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(続)幸福度ランキングに対する勝手な見解

今日ちょうどフィンランド留学時代の知り合いの方と会って例の幸福度ランキングについて話したので、昨日の補足。

なんでフィンランドの幸福度は高い(少なくともランキング上は)のか?という話。
話した結論から言うと、
1)そもそもフィンランド人に"競争"的な思考があまり無いので人と比べて自分の劣等感を感じることも少ない
2)フィンランドは格差が少ないので、比較的高い値に回答が集中しがち(=ものすごく幸せな人とものすごく不幸せな人がいて打ち消し合うことがないので、平均値を取ると高く出やすい?)
の2つなんじゃないかって話になりました。

1)については、思い当たる節が多い。
例えば大学。
日本はいわゆる"学歴フィルター"なるものが存在していて、分野やカラーというよりも偏差値の高低で大学の良し悪しが決まる風潮がいまだにある。だから受験勉強で壮絶な競争を経験した人もきっと少なく無いはず。
一方のフィンランドは、そういう上下的な考え方は本当に薄くて、やりたいことが学べる大学やカラーがあう大学を選ぶものだと思われている。
あとこれは若干余談だけど、「なんでフィンランド人の冬季オリンピックメダリストが少ないのか」っていう話をしていた時に、フィンランド人の友達は「フィンランド人はスポーツごとをあまり勝負事とは捉えていない。むしろ、体を動かして楽しむことの方が大事。」と言っていた。人と戦って上にのしあがる、みたいな考え方はあんまり無い。
だから、そもそも人と比べて自分がどうこうっていう考え方がフィンランドにはあんまり無い、というのは割としっくりくる。そして、だからこそ昨日のカントリル・ラダー(注:自分にとって最善の人生を10、最悪の人生を0としたときに、自分がどこにいるかを尋ねることで幸福度を測る方法)でも、フィンランド人は10を自分とは遠い場所にいる誰か(大金持ちとか有名人とか。それが幸せと思うかは別の話として)には設定せずに自分なりの最善の人生に設定しているから、比較的自分の幸福度が高いと感じられるのかもしれない。

2)については、きちんとデータを読めばもう少しわかるかも(と言うか、ちゃんと見ていないのであくまでもこれは私の予測)。
フィンランドにいると、確かに超豪邸とか超高級ホテルとかってあんまり見なかった気がするんだよね。なんと言うか、街の景観も、身なりも、そこから経済状況の違いを感じ取るようなことってあんまりなかったなあと。これは日本でも言われるけど、確かに社会の平等さは日本に比べて高いのかもなと感じることは結構あった。
だから1)との関連でいえば、日本や例えばアメリカのように国内での格差が大きい国と比べてみんな等しいレベルに比較的高い幸福を感じているから、平均値をとっても幸福度が高くなるんじゃ無いかなあみたいな話をした。
だから逆に言うと、日本の回答の分布を見たら、もしかしたらものすごく幸福感が高い人とものすごく幸福感が低い人に二極化している可能性もあるってことだよね。それは確かめてみないと分からないけど。

何はともあれ、「日本の幸福度、また低下」とか言われたら、そりゃあ幸せなものだって幸せに感じられなくなるぜ、って話だと思うので、まずはでっちあげだろうがなんだろうが自分たちの自己肯定感を高められるようなことをした方が良いよね〜ってところで落ち着きました。

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ブンチャーというベトナム料理を初めて食べた。うま〜。

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