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スイッチを押すとき(後編)

前編はこちら → スイッチを押すとき(前編)


2017年11月11日

私はこの日、マッチングアプリで知り合ったとある男性と食事をすることになっていた

「堅そうに見られますがそんなことはありません。寿司が好きです」というごくシンプルなプロフィール。そして、可能性を感じさせるぼんやりとした顔写真…

そう、『寿司の彼』とデートをする運びになったのだ

彼とは不思議とメッセージでの会話が弾み、なんだかよくわからないけど「鮭の水煮の中骨の食感」の話題で異常に盛り上がり「こんなクソ狭いテーマで無限に盛り上がれるってもしかして…トゥンク…」と私は新たな恋の予感に鼓動を速めていました


何回かメッセージのラリーを繰り返したとき


彼「よかったらアプリじゃなくて、LINEでやりとりしませんか? 僕のIDは****です!」


ついに、きた―――!


マッチングアプリを知らない方にわかりやすく説明するとこの「よかったらLINEでやりとりしませんか?」は「一緒にパーティ抜け出さない?」とちょうど同じ意味です

アプリ上のやりとりだと、名前すら明かされていないこともあるくらい相手のオフィシャルな情報はほぼ分かりません
学歴や年収、職業、身長や出身地などを書く欄はありますが、いくらだって嘘をつくことができます。極論、実在しない人間を作り上げることさえも可能なのです

そしてこのアプリを一方的に退会してしまえば、相手とは一切連絡を取ることができなくなってしまいます


そんな状況の中「LINEが知りたい」と言うのはつまり、アプリの外で、実在するひとりの人間として、公式に関係を持ちたいということ……


マッチングアプリという名の、パーティを抜け出すってコト……


(西野カナの良い曲が流れる)


私は彼のメッセージに書かれたLINE IDを世界新の速度で鼻息荒く検索し、LINEで返事を打ちました


そして、マッチングアプリをはじめてわずか一週間、トントン拍子で二人で会うことになったというわけです



無事に待ち合わせ場所のビックカメラ前まで着いた私でしたが、なにせぼんやりした顔しか知らないので、この人混みの中の誰が彼なのかが分からない。LINEで電話をかけます


『もしもし』


ん?


待って


『近くにいますか?』 


え?


ビックカメラの入り口にスーパーウルトラトロピカルドメスティックサンクチュアリな人が電話に、え?出て、?るけど?????る???
(訳:超とても南国家庭内聖域)


「え、あの、今着きましたけれども」


私は動揺して痰が絡みまくった低めの声でそう返事をする


『あ、しりさん?』


電話越しに聞こえてくる声と前にいるハイパーウルトラサティスファクションマジカルアンデッドラブリーな人?の口の動きが一致して、る??????る????
(訳:とても極度に満足魔法ゾンビ愛)


彼「はじめまして」


しり「はじめまして!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



近づいてくる彼にすごい元気な犬並みのテンションであいさつする私


このとき私の心の中にあった感情はただひとつ



思わず日本一の山、富士が頭の中に浮かんでしまうくらいにタイプ


適度に死んだ目、適度に高い身長、清潔感のある服装、笑う時に照れて少し困っているようになる感じ………


私はそれまで顔にこだわる人種ではなかったので自分でも驚きましたが、


端的に言うと、彼に一目惚れをしてしまったのでした


彼が予約してくれたお店は小ぢんまりとした良い感じの雰囲気の居酒屋さんでした


メニューを広げる彼


「何食べますか?」


エエ゛ーーー?!


どタイプの人が私に何を食べたいかを聞いてきてるーーー?


VR??????


なんかもうアルミホイルとかでいいでーーーーっす!!!!!


私は動悸をおさえながら、これが現実に起っていることなのかにわかに信じられないまま「天使のほほえみ」とかいう謎の肉料理を注文していた。美味しかったけど「天使のほほえみ」って今考えると何?


初対面だったので、本当に基本的なプロフィールを互いに語り合った
仕事のことや出身とこと、学生時代のことなんかを話した。本名もこの日に知った

今まで合コンなどで出会った男性ともこういったプロフィールのやり取りは繰り返してきたはずなのに、なんだろう、会話のテンポとか、テンションの低さが決定的に心地いいのだ。頼むメニューも「それそれ!私もそれ頼みたかったやつ!」と全力で同意できるものばかりで、食の好みも近かった


この人になら「昔、『紫薫(しくん)』という名前の海苔が実家にあったのですが「しくん」を自分の中の一番低い声で言うっていう遊びを高校卒業するくらいまでずっとやっていました」っていうエピソードトークをしても笑って受け入れてもらえそうな気がするとさえ思った


