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秋は「余白」という幸せを楽しむ季節

ここ数日、だいぶ心地よい風が吹きはじめています。

このため「余白の時間」を楽しめる季節に突入したといってもいいでしょう。

「余白の時間」を楽しむとはどういうことかというと、心地よい風を受けながらぼんやりして過ごすということです。

例えば、朝、涼しい風を受けながら寝起きのまどろみを楽しむとか、眠る前に、心地よい風を受けながら眠りにつくとか、意図して何もしない時間を作って過ごすことです。

もちろん、日中の短い時間であったとしても、意図して「余白の時間」を作って心地よさを楽しむことも可能です。

では「余白の時間」を作ることで、どんな効果を得られるかというと、心の中にある様々なしがらみを解放できるようになる、ということです。

昨日、「心の中の抵抗をなくせば、願いは叶う」という記事を書きました。



実をいうと、「余白の時間」を持つことは、願いを叶えるこにもとても役立つものなのです。

では、なぜ「余白の時間」を持つことが「願いを叶える」ことに役立つかというと、「余白の時間」を持つことができるようになると、「いまここ」に集中できるようなり「執着を手放せる」ようになるからです。

人は、ぼんやりとするという「余白の時間」を持って楽しむことができるとスッキリした気分を得られることから、その後の行為に集中して取り組めるようになるものです。

この集中した状態とは「いまここ」の状態であり、「いまここ」の状態は、「集中という心地よさを味わえている状態」のことです。

「いまここ」で生まれる集中の心地よさは、「余白の時間」で得られる心地よさとはまた別の心地よさであり、真逆の心地よさです。

つまり、「余白の時間」で得られた解放の心地よさをしっかりと味わうことができると、自然と「いまここ」の集中の心地よさも一緒に味わえられるようになるため、日中のほとんどの時間を心地よい状態で過ごせるようになっていくのです。

一昨日の「感情がそのまま意図になる」という記事で、「心地よさが引き寄せの基本」といったことを書きましたが、解放と集中という二つの心地よさを味わって過ごせるようになると、ほとんどの時間を心地よい状態で過ごしていけるようになるため、必然的に引き寄せの力を上げていくことになります。

また、「いまここ」の状態で目の前のことに集中して取り組めるようになるということは、不要な思いからも離れられるということでもあります。

不要な思いとは、ネガティブな思いということですが、このネガティブな思いの中には「願いを叶えたい」という思いも含まれていたりします。

どういうことかというと、「願いを叶えたい」という思いをずっと持って生きていると、それが執着になってしまうためネガティブな思いになってしまいまうということです。

しかし、目の前のことに集中することができれば、そういった思いから離れることができます。

人には「願いを叶える」ことよりも大切なことがあります。

それは「今」という瞬間をしっかりと味わって生きるということです。

しかも、不思議なことに、この「今」という瞬間をしっかりと味わうことができればできるほど、願いが叶いやすくなっていくものです。

なぜかといえば、「今という瞬間の心地よさ」をしっかりと味わうということは、自ら放つ波動を高めるということであり、その波動の高さが願いを叶える力となっていくからです。

「今という瞬間の心地よさ」は「集中」と「解放」の心地よさから生まれまれるものであり、この二つの心地よさが高い波動を生み出し、高い波動を保ったまま日々を過ごせるようになると、願いが叶いやすくなるのは当然のことといっていいでしょう。

こういったことから、まずは、解放と集中というメリハリを生み出し、一日一日を心地よい状態を味わって過ごすした上で、願いについて思いを巡らせるのが効果的といえます。

他にも「余白の時間」を楽しむということには、自我から離れることができるという利点もあります。

涼しい風をただただ受けながら無になって心地よさを感じて過ごすしていると、自我が発するさまざまな思いから離れることができます。

人が睡眠に心地よさを感じるのは、自我から解放されるからでであり、「余白の時間」を楽しむことも同様に、自我からの解放を促がしてくれます。

しかも自我から解放された状態になることができると、心の中の抵抗も手放せた状態になるため、結果的に願いが叶いやすい状態を作ることになります。

よく瞑想をしていると、さまざまな執着を落としていくことができるといわれますが、「余白の時間」をつくるということは、瞑想と同じ効果を得られると考えます。

瞑想も「余白の時間」を味わうことも、スッキリ感を得られる行為であり、スッキリ感を得られたということは、心の中の抵抗を多少なりとも手放せたということです。

そういった意味でも、秋風が心地ちよいこれからの季節は、意図して「余白の時間」を味わって、心の中の抵抗を手放すのに最適な季節といってもいいでしょう。

秋の高い空のように晴れ晴れとした気持ちで生きていくことができれば、人生がよくならないはずがありません。

なので、これからの過ごしやすい季節を使って心の中の抵抗を手放し、自我が放つ余計なアイデンティティーを手放していってもいいのかもしれません。



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