的診断基準は病因論を排除しているところにその特徴があり、ともに一長一短があると言われているようです。

外因とは、精神疾患/精神機能の異常と因果関係が比較的よく分かっている物質的な原因です。代表例としては脳挫傷によるもの、脳卒中によるもの、脳炎によるもの、進行梅毒など感染症によるもの、異常タンパク質の蓄積によると言われている認知症やクロイツフェルト・ヤコブ病などが挙げられるでしょう。

内因とは、物質的な基盤が想定されるが、いまだその因果関係がほとんどわかっていない精神疾患です。
代表例は統合失調症、双極性障害、うつ病などです。一般的に「精神疾患」というとこのジャンルを指すことが多いと思います。

心因とは、物質的な基盤が想定されない、純粋に心理的過程によって生じる精神疾患です。PTSDや適応障害が挙げられると思います。

このような分類は、医学による精神疾患の統治による分類であり、医学モデルと言えるでしょう。そもそも「精神疾患」という単語自体が狂気を医療の範疇に引きずり込んだことによる産物です。

ここでは、狂気が西洋の歴史のなかで、どのような経緯で医学の統治するものとなったのか、そして医学モデルのなかで狂気の扱いはどのように変遷していったのかを見ていきましょう。医学の範疇外であっても、便宜的に「外因・内因・心因」の分類を使ってみることにします。

旧約聖書の時代

古代ヘブライ人にとって、狂気とは神罰だったようです。

旧約聖書の『申命記』にはモーセの言葉として次のようなものがあります。

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