ずっと笑いが絶えず、なんだか「出会い」の楽しさだけを凝縮したような時間……言うなれば、「出会いの煮こごり」……(例えがクソ)


私は家電を買ったりするとき、特に他店との比較やネットの口コミも確認せず「なんかいいかも」と思ったらすぐに「購入スイッチ」を早押しクイズの要領で超スピードで押してしまう

そんな性格だから、この局面でも私は迷うことなく「あーーもう絶対にこの人と付き合いたい」と胸に決め、でっかいピンク色の「この人と付き合いたいスイッチ」を押して、頭の上に「この人と付き合いたいランプ」をギラギラと点滅させていた


こんなに「好き」と思える人とお酒を飲めたのはそうなかったので、あんまりにも楽しくて自然と酒が進む


しかし、私はやっちまいました


しり「二軒目行きましょう!!!」

彼「え、いいですよ」

二軒目に到着

しり「これとこれと、あとパフェで!」

彼「パフェ・・・?」

しり「パフェうめえ!」

彼「・・・」

しり「なんか眠い!」

彼「えっ!?」


その場で電源がブツッと切れたかのように就寝


あのお店のソファ、もしかしてエアウィーブ使ってたのかな?


めちゃめちゃに深い眠りに落ちた


隣のテーブルの男女に「なんか、あの子薬盛られてない…?」と彼が怪訝な顔をされるほどに私は目を閉じたままピクリとも動かない


夢の中でデカい猪が襲いかかってきたシーンでバッ! と目を覚ますと、お会計はすでに終わっており、私が起きるまで彼は携帯をいじって待ってくれていた


土下座する勢いで謝罪したあと、これ以上無様な顔をお見せすることはできない…と即座に帰宅をしようとしましたが「心配なので…」と自宅まで送ってくれて(優しさグランプリ2017優勝)、その日は終わった


いろんな意味で終わった


そう、私はチャンスをドブに捨てる女


明日からしりひとみではなく「チャンスすてみ」と呼んでもらって構わない


そう改名の覚悟を決めながら、彼に謝罪の連絡を入れた


返事こなかったらどうしよ…と不安に思っているとすぐに返事をくれた




心、エーゲ海くらい広いな


しかも、次回また会って下さると言うではないか……強引に二軒目に連れていき勝手にパフェを頼みガン寝する女は私だったら絶対に嫌なんですけど彼は受け入れてくれた


なおのこと、この人しかいない…!


私は、次に会える日を指折り数えて待ちました


そして、11月22日


彼とはじめて出会ってから11日


アプリを始めて2週間程度です


早くも、2回目のデートの日となりました


その日はまず集合したら東京スカイツリーのショッピングエリアをぶらぶらして、スカイツリーの中にある「すみだ水族館」に行き、上野へ移動してイタリアンで軽くご飯を食べた後美術館を見て、その足で赤羽に向かって赤羽で飲むという今考えると激アクティブなプランだった

たくさん歩くし、あんまり気合を入れすぎても引かれそうだから、ゆるめのニットにタイトスカート、ナイキのスニーカーを履いて家を出た

お待たせしてはいけないと思って早めに着こうと思っていたのだけど、彼は先に待ち合わせ場所にいました。そういうところもいいなぁ…と思いながら、笑顔で11日ぶりに顔を合わせた。11日経ったけどやっぱりどタイプだった

スカイツリーに向かう途中のエレベーターで彼は言った

彼「あの……」

しり「はい」

彼「今日から、敬語やめませんか?」

しり「!!?!?!?」








思わず脳内にイメージ画像がたくさん湧いてきてしまいました


なんかもうね、彼が「勇気を振り絞って言った!」って感じがね、グワっと、なんかそういう、放送作家ついてる? っていうくらい最高に可愛くて、心をガシガシにつかまれまして、これがあとからなんらかのサービスだったことが発覚し「『敬語やめませんか?』って聞くオプションは+8000円です」って言われても全然払うレベルだった


水族館でかわいいペンギンを見ているときも、美術館で絵を見るペースを合わせるときも、移動する電車の中で隣の吊革に掴まるときも、なんだかずっと私はふわふわしていた


なんだこれ お手本みたいな デートだな


一句できてしまうほどだった


今まで出会った人たちとは、飲みに行くことはあったけど「デートらしいデート」というものをしてこなかった


好きな人と出かけるのって、こんなに楽しいのか。私は噛み締めていた。今日だけは、今日だけは、


絶対に寝てはいけない……!!!



チャンスすてみ、の名前を捨てたい


そして、ついに最終地点の赤羽に到着した


なんで赤羽に行くことにしたかはあまり覚えていないのだけど、前回の一件のせいで彼の中で私が「酒が好き」という認識になったのだろうと思っている

居酒屋に入店し、馬刺しやしめ鯖などを頼む。こんな、好き嫌い別れそうなものでも彼とは全部好みが合って「やっぱこういうの、いいなあ……」と噛み締めていた


今日は寝ない、今日は寝ない……


そう念じながらハイボールを三杯ほど飲んだとき、私の中にはある疑問が浮かび上がっていた


こんなに最高な男子が、マッチングアプリに存在しているわけなくない?


どう考えても私は騙されている気がする


話を聞くとなんか年収高いっぽいし、出身大学とかもなんか、え? と聞き返してしまうほどに優秀なところだし、私みたいな「平成生まれなのになぜか発言から昭和のにおいがするので初対面のおじさんにやたらと気に入られる」ことしか取り柄のないとにかくどこででも熟睡する女が相手にされるのだろうか?


もしかしたら普通に彼女(もしくは嫁)がいて「今日こんな女がいてよお、最高に笑っちまうぜ!」と私の失態を肴に家で女と盛り上がっているのでは


それかこのあと高い商材を売りつけられるかもしれない。入会金としてまずは60万もらうけれども、半年でペイできるし、みたいな話をされる


これはもう、たしかめるしかない



「あの、とりあえず付き合うのってどうですか!?」


間違えた


いきなり言ってしまった


呆然とする彼


私は最低なセリフで、結果的に告白をしてしまった


私のアホみたいな告白が絶対に聞こえていたのに、何事もなく軽快な動きを止めない居酒屋店員にプロ意識を感じる


彼「は、はい」


告白で一番つけちゃダメでしょ「とりあえず」って


生ビール頼むとき以外は「とりあえず」つけちゃいけないって六法全書にも書いてあるらしいから


告るときに「とりあえず」つけるのもってのほかだから。噂によると懲役2年らしいし


でも待って今、彼は


「はい」と……?


しり「え!?」


彼「うん……というか、俺も、クリスマスに告白しようと思ってて……まさかこんなに早くとは思ってなくて、びっくりしたというか……」


しり「え!?」


彼「もし次に会ったら、手を繋ごうと思ってて、その次に、告白しようかなって、しりさんもどう思っているか分からないし、段階を踏もうと……」


しり「え!?」


私は驚きすぎて、え!?しか言えない無能になってしまった


でも、彼と付き合うことになったっぽい


インド映画だったら確実に踊ってるタイミングだと思う


私は嬉しすぎて、馬刺しの下に敷いてあったつまを全部食べた





私には、彼の言葉を聞いて気づいたことがあった


彼は、スイッチを慎重に押すタイプなのだ


敬語をやめるのも、きちんと相手の反応を見てから


好意をたしかめるのは、勇気を振り絞って手をつないでみてから


告白は、クリスマスに二人で会えるくらいの関係になってから


きっちりきっちり、相手の反応を見て、確実に告白できる状態になったら、やっとスイッチを押すのだ


「とりあえず付き合いません!?」とアホのような勢いでスイッチを連打する私とは正反対である


まだお互いに、タメ口で話すのにも慣れていないのに


私が強引にスイッチを押したばっかりに、私たちは、出会って11日でこうして晴れて恋人になってしまったのでした


~1年半後~


しり「もうこれにしようよ」


彼「いや、一応他も見た方がいい」


私たちは先日、ビックカメラにいた


暑い日が続くというのに、我が家の冷蔵庫が何ひとつ冷やさなくなってしまい、新しいものを見に来たのだ


私「私はもうこれでいいと思うよ!」


彼「…(無言でスマホを見つめ調べる)」


やっぱり、彼とはスイッチを押すタイミングだけずっと違う


「ポイント還元っていうのはどういうことなんですか?」とかなんか店員さんを詰めたりしている


あんな付き合い方をしてしまったから、彼は、実は後悔しているのでは。もっともっと、いろんな女の子と私を比較して確かめて、時間をかけて恋人を選ぶべきだった、って思っているんじゃないか


そう考えて不安になった時期があった


でも最近はいろいろ分かったことがあって、そんな不安は感じなくなっていた


店員を詰め終え、ようやく納得した様子で1台の冷蔵庫を指さして彼が言う


彼「うーん、やっぱり、ひとみが言ってたこれがいいのかも」


やっぱり大丈夫だ


時間をかけてスイッチを押しても、最終的に選ぶものは、いつも私と同じなのです


彼「この冷蔵庫、一生使おうね」


彼がそう言うので、私は思わず笑った



以上


≪本日の一曲≫ きっとね! / 中村 佳穂


ありがとうイン・ザ・スカイ